ニワトリとスモア。



 順調に旅路を消化し、明日の昼には目的の村へと辿り着くだろう日の夕方。


 エルムはついに、自分がどうしてもやりたかった計画を始動する。


「とりあえず、メインはバーベキュー風で良いよな」


 昼から仕込み、ソミュール液に漬け込んだ後に三時間ほどかけてじっくり低温で煮込んだ肉を串に打っていくエルム。


 バーベキューは「食べたい瞬間に食えない」事が唯一のネックとさえ言える行楽だが、串に打つ肉を予め煮込んでおけば焼き色を付けた時点で食べる事が出来る。


 ヤキニクのテール肉は生食も可能だが、仮に別の肉を使う場合は生焼けも怖いバーベキュー。しかしこの方法ならば生焼けとも無縁で安全にバーベキューが出来る。なんなら低温で煮込んだ肉はホロホロで柔らかく、普通にバーベキューするよりも美味しかったりする。


「あと野菜も適当に串打って…………」


 欠食児達が倒れるまで食べても耐えられる量の串を仕込み終わったエルムは、次に目的の菓子を作るために作業を続ける。


 まず卵を用意する。卵は新鮮な物を用意してくれと業者に頼んでいたエルムだが、旅の前に受け取りに行くと新鮮な卵が少しとニワトリが用意されていた。


 エルムが注文した数を、エルムが注文した鮮度で用意する事が困難だったらしく、その代案として「生きたニワトリを連れて行けば新鮮な卵が手に入るだろ」と言う事なのだろう。


 ある程度納得したエルムはそのままニワトリを購入し、食料庫キャリッジのルーフには鶏小屋が増設してあったりする。


 ちなみにニワトリと言うが地球で言うそれでは無く、あくまでこの世界でのニワトリである。見た目はニワトリと言うよりカカポに近く、そこから品種改良を経て産卵頻度を上げて産卵形式も歪められた家畜だ。


 購入したカカポっぽいニワトリは樹法と霊法を駆使して抗生物質を生み出し、それを投与する事でサルモネラ菌に対策した。そして産みたての卵をアルコール殺菌すれば、ほぼ安全である。


「卵黄と卵白を分けて、卵黄はクッキー焼くのに使うか」


 安全を確保した卵を使って、エルムはどんどん作業を進める。


 卵黄と分けた卵白を器に入れ、ベースから樹法で泡立て器を作って伸ばし、電動泡立て器の如く使ってメレンゲを作る。


「あと砂糖とゼラチン……」


 綿花を変質させて量産した砂糖と、王都で買ったにかわから精製したゼラチンを鍋に入れ、さらに水を少し加えてから火にかけて溶かす。


 溶けたゼラチンとメレンゲを少しづつ混ぜ合わせ、全量を混ぜきったらゼラチンが固まる前に木製の型に流し入れる。


 本来は絞り器に入れてクッキングペーパーに絞り出したり、シリコン製の型に入れるのだろうが、エルムは木製の型でも樹法で変形させて中身を取り出せるので問題が無い。


「これで、マシュマロの完成」


 エルムがどうしても双子に食わせてやりたかったお菓子の一つ、マシュマロが完成した。


 しかしマシュマロだけではダメなのだ。エルムの目的はコレなのだけどコレじゃない。


 エルムは次にクッキー、と言うかグラハムクラッカーを焼き始める。卵黄と粗挽きの全粒粉グラハム粉にシナモンと蜂蜜を混ぜて成形、焼成。


「日本式ならこれだけでも良いんだけど…………」


 本式ではチョコを使うので、エルムは木材をカカオの木に変質させて加工を始める。本来なら発酵まで経てやっと出来上がる製品を、魔法によって一気に終わらせる。


「殆どの工程を樹法でゴリ押せるから、チョコレート作りが一番楽だな」


 焙煎だけは火を使うが、それ以外は全て樹法でゴリ押してチョコレートを作ったエルムは、板チョコっぽい型を何個か作ってから流し込み、ポットインポットクーラーの中にチョコをしまう。


 これで用意は終わりである。エルムは夕食まで時間を潰す。


 ◆


「……………………みゃぁ♡」


 夕食時、全員でバーベキューを楽しんだ後の事。


 エルムは作っておいたマシュマロ、グラハムクラッカー、チョコレートを持ってきて双子に与えた。


 どれも単独で食べても美味しいお菓子で、実際一口はそのまま食べさせた。だが本番はここからで、エルムは双子にやり方を教えながら作業をした。


 地球では主に、アメリカやカナダで親しまれるキャンプの定番デザート、スモア。


 炙って溶かしたマシュマロをグラハムクラッカーに乗せ、その上に一口大に割ったチョコの欠片を乗せ、マシュマロの熱でチョコが溶けていく様子を待たずにもう一枚のグラハムクラッカーで挟んでしまう。そんな手順で作るお菓子である。


「美味いか?」


「みゃぁ……♡」


「んみゃっ……♪︎」


 エルムに教えられた通りに作ったスモアを食べた双子は、甘くとろける不思議なお菓子にほっぺがゆるゆるになった。


 甘える猫のような声を出してエルムに擦り寄って、一口食べたスモアをあーんっと食べさせようとする。とても美味しかったからご主人様おにいちゃんとも分け合いたいのだ。


 二人から差し出されたスモアを口で受け取ったエルムはシニカルに笑って「うめぇな」と呟き、双子の頭を撫でた。


「待って待って待って待って、なにその美味しそうなの!」


「バカ止めなさいよ男子ほんと……」


「よく今の尊い光景を食欲だけでぶち壊そうと思えたわね!? 信じられないっ……!」


「でも、あれ美味しそう……」


「俺もタマちゃんにあーんってされたい」


「………………えっ、お前ってそういう趣味?」


 三者三様、と言うか十人十色か。エルムと双子を眺めてた旅団員が騒ぎ始める。しかし残念ながら、エルムはマシュマロを四袋分しか作ってない。


 当然二袋は双子の物であり、エルムが一袋食べるとして残りは一袋。グラハムクラッカーとチョコレートは沢山あるが、ゼラチンが必要なマシュマロは作れる量が決まっている。


 つまり────


「ほら、欲しいなら争え。この袋しか余ってないぞ」


 ノルドが率いる旅団チームは、最後の最後まで騒がしい夜を過ごすのだった。


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