ポチのパン。



 エルムはヤキニクに、双子はスイカズラに乗って始まる旅路。


 キャリッジには女子が乗ってきゃいきゃいしているし、そのキャリッジを曳くスイカズラを操るのはタマである。女子生徒はメイド服を着た可愛い幼女に構いつつ、楽しく進む。


 ポチが乗るスイカズラが曳くキャリッジは誰も乗っていないが、ポチはそもそも喋る事を得意としてないので問題なかった。強いて問題を上げるとすれば、エルムと離れっぱなしなのが寂し過ぎて泣きそうな事か。


「……………………んっ!」


 しかしポチは強い子なので、涙を引っ込めてお仕事に戻る。自分が曳くのはエルムと自分たちの寝床である。任された責任はとても大きく、事故でも起こしたら大変だ。ポチは気を引き締めてスイカズラの操作に戻る。


 スイカズラは大量の木材を触媒に生み出されたエルム製のサーヴァントだが、双子にもアクセス権を渡してるので問題無く操作出来る。こういった小技がエルムの技術がどれほどなのかを物語っているが、気付く者は少ない。


 ◆


 旅の目的地はチームごとに違う。しかし同じ場所を目指すチームも居れば、ニアミスくらいの違いでギリギリまで同道するチームも居る。


 王都を旅立った生徒は大きく分けて三方向に別れ、その一つである北行きの一行に混ざるエルム達。


 とは言え、目的地が似通っていても旅の行程も各々が決める課外授業は、「急いで駆け抜けて次の町で泊まる」為に駆け抜けるチームも居れば、「巡航速度で進んで初日は野営」でも良いとするチームも居る。


 エルム達は当然後者だ。


 野営を受け入れた者達がどんな理由でそうしたのかは様々だが、エルム達のチームは「エルムの料理が食べれるから」で意思統一は完璧だ。


 日が暮れ始める少し前、街道の先に野営地としてよく使われる広場が見えて来た一行は、こぞってそこで夜を明かす準備を始める。


 と言ってもエルムはキャリッジが有るので設営など要らない。寝る場所もキッチンも付いてるキャンピングキャリッジなので、場所を確保しつアウトリガーを立てるくらいで準備は終わりだ。


 女子は客席キャリッジの内部を変形させれば雑魚寝くらいは出来るので、女子も大した準備が要らない。


 そうなると男子だけ大変なのかと言えば、そうでも無かった。


「おぉぉお、すげぇ!」


「一瞬じゃん…………」


 双子がスイカズラを操作し、簡易的な住居を構築する。アイディアしては車載テントの様な物だろうか、スイカズラの内部にめり込む形ではあるが、車載テントとツリーハウスの中間みたいな存在が完成した。


 エルムは双子の魔法訓練として、スイカズラの操作とチームのお世話を命じていた。これもその一環で、スイカズラテントの中には人数分のコットとマットも並んでいる。


 エルムの様に寝てる間も魔法構築を維持するなんて技術も魔力も双子には無いが、大量の木材を触媒として作ったスイカズラは実体が存在する。なので維持に魔力も要らず、変形だけをすれば良い。


 エルムが仕込んだ術式によって形状記憶もされているので、テント形態を解除すれば勝手にスイカズラに戻るようになってる。なので双子は失敗を恐れずに伸び伸びと魔法を使える。


 双子が仕事をしてる様子を確認したエルムは、ヤキニクから降りて尻尾を貰いながらもヤキニクの食事を準備する。


 白桃が無限になる低木を生み出したエルムは、ヨダレをダバダバ流して待っているヤキニクに場所を譲った。


「好きなだけ食って良いからな」


「ぎゅぅぅうううううううッッ!」


 早速と低木の枝ごと白桃を何個もばっくりと口に入れたヤキニクは、数回の咀嚼を経てヘヴン顔になった。


「………………ぎぅうぅぅうぅ」


 あまりにも白桃が美味しくて、顔がデヘデヘするヤキニクの頭を撫でたエルムは、次にキャリッジのキッチンに向かう。


「さて、次は俺たちの餌を用意しなきゃな」


 ヤキニクから貰ったテール肉を持ってキッチンへ。皮を剥いだら塩水に付けて簡単な血抜きをして、その間に調理の準備を始めるエルム。


 コンロに普通の倍量くらい炭を入れて着火し、火が落ち着くまで調味液を作る。


 血抜きが終わった肉を持ってきて調味液に漬け込み、漬け込んでる間にダッチオーブンを用意してからパン生地を捏ねる。


 生地は予めサワードウを仕込んでたので、捏ねて一次発酵させたら二次発酵を待たずに焼いて良い。パンの焼成はダッチオーブンで行う。


 いくつもパンを焼いてるうちに日が暮れ、チームの仲間は同じ野営地で準備を始めた他の生徒を手伝ったりしている。その様子を窓から眺めて、エルムは「え、これ他の奴らまで飯寄越せとか言わないよな?」と不安になる。


 仲間だから食事の面倒を見てるのに、別のチームにまで振る舞うのは普通に嫌だった。


 そんなこんな、調味液に漬け込んだテール肉を切り分けてからダッチオーブンでローストし、完成したローストテールを更に薄切りにして野菜と一緒にパンに挟む。


 利竜は変温動物だが体内の酵素が作用して菌や寄生虫に強く、その肉は生食も可能である。なのでローストビーフのように赤身を残した半生調理も許される。


 シャキシャキレタスとスライス玉ねぎがローストテールと重なり、そこに赤ワインベースのソースが掛けられてからバンズで挟まれたローストテールバーガーが完成し、確実に一人一つじゃ足りないのでエルムはそれを量産する。


「一人三つも有れば良いだろ。それ以上は流石に知らん。保存食でも齧ってろ」


 結果から言うと足りなかった。


 まだ旅の初日であり、生鮮を持ち込んだチームだって居る。だが野営先で立派な料理を作るには色々と足りな過ぎた。そもそも、技術だけで補えるほどの差じゃないのだ。


 だからこそ地球でもキャンプ中に使えるオーブンとしてダッチオーブンが存在し、その他にも様々なキャンプガジェットが生まれ続けてる。


 他のチームは清々かポトフくらいの料理しか作れない中で、ノルドチームだけはローストした肉が挟まったパンだ。下手すると暴動が起きる。


 しかも一人三つ。「そんなに有るなら俺にもくれよ!」と騒ぐ生徒が出るのは必然ですらある。


 そんな騒ぎの中で、他チームの生徒一人がポチの食べてたパンを一つダメにしてしまった。


「キラープラント」


 瞬間、凄まじい殺意が野営地に振りまかれたのは言うまでもない。






 幸い、死者は出なかった。ポチが必死に止めたから。


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