馬の水。



 エルムは全てが面倒だった。だからノルドに対して仕事を丸投げしていたし、その後もどうせ上級生が仕切るのだろうと楽観していた。


 しかし、「どうしてこうなった……?」と思うくらいにはエルムの望みとは乖離かいりした結果になった。


「じゃぁ、予定通り旅団長は僕がやるよ。そして野営、および食事に関しては全権を副団長のエルムに。彼に逆らうと食事の質が下がるから気をつけるように」


「いえっさー!」


「服従します!」


「むしろエルムくんが団長でも…………」


「それは断固として拒否する」


 本当に、エルムはどうしてこうなったのかと頭を抱えた。


 王都から旅立つ正門前の広場で、課外授業の開始を待つ生徒が集まる中で無駄に規律が取れた一団の副団長にされてしまった。


 何故規律が取れた一団になってるのかと言えば、それはエルムが餌付けした結果に他ならないのだが、エルムはその事を半分程度しか自覚して無い。


 どうして自覚が無いのか。それは自分の料理がそこまで人を惹きつけるとは思ってないから。


 そして「料理の美味さ」に「野営でも食べれる」付加価値が乗せられて権力の青天井である事に対しても理解が薄い。何故ならエルムは自分で作れるから。施された物じゃ無いからありがたみが薄いのだ。


 もっと言うと、勇者時代では周囲に居た人材に魔法使いが多かったので、樹法の立場を抜けば現在そこまで変な事をしてる訳でも無いと思っている。


 たまたま自分の周りには魔法が堪能な人材が少ないだけで、世界的に見れば勇者並とは行かずとも比肩できる魔法使いだって沢山居るだろう。エルムはそう考えているので、樹法で作ったキャンピングカーだって異常な事だなんて少しも思ってない。


 土を操れる型法でも似たような事は可能なのだ。樹法が使われなくなって久しい世界であっても、樹法じゃないと出来ない事なんてごく一部である。


 作物を強制的に成長させるなんて無茶は樹法にしか出来ないが、作物の成長を促して豊作にする程度の事は型法にも泓法こうほうにも可能だ。


 型法で土に作用して栄養状態を最適に保つ方法や、泓法で作物の水分に干渉して擬似的な樹法を再現して成長を促す事も出来る。


 他の系統も同じである。「その系統でなければ出来ない」魔法なんてものは、意外と少ない。


 刃法の刃物生成だって、樹法や型法、仌法ひょうほうで実物の刃物を生み出して真似出来る。燐法の発火魔法も扇法で空気を瞬間圧縮すれば断熱圧縮現象によって再現が可能。逆に空気を希釈して気圧を下げれば水を凍らせて仌法の再現も出来る。


 そんな知識が存在するので、エルムは自分の実力が最高峰だと自認しつつも「唯一無二」だとは思ってない。希少な人材だとも思ってない。


 この世界は三百年も使って文明が発達しなかった。しかし変わらず魔法は存在し、人は便利な物を頼って依存する生き物である。だからこそエルムは人間が魔法を多用してると疑ってない。


 ダンジョンで倒せる魔物が薄味過ぎて魔力が増やし難くても、無限湧きする魔物の巣穴である事は変わりない。熱心な魔法使いなら頑張って修行するだろうと微塵も疑ってないのだ。


 しかし、現実はそんな風には出来てない。


 魔王が居なくなり、世界が平和になった後の世界なんて人外を生み出す理由が存在しない。ダンジョンのお陰で国内資源も限定的ながら際限が無く、戦争だって減ってしまった。


 そんな世界に於いて、エルムは間違いなく最高峰であるし唯一無二の技術を持っている。その事をエルムは自覚していない。


「ノルド」


「ん、どうした? 旅の工程は僕が請け負うから、エルムはゆっくりしてて良いんだぞ?」


 げっそりした顔で団長、ノルドに声を掛けるエルム。


 ノルドはこの旅でエルムの好感度ポイントを更に稼いで生存フラグを確固とする為に張り切っているので、無駄にテンションが高いしエルムに優しい。


 ある種の贔屓とすら言える待遇だが、団員は誰も文句なんて言わない。何故なら副団長の機嫌を損ねたら食事に影響するからだ。


 そも、団長から贔屓などされずともエルムは自分で用意したキャリッジで生活するだけでダントツの待遇をセルフで生み出して居るのだから、ちょっとした贔屓など今更だ。


 ノルド達が用意した馬車は全部で五台。人が乗る用と食料を乗せ用、そして馬の食事を運ぶ用の馬車を用意すると大所帯になるのだ。


 しかし、準備が足りない気がして、エルムはノルドに声を掛けた。


「水が足りなくねぇか? 俺達は泓法で用意出来るが、馬の分までは面倒見れないだろ」


 そう、馬車には水の備蓄が足りてないように見えたのだ。馬は一日に数十リットルもの水を飲むので、旅をする場合に最も量を確保しなくてはならないのが水である。


 なんなら人の荷物を乗せるスペースよりも馬の水を乗せるスペースの方が広いくらいだ。


 凄腕の泓法系統使いが居るなら問題無いかも知れないが、未だ途上である魔法学園の生徒が旅の途中ずっと馬の飲水を生成し続けられるとは思えない。


「あぁいや、大丈夫だよ。旅の目的地が…………、いや地図見せた方が早いね」


 しかし、そんな考えは杞憂だったらしい。


 ノルドは簡易的な地図を取り出して広げた。この世界では未だに地図は戦略的な意味で規制されて居るので、詳細な地図は国しか持っていないし、持ち出す事も出来ない。


「良いかい? 王都はここ。それで僕達が指定された地域がここで、その中から選んだ目的地の村がここ」


「ふむ…………」


「で、この道筋で進むとかなり長い距離を川沿いに進める。この季節は下草も豊富らしいから、馬の食料も確保しやすい」


「なるほど」


 旅慣れたエルムから見ても、かなり計画的で理路整然とした予定が組まれていた。


「…………そっか、思えば次男ちゃんは課外授業も三回目か。そりゃ手馴れてるわなぁ」


「まぁね。だから雑事は任せてくれて構わない。エルムは食事の用意と野営を頼む」


 ノルドは小声で「あと女子組の寝床も」と付け足した。


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