擦り合わせ。



 エルムは全員のおもてなしを双子に任せ、キッチンに籠った。


 その中から手伝いを申し出た女子生徒も居たが、エルムは「え、レシピ盗むパクる気?」と言えば全員引き下がった。なので本当にキッチンで一人、作業に入る。


「まずはトマトを茹でながら、利竜の尻尾を…………」


 今日までに二度、霊法利竜の元に行って尻尾おにくを回収してあり、エルムは下処理が終わってるそれを刻んであらびき肉を作り始める。


 終わったら塩と胡椒を打ってから休ませ、その間に人参、玉ねぎを微塵切りにする。


「あとスパイスを…………」


 微塵切りにした野菜を炒め、火が通りにくい人参を目安に火が通った時点で挽肉も投入。良く炒めたら茹でてあったトマトの皮を引いてから鍋に入れ、潰してペーストにして行く。


 そしてクミンやカルダモンなど各種スパイスを入れて味を整えながら煮詰める。


「ミートソースは良し、次はホワイトソース……」


 フライパンにバターを落とし、そこに小麦粉を入れて炒めていく。良く練りながら炒め、混ざったらミルクを入れて伸ばしていく。


 この時に使うバターやミルクは牛乳やそれに相当する物で良いのだが、エルムは樹法で賄える素材を好んでるから豆乳と豆乳バターが使われている。


 少しずつソースを伸ばしていき、スパイスと塩で味を整えたらホワイトソースも完成だ。


 あとはラザニア用のパスタを用意し、グラタン皿にホワイトソース、ミートソース、パスタの順で何回も重ねる。


 エルム流だと更に、挽肉と玉ねぎを炒めたそぼろを使って層を増やし、肉の旨味を追加する。


 なので今回はホワイトソース、ミートソース、そぼろ、パスタ、ホワイトソース、ミートソース、そぼろ、パスタ、と言う順でミルフィーユを作っていく。


 最後に、グラタン皿と生地の隙間をミートソースやホワイトソースで埋めてから、一番上にチーズを大量にぶっ掛けてオーブンへ。


「ほい、エルム流ラザニア、肉増し風だよ」


 自分を含めて十三人分の料理を作らされたエルムは少々疲れているが、ラザニア大好きな双子のキラキラ笑顔を見たら癒されてしまう。この男はもう幼児とだけ関わって生きてれば世界が平和になるのだろう。


「…………は? 美味いんだが?」


「えっ、うそ…………」


「いやいやいや嘘だよ嘘。流石にこれを旅先の野営中に作るのは無理でしょ。これ食べれるなら毎日野営でも良いもん」


「うっっっっっっっっっまぁッ!?」


 そして騒ぐチームメンバー。エルムの料理は前世のプリムラ時代に嫌という程磨いたので、実のところ宮廷料理長クラスだったりする。本人にその自覚は無いが。


 そして樹法を使えば、記憶にある植物性のスパイスは使い放題。ハーブも同じ。動物性の食材以外は全てどうにか出来る存在が、プロ級の腕で料理をする。


 その結果など、もはや語るまでもない。


 その後、お代わりを要求して来たメンバーに「金取るぞコノヤロウ」と黙らせ、しかし「お金払えば良いの!? いくら!?」と何故か乗り気になられて困るエルム。


「いや、流石にもうラザニアは勘弁しろ。それすげー手間掛かる料理なんだぞ」


 仕方ないのでラザニアよりは簡単なコロッケなどを作ってお茶を濁すエルム。コロッケサンドは腹に溜まるのでちょうど良かった。


「じゃぁ、そろそろ擦り合わせでもしようか。エルムが意外と準備してるって分かったから、このままだと僕達の用意と被っちゃうからね」


「別に良いんじゃね? 多少の無駄も旅の醍醐味だろ。『コレこんなに要らねぇよ!』って馬鹿笑いしながら荷物漁るのも一興だぜ?」


「…………なんか、随分と実感の籠った言葉だね?」


 食事を終えて、双子が各員に「ん?」「ぉぃし……?」「んん〜?」「おぃし、かた?」と聞いて回る中でノルドが切り出した。


 双子は一人ずつ聞いて回って、美味しかったと言われると「どうだ見たことか!」的なドヤ顔で「んふ〜♪︎」と鼻息を吹いてる。ひたすらに可愛い生き物であった。


「ちなみに、俺の方はもう粗方準備は終わってるぞ。大型の野営用獣車を二台も用意したし、食材の手配も終わってる」


「えっ、待って、そんなのいくらしたのさ」


「あ? いや樹法使えば殆ど金使わねぇよ。無垢材買うくらいか?」


「…………なんでこんな万能系統が迫害されてたんだ?」


「過去の勇者に言えや。戦闘にしか使えねぇ刃法使い様がよぉ……」


「えっと、駄獣はどうするんだい?」


「決闘見ただろ。樹法を使えば獣車を曳ける駄獣くらい作れる」


「いやホントなんで迫害されてたんだ樹法……!? むしろ何が出来ないんだい!?」


 擦り合わせ、とは言うが話し合うのは専らエルムとノルドの二人だった。


 他のメンバーはテンションが上がって『うちのお兄ちゃん凄いだろ!』と自慢したくて仕方なくなってる双子にもてなされ、双子が大事に取ってあるお菓子を振る舞われて居た。


 今はつい先日に貰った金平糖を見せびらかして、エルムに作って貰ったんだと教えて回ってる。


 ちょっとした砂糖菓子として知られる金平糖だが、実は作るのに凄まじい時間が掛かる工芸品でもある。エルムも再現するのに時間が掛かって、つい最近にやっと完成したのだった。


 一度に大量の金平糖を作るのは当然だが、作り始めから完成までは実に二週間もの時間が掛かるお菓子なのだ。


「…………随分、懐かれてるね」


「可愛がったからなぁ。素直だし、普通にいい子だぞ」


 その様子を見たノルドは思わず呟いた。そんな善人っぽい事をしておきながら、恐らくは血の繋がった兄をぶち殺したんだろうと思うと背筋がゾッとする。


 だが善人っぽいだけで、エルムは幼児をペット扱いで飼ってるだけなので少しも善人では無かった。文字通り、『善人っぽい』だけである。


 この認識の違いが埋まる時は来るのだろうか。


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