顔合わせ。



 孤児院でキャンピングキャリッジを作った日から五日。課外授業も目前に迫ったこの日、エルムの部屋に多数の訪問者が現れた。


「じゃぁ紹介する。僕らと今回一緒に行く仲間だよ」


 現れたのはノルドを筆頭に、彼へと丸投げした課外授業のメンバーである。


 学校が定めるルールでは最大十五人で、各学年からは最大五人ずつ。最低でも一人ずつ入れた三人で旅をする事になってる。


 メンバーの構成も生徒に一任してる為、どうしても毎年この最低限すら守れない者も出てくるが、その場合は結果が成績にコミットするだけ。


 そんな中、エルムは同学年の生徒に対しても「三年のノルド・エアライドに全部任せてるから」と丸投げしてたので、メンバー構成については本当に知らなかった。


 強いて言うなら、双子は確定で連れていくので一年生の枠は最大でも二つしか余ってない事。


 ノルドに紹介されていくメンバーは、正直なところエルムの記憶には殆ど残らないが、それでも男女のバランスが良くてエルムに媚び過ぎない女子だけ厳選されてる様に見えたので、エルムは結果に満足した。


「どうも、紹介に預かったエルム・プランターだ。見ての通り歳上を敬うような人間じゃないから、それが気に食わないって奴は関わらない様にしてくれ。俺も敵対しない相手にわざわざちょっかい掛ける事もしないから」


 エルムは部屋に集まった十人のメンバーに挨拶を返し、ポチとタマもお行儀よく挨拶をした。


「…………で、エルムはそれ、何してるんだい?」


「ん? いや、見て分かんねぇ? 保存食作りだけど」


 そんな一連のやり取りをずっと作業しながら続けていたエルムに、ノルドがとうとう突っ込みを入れた。他には誰も突っ込めなかったから。


「小麦を練ってるのかい?」


「そう。まぁパスタ作りだな。ラザニアとかも食べたいし、色んなタイプを作って干しておこうと思ってさ。扇法を上手く使えば今からでもしっかり乾くだろうし、魔法の練習にもなるだろ?」


 卵と小麦粉を練り合わせた生地を種類別にカットし、それを専用のラックに掛けて扇法を使う。


「そんなに沢山要る?」


「え、お前ら食わんの? まぁ要らないって言うなら立ち寄る村で売り払っても…………」


「────えっ!? 僕達の分もあるの!?」


 課外授業に持っていく食料や機材も、全て生徒が自分で用意する物である。それはチームで相談しながら用意するのか、個人個人で自分の分を用意するのかすら生徒次第である。


 ノルドは全員と話し合ってある程度の準備を進めているし、他のチームだってもっとしっかり話し合って決めている。だがエルムはワンマンプレイが服を着て歩いてる様な人間であるし、生徒として受ける授業三種類に全学年の樹法を担任するエルムが忙し過ぎて、単純に顔合わせが叶わなかった理由もあって、やっと今日の顔合わせになったのだ。


 だから、エルムがチーム全体を考えて動いてる事にノルドは驚きを隠せない。「お前そんなキャラじゃねぇだろ」と感想が顔に張り付いている。


「エルム君は、お料理出来るんですか……?」


「ん? まぁ人並みには。少なくとも貴族の坊ちゃん嬢ちゃんであるお前らよりはマシだと思うぞ? あぁいや、騎士志望でもう既に何回か野営を経験してる奴は別な。野営料理と普通の料理って別モンだし」


 エルムに声を掛けたのは、エルムと双子以外では唯一の一年生から参加した生徒、アルテミシア・レイブレイドである。


 アルテミシアはエルムの策略に巻き込まれて若干の地位向上があり、だが今更の手の平返しに気持ち悪さしか感じられないのでチーム探しに苦慮していた。


 本人は当然、エルムのチームに入りたかったのだが入り方が分からない。エルムもチームを集めてる様子が伺えない。


 と言うか、本来の課外授業であれば学年ごとに最大五人のチームを作り、そのチーム同士を学年別にくっ付けるのが普通なのだ。エルムの様にノルドを統括にして集めさせるやり方が異端である。


「保存食かぁ……」


「要るか? 別に街に寄って食えば良いじゃないか」


「いや要るだろう。常に人里へ立ち寄れるとも限らないし、朝昼晩それぞれに立ち寄れる位置に丁度よく町や村など無いんだぞ。そうですよね、先輩方」


「まぁ、そうだなぁ。正直美味しい保存食は有難いよ。昼の休憩で塩っ辛い干し肉だけしゃぶって過ごすのはもうゴメンだ…………」


 広い部屋とは言え、エルム達を入れると十三人も集まると手狭な

一人部屋の中で、経験者と未経験者による情報交換が始まる。


 中には、「そもそもプランターの保存食は美味いのか?」と素朴な疑問も出るが、エルムからすると「要らないなら別にそれで良い」と思ってるから味の保証なんてしない。


 だが双子は違った。「本当に美味いのか?」と言われて顔をしかめ、「マトモな料理が出せるのか?」と言われたら眉間にシワが寄って気が付くと手に触媒を握ってた。


 双子にとってエルムが作る料理は幸せその物。見た事も無い料理が毎日たくさん机に並び、お腹が破裂するかと思う程に食べても「美味かったか?」と微笑むエルムの存在と合わせて、人生に欠かせない物である。


 それを目の前で疑われ、必要か否かを語られてる。


 許せなかった。双子とってそれは到底許せる会話じゃなかった。


「んんんん〜〜〜〜!」


 そしてまずポチが切れた。とは言えポチは自分が奴隷だと言う事を理解してるし、貴族や豪商が多い魔法学校の生徒に殴り掛かったりしたらエルムの迷惑になるくらいの事は分かってる。


 だからポチはポカポカした。エルムをポカポカした涙目でグズった。


「は、えっ、なにちょ、待ってどうしたポチ? なんだ、何があった?」


 次にタマも動いた。エルムの裾をクイクイ引いて、クイクイクイクイクイクイクイクイクイクイクイクイ引いて、もうちょっと怖くなるくらい裾を引いて上目遣いのウルウルお目々で語り掛ける。


「おにぃちゃ、ごはん、おぃしぃもん…………!」


 いつも儚げに喋るタマには珍しく、少しだけ語気が強かった。その様子に身を見開いたエルムは、二人の変化から心情を察するように思考する。


(どうした、なんで突然キレた? お腹減ったのか? 確かにもうそろ昼だが、朝から作業してるから腹は減るが…………)


 だがエルムには『察する』なんて能力は無かった。いや、有るには有るが、未使用期間が長過ぎて今はホコリを被って機能停止の状態だ。使うには掃除と整備が必要になるだろう。


「…………ふむ。なぁエルム、せっかくだから何かご馳走してくれないかい? 丁度お昼だし、流石に纏め役を引き受けた報酬が手料理一回じゃ割に合わないし」


 だが『察する』能力を使い過ぎて新型機にまで進化してる男が居た。そう、ノルドである。


 ノルドはエルムの手料理を食べた事があるし、普通にちょっとシャレにならないくらい美味かったのを覚えてる。


 だから今、ちょっと図々しいお願いでは有るが、みんなに昼飯を作って貰えれば双子の気持ちも落ち着くだろうと考えた。そしてこの提案で双子からの好感度を稼げば、自分の死がさらに遠ざかるだろうと言う打算も働いていた。


 クナイティアに続き、可愛がってる双子からの覚えもめでたければ、エルムも自分を早々殺したりはしないだろう。ノルドは未だにエルムからの復讐と断罪が怖い。


「えぇ〜、今からでござるか〜? まぁ、丁度ラザニアの生地を仕込んでるから、乾燥させないでそのまま使えば人数分くらいは…………」


 こうして、何故か課外授業の顔合わせは突然、食事会に変貌したのだった。


 双子はとても好ましい流れになり、その流れを作ったノルドに「やるじゃん」的な視線を送った。概ね、ノルドの思惑通りになった。


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