最後の準備。



 新しく仲間になった利竜は、まだしばらく店に預けて置くことになった。


 もちろん既に半額は渡してあるし、餌の心配も要らない。エルムは庭の一角に色とりどりの果物が成る木を生やして、早速「果物食べ放題」の契約を遵守する。


 それを見た利竜は「あ、こいつマジなんだ」と理解し、自切に伴う嫌悪感を我慢する事に決めた。何故なら果物が本当に美味しかったから。


 利竜のお気に入りはナシだった。梨も洋梨も、どっちも好きである。


 シャクシャクして瑞々しく、淡い甘味が舌を優しく撫でる魅惑の果物。まるで噛む飲み物。


「よしよし、来週にちょっと旅へ行くから、その時まで良い子で居ろよ」


「ぎう!」


「ちなみに、出した果物は全種類じゃないからな。他にも色々あるから楽しみにしとけよ」


「ぎゅぅあ!?」


 既に充分なのに、まだある事に驚く利竜。エルムがテイムマジックを解除しつつあるので相互のやり取りは出来なくなるが、それでも気持ちが伝わるだけの表情であった。


 交渉が上手くいったと理解したエルムは、店主にも心付け代わりに果物をいくつか渡し、利竜の世話を頼んだ。


 ◆


 その後、膠の購入と鶏卵の手配を終わらせたエルムは、最後の目的地である孤児院にやって来た。


「すまん、誰か居るか?」


「はい、どうしましたか?」


 街の外れにあるボロ教会風の孤児院に来たエルム。応対するのは年老いた銀髪の女性であった。


「ちょっと場所を借りたいのと、仕事を頼みたい。依頼は完全に先払いかつ現物支給。一ヶ月は食い繋げるだけの高品質な小麦はもちろん、保存しやすい芋や豆類なんかを大量に渡せる用意がある」


 エルムがここに来た理由、勿論それは人道支援や弱者救済なんて理由じゃない。


「俺は魔法学校の生徒なんだが、来週に課外授業があるんだ。その時に使う足を今から作るんだが、保管する場所と管理する者が居ないんだ。それを頼みたい」


 つまりはそう言う事。


 課外授業で使う馬車は生徒が自分で手配する必要があり、エルムは自前で馬車も馬も用意出来る。樹法で好きなだけで作れるからだ。


 しかしそれを保管する場所が無いし、管理する者も居ない。野晒しで置いてく訳にも行かないし、適当な場所では盗まれる心配もある。


 一応、キースに頼む事も出来る。だがそうするとキースの家の庭で管理出来る大きさが上限になり、キースの家は言うほど大きくないのだ。


 よって、ボロくて仕事に飢えてるが所有する敷地はそこそこ大きい。そんな場所に心当たりがあって来たのが孤児院である。


 銀髪の老女はこの孤児院の院長らしく、エルムは彼女を相手にサクサクと条件を詰める。


 その間、双子に命じて孤児院の庭を確認させてる。と言う建前で、双子に院内の孤児達と遊ばせてる。エルムは子供に優しかった。


「よし、契約は成立だな。せっかくだし、ちょっと奮発するか。どうせ畑とかあるだろ? 案内してくれ」


「え、えぇ……」


 子供が突然「取引だ」とやって来て、どんどん話が進むので困惑する院長だが、エルムに嘘を言う様子が見られなかったので言う通りにはする。


 どんな事情であれ、食料が手に入るなら子供たちが助かるのだから、仮にエルムが多少の企み事をしていても、利があるなら飲み込むべき。


 そう考えた院長は、案内した先で奇跡を見た。


「……………………これ、は?」


「おう、凄いだろ? だ」


 エルムは案内された畑の痩せ具合や荒れ具合を見つつ、しかし関係無いと触媒の種を畑に落とした。


 紡ぐ魔法は奇跡。植物に限り神の如き権能を振るえるエルムが全力で編纂へんさんする魔法は、スクロールに綴れば大陸を横断するほどの情報量にも達する。


 庭だけは広いボロ屋の庭で、突然生まれた奇跡の大樹。


「維持は内部魔力を消費しつつ、地面からも栄養を取って補える。まぁ一ヶ月は機能するくらい魔力を練り混んだから安心しろよ」


 大樹は見るからに不自然だった。見た目は黄金にも通じ、その理由ががぎっしりと付いているから。


「こんな…………」


「もし気に入ったなら、後日ちゃんと材料持ってきてから言え。あと建物も修復してやろうか。その時に余分なとこを端材として回収して、それで豆と芋でも作るか」


 好きなだけ食料が作れる。それは本当になんの比喩でもなく、神の振る舞いだった。


「あ、あぁ……、神よ…………」


 だから院長は神を見た。エルムと言う豊穣の神が、いまこの場に現れたのだと本気で信じた。


 清く生きた。正しく生きたと自負してる。だからこそ、神は見捨てなかったのだと、院長は涙が止まらない中で膝をつき、エルムに祈る。


「あ、いやなんだオイ。やめろやめろ、老人に跪かせる趣味はねぇよ! そんな事よりくりやに案内しろ。豆と芋を食料庫に入れるついでだ、ガキ共になんか作ってやるから」


 そこに居たのは、小さくぶっきらぼうな優しい神だった。


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