相性バッチリ。
交渉を進めていく内に、そもそもなんで「系統持ちの駄獣」なんてレア物が売れ残ってるのかが徐々に判明してくる。
「なるほど、出戻りか」
元は貴族に売られて行ったらしいのだが、返品されてしまったらしい霊法利竜。
まず、前提条件として利竜の相場だが、銀貨五枚前後のリーズナブルな駄獣である。
ちなみに通貨の価値は特殊な硬質粘度で作る
日本円との比較は世界を隔てた物価の違いで不可能に近いが、それでも無理やり価値を比べるなら賎貨で十円ほどの価値になる。
つまり銀貨五枚と言えば五万円に相当するので、駄獣を一頭買える金額とするなら相当破格だ。
何故こんなに安いのか、その理由としては利竜の繁殖が容易であり、食用になるがそこまで質が良い肉でも無いのが大きな理由である。
と言っても充分に美味しいお肉ではあるのだが、ダンジョンから産出する肉に勝てるほどでは無いし、貴族向けに育てられた高級ブランド肉にも及ばないのが実情である。
そして一度は売られた霊法利竜は、自切を自分で高速回復出来る稀有な存在ではあるが、尻尾を切られるとメチャクチャ不機嫌になる個体であり、しつこくすると霊法を使用せずに自然治癒に任せたり、尻尾が治るまでずっと餌に煩くなったりするらしい。
特に餌が問題で、尻尾が治るまでずっと高価な果実などしか食べなくなると言う。
そんな性格だとコスパが最悪の部類になる。果実ばっかり食べて生えた尻尾の肉質は利竜の中でも最高品質ではあるが、それでもダンジョン産やブランド肉に勝てる品質でもないのは相変わらずなのだ。
日本の価値観で例えるならば、安売りの豚コマ切り落としを手に入れる為に、シャインマスカットだのマスクメロンだのを献上しなくてはならない。コストに見合わない事この上ない。
買った貴族も困っただろう。系統持ちの動物と言う希少さで言えば、ぶっちゃけると霊法はコレクションに向いてない。何故なら地味だから。
これが霆法なんかであれば、多少コストが掛かっても雷魔法を使う駄獣なんて見栄えも完璧だ。しかし霊法は回復とバフの系統であり、見た目は物凄く地味である。
その上で食用に使うコストも悪いとなれば、いっそ殺処分が手っ取り早い。
(だけど、高かったんだよな)
そう、しかし殺処分するには高価過ぎたのだ。コレクションするには地味だが、霊法は立派なレア属性である。それを大金積んで買ったら癇癪持ちで、肉も高級品には及ばない。
(気に食わないと殺処分するより、素直に返品が一番だった訳だ)
「くっ……! 魔法学校の生徒さんだなんてツイてねぇ……!」
交渉によって徐々に情報を暴かれて行った店主は苦い顔である。
とんでもない当たり商品だと仕入れてみれば、貴族ですら要らんと言った不良品だった。食肉として使うにも果物を与えないとマトモに元を取れないとなれば、霊法なんて持ってない普通の利竜を買う方がずっと良い。
そんな情報を丸裸にされ、その事実をつつかれ買い叩かれるか、貴族すら割に合わないと返品した物なんか買えるかと逃げられるか、二つに一つ。
だが、実際のところは大きく違う。
「つまりコイツは、自切が嫌いで果物が大好き。痛い思いをするならせめて大好物持ってこんかい、って性格なんだな?」
それはつまり、エルムと相性バッチリと言う事だ。
エルムは果物なんか無限に提供出来るし、地球産の果物なんかはエルム以外には生み出せない極上の甘露である。
大した手間でも無いそれらを提供し続ければ、相手も美味しいお肉を提供し続けてくれる。エルムは内心で「え、永久機関が完成した……?」と戦慄した。
「よし買った。こんな大当たりをあんまり値切っちゃ可哀想だし、金貨四枚でどうだ? 二枚を前金にして、残りは後金。前金で一旦連れて行かせて欲しい」
エルムの提案はこうだ。
前に購入した貴族の事もあるので、前金で一旦預かりたい。それで気に入れば後金も払って正式に購入。気に入らなかったら利竜を返すが、前金は返さなくて良い。
要は半値でレンタルして、気に入ったらもう半値を払って購入すると言う事。だがこの世界にレンタル業なんて無いので、理解を得るためにこのような回りくどい言い回しをしたエルム。
金貨一枚の値切りは充分に痛手だが、言うて二割引。まだ現実的な値段である。
「い、いいのかい……?」
「もちろん。俺にとっては驚くほど相性が良いんだ。忌避して値引きする様な情報じゃなかったしな。前金だけで踏み倒されるのが心配なら、魔法学校に問い合わせてくれて構わん。あと俺は冒険者でもあるから、もし踏み倒されたらギルドに言えば良い」
本来はつつき回して値引きを狙う気だったが、エルムにとっては「好物が果物」って時点でチョロいのだ。なにより自分から果物をもりもり食べて肉質を上げてくれると言うなら是非もない。
店主も魔法学校とギルドの件を担保代わりに教えられて、すっかりエルムを信用した様子である。
「さて、霊法利竜くん。君とも交渉しようか」
エルムは店主に金貨を渡した後、自切を嫌がる利竜に対しても交渉を始める。
「タマ、見とけよ。これが霊法の応用だ」
ポチとタマにも教える為、エルムは自分でも刃法と霊法の授業を取ってる。だから最近は系統以外の魔法も基礎の先に進んで身に付けた物もあった。
その一つに、霊法に属する一つの魔法を披露する。
「………………みゃぁ、ていむまじっく」
霊法とは魂に作用し、その結果として魂が肉体を引っ張って傷の回復や能力の強化など魔法として成立する。
その前段階として、魂に干渉する方法こそが霊法の骨子。
「相手の魂を破壊するなんて事はまず不可能だが、本来言葉が通じない相手と魂で語り合うくらいならできるんだぜ」
テイムマジック。言葉の通じない獣や家畜を相手に言葉を交わす魔法である。
魂に干渉する場合、対象が持つ魔力や生命力、精神力にレジストされて攻撃はほぼ不可能。回復やバフが成立するのは、害が無く利点が多いから本能で受け入れられるだけに他ならない。
逆に言えば、害が無く利点が多いのであれば、霊法による魂への干渉は相当な自由度を得る。動物と交渉する為の魔法、テイムマジックもその一つ。
「さぁ霊法利竜くん、腹の探り合いは止めようか。コッチがスパッと条件を提示するから、嫌なら拒否してくれ。だが条件に納得したなら尻尾の自切は受け入れてくれ」
他の利竜は自切を特に嫌がったりしない。たぶん大した痛みも感じない仕組みなのだとエルムは推測する。
しかし霊法利竜は自切を嫌がる。自分の肉体を保持したいと言う思いは生物として至極真っ当なのでエルムは文句も言えないが、だからこそ交渉して納得して欲しい。
霊法によってエルムの言い分が理解出来た利竜は、あからさまに警戒した様子を見せるが、しかし相手が悪かった。
「まず、こんな果物が食べ放題」
エルムがベースから伸ばした枝が利竜に近付き、その先端にリンゴが成る。ブドウが成る。オレンジが、ナシが、バナナが、キウイが────
「んぎゅっ!?」
利竜は一撃で陥落寸前になった。
「二つ、魔法で駄獣を賄うから、君は荷を曳く必要が無い。つまり仕事なんてしなくて良い。好きなだけ果実を食べて、尻尾だけ提供してくれ」
「………………ぎゅぅうッ」
「三つ、今見せた果物は俺しか作れないから、この機会を逃すと二度と食えない。もちろん飽きたら野菜も提供するぞ」
「……ぎぅ」
「四つ、旅に着いてくる時は歩く必要すら無い。歩きたい場合のみ歩いて貰って、それ以外の時は専用に用意する荷台で寝てて良い。つまり君は駄獣じゃなく、生鮮肉を提供し続けてくれる俺達専属の肉屋だ」
「ぎっ、ぎぅぅ……」
食べた事も無い果物が食べ放題。自切した尻尾の提供以外の仕事も無し。旅に同行する義務がある時も、歩くことすらしなくて良い。
利竜は思った。なんて高待遇なんだ…………!?
ただの駄獣に出す条件じゃなかった。なんなら人間ですら雇えそうな条件である。
かくして、ほぼニートで許される超高待遇を前に、霊法を扱える利竜は陥落した。
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