利竜。



 焚き火台やクッカーなど、金属あるいは動物性の樹法で賄えない物を揃えたエルムは、次に食料を見に来た。


(調味料の殆どは樹法で賄える。だからやっぱり欲しいのは動物性の物なんだよな。肉以外にも色々あるし)


 例えばゼラチンや卵だ。ゼラチンは動物の骨や皮を煮込んで得られた接着剤、『にかわ』を食べれるくらい綺麗に精製した物であり、使い道が多過ぎて逆にどれとは言えないくらいの便利食材である。


 代替品として良く使われる寒天は植物由来だから樹法で生み出せるが、本物じゃないと出来ない事も当然ある。


(ゼラチンはゼラチン、寒天は寒天の良さがある)


 そんな訳でエルムはゼラチンが欲しかった。とは言え欲しければ買えるのかって言うとそんな事も無い微妙な存在なので、ゼラチンについては後で膠を買ってから自分で精製しようと考えてる。


 となれば、今日の目的は食肉と卵の手配である。


「ゼラチンと卵だけあればお菓子も作れるしな」


 牛乳まであれば完璧だ。チーズケーキすら作れる。


「それに、旅の途中と言えばあの菓子だろ。用意しとかないとな」


 エルムが旅の途中に好んだ菓子があり、それを作るための素材にどうしてもゼラチンと卵が必要だったのだ。


 卵は衛生面を考えると旅に持っていくべきでは無いが、発注時の無茶を少しでも業者が聞いてくれるならば何とかなる。エルムは頭の中で算盤を弾いた。


(採れたての卵を直ぐに用意してくれるなら、すぐに消毒殺菌処理をして間に合うはず。サルモネラ菌とかに中まで汚染されてたら手遅れだけど、表面で済んでる内に処理出来れば保存性は充分に確保出来る)


 生卵とは、充分な殺菌処理がされている事が最低条件ではあるが、場合によっては相当に長い期間を冷蔵保存出来る稀有な生鮮食材だったりする。


 日本で売られてる生卵の賞味期限や消費期限は「安全性をメーカーが保証できる最大日数」であると共に、「安全な生食を保証できる限界期日」である。


 なのでメーカー基準の安全性を無視しても良いなら、健康被害のリスクを覚悟出来るなら、冷蔵庫に入れっぱなしで数ヶ月経過した卵も意外と食べれたりする。


 もちろん生食はやめた方が良いが。


 そんな訳で、産みたてほやほやの卵を当日に用意してくれるなら、エルムはその場で殺菌処理をして旅に持っていく算段で居た。


 エルムが呟くそれぞれが気になるのだろう。ポチもタマも目をキラキラさせてエルムを見ていた。自分たちのご主人様はいつも美味しい物を生み出す神様だから、わざわざ準備までして生み出すお菓子とはどれほどなのか、双子には想像すら出来なかった。


「…………あれ、なんだアレ」


 いつも使ってる精肉店へと向かう途中、エルムは気になる物を見付けて止まる。


 視線の先はやはり精肉店で、しかしいつも使う店とは違って店先の横に柵付きの庭があり、そこに食用出来る家畜が生きたまま入っていた。


 この世界、と言うよりダンジョンがある都市に於ける『精肉店』とは様々な形態があり、ダンジョンから出る食肉を買い取って売り捌くのは勿論として、生きたままのモンスターや家畜を扱う所も存在した。


 エルムが見付けたその店も同様の店舗であり、なんで家畜ごと販売なんて真似をするかと言えば、大量の肉を食べる冒険者向けの商材なのであった。


 例えば肉が取れない階層へ遠征する冒険者などは、『だったら肉を』と家畜を買う者も居るし、単純に仕事の打ち上げで山ほど食べるから一頭を丸々買うと言う者も居る。


 そんな店でエルムが見付けたのは、利竜りりゅうと呼ばれてるトカゲ型の家畜。


 名前に竜とは付くが、種族的には単純にデカイだけのトカゲである。モンスターですら無くただの動物なので、実は竜の亜種だなんて事も無い。


 このトカゲが利竜なんて呼ばれてるのは理由があり、まず力が強くガタイも良いから専用の荷車を引く駄獣だじゅうとして使える。


 そして馬や牛と違って雑食なので餌に困らない。食用にも出来る生き物なので肉以外を与えれば美味しくもなるし、完全に駄獣として使い倒す気ならば残飯を集めても良い。とにかく食べる物に融通を効かせられる。


 次に三つ目だが、先の通り食用可能な生き物であり、餌に気を使えば普通に美味しいお肉になる。更に尻尾を自切するタイプのトカゲで、自切した尻尾は充分な栄養と時間さえあれば再生する。


 つまり『殺さず無限に食える肉』なのだ。寿命や再生に使う時間を考えると実質有限だが、エルムは気にしない。


 正に利点ばかりのトカゲである。


(あれを連れて行けば、肉の鮮度は気にしなくて良いんじゃね? タマの霊法訓練がてら、尻尾の再生を後押しさせても良いし)


 タマの霊法はまだ欠損部位を修復するには程遠い練度だが、種族として欠損部位を再生出来る生き物が相手なら話しは別。


 ただ魔力を注ぎ込んで回復を後押しし続けるだけで、利竜が自切した尻尾を文字通り無限に食える可能性がある。


「よし、あれ買おう」


 喜び勇んで店に行くエルム。しかしそこでビックリする事になった。


「お客さん、お目が高いねぇ! コイツは自分で霊法使える稀有な利竜で、尻尾は一日あれば再生しちまうのさ!」


 なんと、タマにやらせるつもりだった尻尾の再生を、紹介された利竜は自分で行えるのだと言う。


 系統とは人間以外の生き物も当然に持っていて、そして才能さえあれば魔法も使える。それは間違いない事実である。


 しかし、実際にはそんな事もなく、九割九分九厘の動物は魔法のマの字も知らずに死んでいく。


 だがやはり、何事にも例外は存在すると言う事なのだろう。店主が自慢げに見せる大きな利竜は、本能で霊法を身に付けた天才だった。


 エルムは「こんなん買うしかねぇじゃん」と意気込み、店主と交渉に入る。


「金貨五枚は高くない? 言うて利竜だろ? 無限に食べれるとは言え、利竜の肉に金貨五枚も出すやつ居ないだろ」


「いやいや、バカ言わないでくれよ兄ちゃん。霊法持ちだぜ? 魔法使いの奴隷買うのと変わらないんだから、むしろ安いくらいさ」


「いいや、そりゃ言い過ぎだね。俺の予想だとソイツ、自分の尻尾を治す事に特化しすぎて人間の怪我なんて治せないだろ。違うか?」


「いや、なん────」


「俺は魔法学校の生徒で、今期の首席な。そんで後ろの双子は片方が霊法持ち。…………事実無根の言い掛かりとは言い切れないよな? 実際、図星だろ?」


 旅慣れしているエルムは、ガチの交渉は出来なくても値引き交渉くらいは出来るのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る