買い物。



 面倒事をノルドに投げたエルムは、次の休日に街へと出掛けた。課外授業に向けての準備をするのだ。


 メンバー決めは来週の当日まで時間がある。もし決まらなくてもその時までに決まった不完全なメンバーで旅をさせられるだけなので、エルムとしては困らない。


 ならば最初から双子とだけ行けば良いと思われるが、一緒にどうかと勧誘自体は存在するのにメンバーが決まってない事態では、学校側から適当なメンツと組まされる可能性もゼロじゃないのだ。


 なのでその辺の面倒事をノルドに投げたエルム、安心して準備に取り掛かる。


 別にエルムはノルドの能力を信用して安心してる訳では無い。ただ、責任の所在がはっきりしたので、もしメンバーに不備があったらノルドを叩けば済むのだ。そうした心の持ちようで安心してるのである。


「どこ、ぃく……?」


 大通りを三人で歩くと、不意に裾をちょいちょいと引かれるエルム。引いてるのはタマだった。


「ん? あぁ、まずはキースオッサンの店だ。植物由来の物は幾らでも用意出来るんだが、金属物はそうも行かないからな」


 あと動物性の食料も。旅をするにしても、やはり肉は食べたいエルムだった。


「ん〜?」


 今度はポチに裾を引かれるエルムだが、ポチはあまり喋らず意思疎通が適当だ。その解読は表情やその場の空気なども加味して行うちょっとしたパズルゲームである。


「なんだ、オッサン達と遊びたいのか? 流石にそんな暇はねぇぞ?」


 今日のエルムはキースの店以外にも行く場所があった。と言うよりキースの店には食料品が置いてないので、他の店にも行かざるを得ない。


 食料を今買っても持て余すが、だからと言って当日に手配するのでは遅すぎる。保存も難しい文明では、当日に用意して置いて欲しいと今のうちに手配するのが正しいのだ。


(まぁ、もう少し魔法を学べば冷蔵庫くらいは作れそうだが)


 仌法もある程度使えるエルムだが、それよりもせっかく適性を持ってる扇法を利用した冷蔵庫の草案は既にある。


 地球には少しも電気を使わない冷蔵装置として『ポットインポットクーラー』という物が存在する。


 大きな素焼きの壺の中に本焼きされた小さな壺を入れ、壺と壺の隙間を砂で埋めて水を注ぐ装置で、自然現象を利用して内部を7℃程まで冷やせる。


 原理としては、砂に注がれた水が素焼きの壺の外に滲んで蒸発。すると蒸発した水の気化熱によって壺内部の熱が奪われ、砂に注がれた水が無くなるまでこの現象が無限に続いて内部温度がドンドン下がっていく。


 この装置に樹法と扇法を足したら、手軽な冷蔵庫が作れる試算がエルムの中にはあった。


(別途水を溜めた壺から自動でクーラーポットに水を補充してくれる植物を構築し、扇法でクーラーポットの表面を吹き続けたら蒸発も加速して冷却効果も強くなる。この流れを自動化出来たら、水を足すだけで電気冷蔵庫並に冷やせる装置になるはずだ)


 来週までに間に合えば、旅の途中も新鮮な肉を食べれる。エルムは結構やる気だった。


(まぁ無理でも、普通に仌法で氷出せば良いだろ。それくらいなら出来るし)


 店に行くと、キースはもちろんラプリアも不在。雇われ店員達が切り盛りする店から必要な物を選んで買ってく。


(オッサンのやつ、俺がポロッとこぼした現代式の焚き火台をもう実用化したのかよ。携行鍋クッカーもあるし)


 エルムが真っ先に手に持ったのは、自分がキースに漏らした現代知識の一つから生まれた焚き火台。


 それは折り畳み式で、サンプルは組立済みの物が置かれてるが売り物は革の袋に一式入って店頭に並んでいる。


 四枚の鉄板を組み合わせてベースの枠を作るタイプで、その上に網などを置けば料理にも使えるし、内部に専用の網を入れたら炭も使える。


 それと現代でもキャンプに利用される折り畳み式のフライパンや鍋もあり、流石に手入れが楽なステンレスでは無いだろうが形の上では完璧だった。


 鋼鉄製の場合はサビ防止に油を塗りこんだりする手入れが必須になるが、現代のステンレス製だって手入れした方が長持ちするのだから、これはもう性格の問題になるだろう。


蓄熱性鋼材スキレット鍋とかは現代でだって小マメな手入れが必須だし、ダッチオーブンなんか素人が使ってたらあっという間にオシャカだ。やっぱ何でも丁寧に使うのが一番なんだよな)


 コンロとして使う焚き火台と携行鍋クッカーを見繕ったエルムは、他にも鉱物由来や動物由来のアイテムを漁っていく。


(薪は樹法で作るし、扇法と燐法を組み合わせればそのまま木炭にも出来る。…………魔法ってキャンプと相性良すぎなんだよなぁ)


 樹法で急速に成長させた実態は魔力供給を切ると消える。しかししっかりと栄養を食わせて少しゆっくり育てるなどの手間を加えれば、実態を残す事も出来る。


 もちろん木材として使うなら現物を変質させた物よりだいぶ粗い出来になるが、薪として使うだけなら質なんてどうでも良い。燃えれば良いのだ。


「あとは、着火剤でも作るか。…………なぁ、そこの店員、綿だけって売って無いか? あと蝋を見せてくれ」


「あ、はい、ただいまお持ちします!」


 蝋を染み込ませたコットンは着火剤になる。使う時はビリッと破いて破断面の繊維に火を付けてやれば、一瞬で火が付くし着火剤が燃え尽きるまでは火種を維持出来る。焚き付けにこれ程便利で簡単な物も無いだろう。


(食器類とかも樹法で賄えるが、どうしようか? 携行鍋クッカーはもちろん鉄製のを買うけど)


 前々世の記憶と前世の経験によって旅慣れしているエルムは、テキパキと必要な物を選んでいく。


 この結果で課外授業がどれだけ楽になるのか、それはノルドを含めた運の良い生徒が極一部だけ味わえる。


「よし、ここではこんなもんかね。お前らは何か欲しい物あったか? あるなら遠慮無く言えよ」


「んっ」


「だぃじょぶ…………」


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