良いご身分だな。



「…………次男ちゃん。いや、お兄さま。助けてくんない?」


「──え、うわっ、鳥肌立ったッ!」


「俺は青筋立つわ」


 初授業を含めて枠三つを終わらせて来たエルムは、夕食の時間に食堂でノルドに合流した。


 ノルドも自分の交友が存在するのだが、食堂でエルムが近付いて来た時点でサッと引いていく。上級生の女子には人気だが、男子には避けられてるエルムだった。


 なにせ上級生の顔だったビンズを公衆の面前でボコったのだ。避けられて当たり前である。


「エルムに兄と呼ばれるのはいつ以来か、不気味過ぎて鳥肌が収まんないよ……!」


「言うねぇ」


 双子を連れたエルムは人が居なくなったノルドのテーブルに座り、双子が後ろからサーヴァントで運んでいた食事を並べる。


 食堂では頼めば幾らでも(有料で)食事が出て来るのだが、値段と質を鑑みた結果エルムは自分で作った方が良いと判断してそうしてる。


 普段は部屋で食べるし、食堂に来るなら食堂のメニューを頼むのだが、今日は色々あって部屋で作った料理を食堂で食べると言うよく分からない事になってる。


「うわ、何それ美味そう……」


「まぁ、うん。美味いと思う。自信作だし」


「え、それエルムが作ったのか?」


 タマも手伝ったが、まだ初心者のタマに全てを任せる事は出来ない。基本はエルムが作ってる。


 本日のメニューはコンソメで炊いたチーズリゾットにデミグラスのロールキャベツである。かなりの自信作で、テーブルに並んだそれらを見る双子もヨダレが止まらない。


「料理なんてどこで…………」


「屋敷じゃ誰もなんもしてくれねぇから自分で覚えるっきゃねぇだろ。んで、そんな基礎があれば屋敷から出てちゃんとした知識を仕入れたらこんなもんだよ」


 エルムはサラッと嘘をつく。本当は藤原にれ時代のうろ覚えな知識をプリムラ時代に再現し尽くしてただけである。


 エルムは知ってる。文明レベルが低かろうと、コンソメさえ用意しとけば大体何とかなると。


 現代日本では調味料が便利に進化し過ぎてたのだ。本来なら何十時間も煮込んで作るコンソメスープでさえ、手軽な顆粒状になっていたのだ。それがどれほどの事か、エルムは転生してから知った。


(味噌や醤油は樹法でどうとでもなるしな)


 コンソメスープは動物性の素材も沢山使うので樹法による再現も不完全に終わるが、醤油や味噌は塩だけ用意したら他は要らない。植物性の素材であれば相当に無茶が出来るのが元勇者である。


「…………で、なんだっけ? 助けて欲しいとか」


 ポチにリゾットを食べさせたら、代わりタマがエルムの口に切り分けたロールキャベツを運ぶ。その様子を見ながら内心で「いいご身分だなコイツ」と思いつつ、ノルドはエルムに最初のセリフを聞き返す。


「あ、そうそう。来週くらいに課外授業ってのが有るんだろ?」


「…………あぁー、そう言うことか」


 エルムの言葉からおおよそ事態を把握したノルドは、更に追加で「マジで良いご身分だな」と思った。


「上級生のお姉様方を何とかしてくれ、と?」


「まぁ、うん」


 エルムの言う課外授業とは、毎年行われてる恒例行事の事である。


 魔法学校の三学年が全て合同で行うもよおしで、引率係の三年生と補助の二年生、それを見て学ぶ一年生でチームを幾つか作り、場所でどっかを旅させる感じの授業だ。


 目的としては指定された区域の村などを訪れ、魔法を駆使して村の手伝いや問題解決に尽力する事で『魔法の実践』を学ぶ。


 そんなイベントなのだが、三年生と二年生の女子生徒から猛烈にアプローチを受ける事になったエルムはウンザリしていた。


 エルムは現在、樹法の教師である。しかし生徒でもあり、全校生徒が参加する課外授業では当然ながら生徒扱いで参加する。


 そうなると、『教師級の生徒』とチームを組んだ方が色々と便利だし有利になるのは自明であり、勧誘合戦も苛烈になる。


 エルムは「冒険者以外にもこんな勧誘受けんのかよ……」と本気で辟易としてるし、なんなら男女平等パンチが飛び出さないのが奇跡的なくらいである。


「まぁ、同じチームになれたら課外授業中ずっとアピール出来るし、実力も充分だから旅の危険も少ない。なにより現役冒険者だから旅にも慣れてるだろうし、誘わない理由が無いと思うよ」


 しかしそう、ノルドが呆れ顔で告げる内容が真実なのだ。


 もっと言うと、今この場で「料理も出来る」とバレてしまったので、明日には女子生徒に情報が出回ってる事だろう。


 旅の途中にしっかりと料理が出来る人材は貴重である。なにせ貴族や豪商の子も多いのだから、自分で料理出来る生徒の方が稀なのだ。


 この授業は使用人を連れていく事は出来ない決まりなので、自分の事は全部自分でやらねばならない。エルムは生徒扱いも受けれる双子を連れて行く気満々だが、普通はダメなのだ。


「と言うか、エルムがそこまで出来るなら僕もお願いしたいくらいだよ。正直、毎年この授業だけは辛くてね」


「はぁ? 次男ちゃんって騎士志望だろ? 旅くらい出来ないでどうすんだよ」


「まぁ、うん。それを言われると辛いんだけど……」


 まぁ良いや、とノルドが手を叩き、すっと手を伸ばしてエルムに何かを要求する。


「……………なに? この手は」


「え、頼み事して来たのは君だろう? 望み通りに助けてあげるから、その美味しそうな料理を僕にくれないかい?」


「あ、報酬これで良いのか…………」


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