授業。



 そんなこんな、初授業である。


「えー、じゃぁ自己紹介から始めるか。俺はエルム・プランター。知っての通り樹法使いで、扇法の系統も持っちゃ居るがそっちは新入生レベルでしかない。だが樹法に限れば最高峰だと自負してる」


 エルムが宛てがわれた教室には十人前後の生徒が居て、その内二人は双子なのでカウントしないにしても、エルムの予想よりずっと多くの生徒が訪れた事になる。


(えーと、双子を抜いて八、……いや九人か。アルテが居るのは当然として、他の八人はどう言う了見なんだろな)


 有用な系統は取り敢えず学ぶ。これは魔法使いとして正しい形である。


 なぜなら自分が運用しないとしても、敵対者が使う可能性があるならば理解を深める必要があるからだ。相手の武器をよく知っていれば、それだけ有利に立ち回れるのは当たり前の事である。


 系統外の魔法を極める人間は稀だ。しかし系統だけを学ぶ魔法使いも稀なのである。


 樹法特化型であったエルムさえ、全系統の基礎は身に付けているのはそう言う理由だったりする。だから扱いが十全じゃなかろうと、その系統で何が出来るのかを正しく把握するのは魔法使いとして必須であり、この場に居る生徒もその視点から評価すると真に魔法使い足り得る人材なのだろう。


 ただ、の話だが。


(なるほどね。八人中五人は立場が向上したアルテ狙いか。残り三人は真面目である事を祈りたいねぇ)


 エルムの自己紹介が終わったところで、今度は自分達の番かとソワソワし始める生徒達を尻目に、エルムは期待を無視して黒板に向き合う。


「さて、さっそく授業に移ろう」


「なっ!? ちょ、待ちなさい!」


 すると当然、生徒から文句が出る訳だが、エルムは触媒の種を指で弾き飛ばして樹法を起動し、口を開いた生徒に魔法で猿轡を噛ませて黙らせた。


「勘違いしてるアホが居るらしいから、一応は教えといてやる」


 振り返って教室を見舞わすエルムの顔は、心底冷たかった。


「お前らが何を思ってこの授業を受けてるかは知らないし、生徒と教師を兼業してる俺に何か思うところが有るだろう事も察する。だが授業中の俺は完全なる教師待遇であり、生徒から『待ちなさい』なんて舐めた口を聞かれる筋合いは無い。当然、そんな舐めた態度を取るアホは相応の成績になると思えよ。単位だって俺の気分次第でどうなるか分からんからな」


 それと、とエルムはゴミを見る目で続ける。


「どこの誰に自分のアピールをしたいのか知らんが、そんな事は俺に全く関係が無いことであり、加えて言うと俺はお前達に興味が無い。よって名前も知る必要が無いし、だから自己紹介も必要ない。授業に全く関係が無いアピールがしたいんであれば、授業の外でやれ」


 言いたい事を言い切ったエルムは再び黒板に戻り、ペン先がチョークのようなモノになってる鉛筆を手に取って板書し始めた。


 樹法を教えるに当たっての基礎から、その理論と実践に向かう道筋などを分かりやすく書いていく。


 手が届かない場所はベースから魔法で枝を伸ばして書いていく。


「さて、改めて授業を始めるぞ。興味の無い奴、やる気の無い奴はは今すぐ出て行け」


  エルムがそう言えば、双子とアルテミシアを含めて六人まで人数が減った。


「ふむ。よし、ポチとタマはこっち来い。助手として手伝ってくれ」


「んっ!」


「ぁい……」


 授業計画を立てたエルムだが、しかし中身の五割は結局アドリブだった。経験の無い事なので仕方ない。


「二人はもう基礎終わってるし、正直この授業受ける必要無いもんな」


 樹法を付きっきりで教えていた双子に関しては、もう既に立派な魔法使いである。樹法の初心者が集うこの場所に相応しいと言えば相応しいし、不相応と言えば不相応であった。


「ノート取るやつはさっさと取れよ。俺の授業は理論も大事だが実技よりだ。ちんたらしてると置いてくぞ」


 ◆

 

 ちなみに、であるが。


「どうして…………」


 エルムは唯一の樹法教師であり、当たり前だが他学年も担当する事になってる。


 そして他学年から見たエルムの評価とは、「ビンズ・ブレイヴフィールを余裕で倒せる程の才があるのに何故かエアライド家を追い出されて後ろ盾が無い優良物件」だったりする。


 ビンズを手酷く扱い、決闘では「誇りを賭けた」だなんて間違っても言えない酷い有様だったが、そもそもはビンズから喧嘩を売っていた事も事実である。


 それをキッチリ報復し、実家にまで刃をぶっ刺してのけたエルムとは、関わりが薄い層からすると「ヤバいレベルの天才」にしか見えなかったりする。


 すると何が起きるか?


「ねぇせんせぇ〜♪︎ 次のお休みはお暇ですかぁ〜?」


「先生、良かったら当家でお茶でもどうですか? 父も是非会いたいと……」


「エルムせんせ! この髪飾りどう思いますか? せんせに可愛いって思って欲しくて付けてきたんですっ」


 答えは、上級生にやたらモテる下級生という謎空間が完成する。


「どうして…………」


 エルムは色恋など微塵も興味が無いので、教室にエルム目当てで来られると普通に迷惑なのであった。


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