自業自得。



 どうしてこうなったのだろうか。エルムは自問する。


 勿論、どうしてと言うなら「調子乗ったから」が答えになるのだが、エルムはその答えに辿り着くためのピースを持っていなかった。


「どうして……」


 作業現場で「ヨシ!」とする猫の様な顔で呟くエルムは、双子にくっつかれながら自室で書類の作成と整理を続ける。


 果たしてエルムは、何をそんなに悩んでいるのか? その答えは今日、双子を部屋に残して済ませた用事に起因する。


「どうして、俺が教師なの……?」


 そう、つまりはそう言う事。


 エルムは魔法学校の生徒でありながら、樹法を教える教師にもなってしまった。


 事の発端は当然ながらビンビン勇者をビンビンにした決闘まで遡るが、大きな要因としてはブレイヴフィールの当主を罠に嵌めた方法がマズかった。


 利用されたレイブレイドはエルムの思惑通りに動いたが、エルムはその後の事を考えてなかった。


 樹法は現在、迫害される対象にある。それを改善するための一手としてブレイヴフィールを嵌めた訳だが、ではエルムのお陰でブレイヴフィールを潰せたレイブレイドはどのように動くのか?


 普通ならば刃法信仰のままにブレイヴフィールを貶め、刃法を下げて樹法を上げる内容の演説を続けるブレイヴフィールを口撃するのだろう。


 しかし、ブレイヴフィール堕としに手を貸したエルムは樹法持ちであり、更には学生最強だったビンズ・ブレイヴフィールを公然でボコボコにした実績もある。


 もし、エルムを敵に回した場合にどんな不利益があるのか?


 次期当主の嫡子をボッコボコにした後、樹法の立場向上を目指して当主本人まで攻撃する奴である。そんな奴が居るのに、ブレイヴフィールを攻撃する材料に樹法を使う?


 ナシである。魔法学校に通う子供と侮るなかれ、公爵家を一ヶ月で殆ど再起不能に追い込んだ化け物である。敵に回すのは賢い選択とは言えない。


 ならばどうするか?


 簡単である。樹法上げに乗っかりつつ、今まで樹法を蔑んで多くの国民に影響を及ぼして居た事実をターゲットに責めれば良い。


 事実、ブレイヴフィール家の当主本人が演説を続ける関係上、世論もそのように動きつつある。ならば無理に逆らうより流れに乗りながら叩いた方が労力が少ないし効率も良い。


 その第一手として、レイブレイド家はアルテミシアの冷遇を止めて手のひらを返し、樹法の授業が無い魔法学校に対しても物申し始めた。


 そう、魔法学校には樹法を教える教師も居ないし、その授業も無いのである。何故なら学ぶ者が居ないから。


 三百年もの時間ずっと邪悪な系統とされてきた魔法なんて、自主的に学ぼうとする人間は居なかったのだ。


 しかし、エルムがやってしまった。大衆が見守る中で、刃法の天才を樹法でボッコボコにしてしまった。


 そうなると魔法学校は困ったものだ。樹法は有用な魔法だと実績を生まれてしまって、更には侯爵家が樹法の授業が無いから娘が学べないと文句を言い、更にはエルムの魔法を見て樹法にも手を出してみようとする他の生徒も徐々に増えて来ている。


 ならばその用意をすべきなのだが、樹法を教えられる教員なんて居ないし、すぐに用意出来るものでもない。


 樹法を教える教師が居なかったという事は、樹法を学べる環境が無かったと言う事に他ならない。だったら人に教えられるほど樹法に精通した人材なんて居るわけが無い。


 だってそんな人材、育てて無いんだから。


 樹法蔑視が少ない、もしくは皆無の国から講師を呼ぶにしても、わざわざ樹法が迫害されてる場所に来て下さいと言って来る人物なんて居ない。自分から迫害されたいと思う訳が無い。


 つまり、手詰まりだったのだ。文句を言われても対応出来ない。


 そんな時に学校側は思い出した。樹法を人に教えられるくらい使える奴が居るじゃん、と。


 刃法の天才として通っていたビンズ・ブレイヴフィールを片手間くらいの気安さでボッコボコに出来る人材が、学校の中にもう居るじゃん、と。


 右も左も分からない奴に教師をさせるくらいなら、もうアイツで良いんじゃね? と。


 そうした考えの元、エルム・プランターは新設される樹法の授業を担任する事になってしまった。


「どうして…………」


 勿論、エルムも出来る限り抵抗はした。しかし暴力で解決出来ないやり取りでは、エルムはそこまで強く無かった。


 エルムが提示された条件は幾つかあり、まず学費の免除。樹法を教える以外では普通に自分も授業を受けるエルムだが、その学費を全面的に免除される。


 次に給与。学費と一緒で寮費が免除され、その上で月に金貨二枚。地球とは物価が違うから正確な円換算は不可能だが、それでも分かり易く円に例えると月給四十万円くらいである。


 三つ、待遇。授業を行う時以外は生徒扱いであるエルムだが、授業の用意などに使う時間も考えると、普通の生徒と同じ待遇で良い訳が無い。


 だからエルムは通常の生徒と同じ様に授業を受け、試験も受けるが、必要単位は丸ごと免除されいる。そも、学園としては樹法の授業だけしてくれたらそれで良いのだから、全部の授業をサボられても困らない。


 四つ、双子の扱い。今は召使い用の奴隷として寮に入れてる双子だが、エルムが教師をするならば、その生活を支える人員は福利厚生の一環である。


 つまるところ、双子にも給与が発生するようになる。そこまで多くないが、双子の事を考えれば断りにくい。学校から受ける双子の扱いが、奴隷から助手くらいにランクアップするのだから。


 それと、双子も授業を受けたいのならば受けて良いとも提案されていた。ここまで来たらエルムは首を横に振る利点が無い。メリットが多くてデメリットが極限まで少ない。


「どうして…………」


 しかし、メリットを理解して仕事を受けたエルムだが納得して受けたかと言えばそうでも無い。微妙な顔をしながら授業計画を練っている。


「………………ん」


 その顔を見て、なにやら励まそうと思ったらしいポチがピッッッッッッカピカに磨き上げた銅貨をテーブルに乗せ、エルムの方へと滑らせる。


「……ん、なんだ、くれるのか? ありがとうな。ピッカピカじゃねぇか」


「んっ」


「綺麗にしてくれたのか? ありがとなぁ」


 少し荒んだ心に、ポチの無垢な気遣いが染みてほっこりするエルム。


「はぁ……。まぁやってみるかねぇ」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る