一年も待つ訳ねぇだろ。



「確実に勝てる。………………とか思っちゃう雑魚釣るのチョロ〜い」


 エギンズは結局、ゲームを了承して契約書にサインをした。


 その時点で負け確である事など知らずに。


「そもそも演説ゲームで勝てるとか思ってる時点でアホ。この時代の貴族ってみんなアホなん? 昔はもう少しマシだったのになぁ」


 契約書にはデカデカと勝利条件と、勝った場合の利点が書かれていた。しかしゲームである以上、負けた場合の結果も存在する。


 エルムが用意した契約書にはこう書かれていた。


『演説を達成出来ずに一年が過ぎた場合、ならびに達成が不可能になった時点で挑戦者の敗北とする。


 挑戦者が敗北した場合、敗北が決定していても演説は最後まで行い、来年以降も毎年ゲームと同じ条件で演説を行う物とし、エルム・プランターが望む「ビンズ・ブレイヴフィールの不登校禁止」を叶える義務を負う。


 挑戦者が演説出来ない場合、血族から代理の者を用意して演説させる物とする。しかし代理者では勝利条件を満たせない物とする』


 不登校禁止は完全に逃げたビンズへの嫌がらせだが、問題はそこじゃない。


 達成不可能になった瞬間に負けが確定する。この部分だ。


「一年も待つ訳ねぇだろ。バカがよぉ」


 エルムは後日、速攻で手を打った。


 どんな手かと言うと、『ブレイヴフィール公爵とこんな遊びをしてるよ!』と手紙を書いたのだ。


 誰に? 当然、ブレイヴフィールの政敵に。


「あ、居た居た。おーい! アルテ〜!」


 アルテミシア・レイブレイド。樹法を持って産まれた為に迫害される彼女だが、所属する家はブレイヴフィールと同じく刃法を神聖視する家である。


 爵位は侯爵で、ブレイヴフィールと比べて一段下になる。


 刃法とはレア中のレア。良い血統の刃法持ちを抱え込んで継承するのは相応の手間があり、同じ目的を持つ貴族とは当たり前に競合する。公爵と侯爵が争えばどちらに軍配が上がるかは明らかだ。


 刃法持ちを集めるのは王家であり、勇者の血統であるブレイヴフィールであり、レイブレイド家はそんな強大な二つの家と争って刃法持ちを確保しなければならない。


 そして、戦闘特化である刃法を集めるという事は当然ながらレイブレイド家も武門なのだ。


 ここまで情報が揃えば、あとはちょっと頭を使うだけで簡単に計算出来る。


 同じ武門で、同じ刃法信仰で、爵位でマウント取られて刃法持ちを取られて、次世代の系譜に於いては片や天才刃法使いを擁する公爵家に、片や邪悪とされる樹法持ちを擁する侯爵家。


 確実に、敵対関係である。


 そして、そんな競合相手が潰せるチャンス。さぁ相手貴族はどう動く?


 一周に一年掛かるゲームだ。それを一回邪魔して負けさせれば、当主が毎年、一年かけて演説して回る壊れたBOTにジョブチェンジ。


 その場で当主交代は確実だし、交代しなくても当主が永遠に演説を続けるアホになる。当主交代が成されても経験皆無のガキが当主になり、アドバイスするべき先代は演説BOT中。


 最初から勇者の末裔と言うブランドを背負って、刃法集めで競合する高位貴族が、確実に潰せる雑魚になる。


 そんなチャンス、誰が逃す?


 そして何より。


「演説は一字一句、間違いなく行う必要がある。そして演説の内容を書いた紙って、そう、


 ◆


「一ヶ月も掛からないとか流石〜!」


 たった一ヶ月で超大物貴族を樹法上げBOTに改造する事に成功したエルム。


 具体的に何が起きたかと言うと、まず予想通りにレイブレイドが盛大に横槍を入れて邪魔しまくった。


 旅立とうとする公爵閣下を何かと理由を付けて城に呼び出そうとしたり、馬や馬車を買い占めて移動を制限したり、挙句の果てには他国へ出張に行かせようとしたり、その妨害は様々だ。


 そこにエルムのダメ押しが炸裂。演説内容が書かれた原稿用紙が紛失してしまい、公爵は演説内容が分からなくなってゲームクリアが不可能になった。


 時間的にも一ヶ月もロスした事で悪魔の契約書も大分グレー寄りになってたのに、そこに演説内容も分からなくなったらどうしようも無い。


 その結果、見事に悪魔の契約書は交わされた約束事を履行した。


 これでブレイヴフィール家は生きてる限り、主要経済都市で樹法を褒め讃えて刃法を貶め続けるオモチャになった。


 流通の激しい都市でそんな事をすれば、あっという間に話は広がる。


「勝敗とザマァは一年も待たないが、樹法の立場向上は一年くらい待ってやろうかね」


 あとは公爵が毎年演説を続けて、その効果が出るのを待てば多少はマシになるはず。


「それに、俺が暴れて樹法のポジキャンすれば、ちょっとくらいは相乗効果あるだろ」


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