本命のゲーム。



「………………条件?」


 ニタァと笑うエルムに、エギンズは冷や汗が止まらない。


 目の前に居る子供は、本当に十二歳こどもなのか? エギンズは自分の目を信じられなくなっていた。


「そう、条件。具体的には────」






 ────アンタもサインしろよ、悪魔の契約書に。






 エルムの狙い。それは子供をイジメて出て来た親に、本命の契約書を叩き付ける為だった。


「…………聞こうか」


「ふふっ、ふはは……! まぁ引けないもんな? 嫡子の醜聞を進行形で生み出す契約が生きてる内は、可能性を捨てるなんて出来やしない」


 これが仮に、なんの才能も無い凡庸な嫡子だったなら別だ。無理難題を吹っ掛けられても、じゃぁ良いやと嫡子を切り捨てて次男を育てれば良い。


 しかし、ビンズは本人が言う通りに刃法の天才として通ってる。才気ある跡継ぎならば、残したいと思うのが当主である。


「だから遊びゲームをしようぜ? 悪魔の契約書を使った遊びゲームだ」


 ルールは簡単。エルムが用意した文章を読み上げるだけ。ただ設定された期間内に、指定された場所で、定められた回数を朗読する必要があるだけだ。


「ルングダム王国に於ける主要経済都市は六つ。王都を含めダンジョンがある三都市と、港がある街。そして国境にある要衝が二つ」


 それら六つの都市を王都から出発して巡るのに必要な期間は、ゆとりを持って計算して約一年。


「その間に、主要経済都市六つを巡って指定した時間に俺が用意した作文の朗読を行ってもらう。都市の中心部にある広場で、人が最も多い真昼間に、各都市で十回ずつ」


 エルムは予め用意していた書類をテーブルに置く。既に内容を決めてある悪魔の契約書と、それに伴う作文だ。


 その内容は、


『我がブレイヴフィール家の次期当主、ビンズ・ブレイヴフィールは愚かにも、この世で最も尊き系統である樹法の使い手に挑み、儚くも敗れた。戦闘にしか使えない欠陥系統である刃法しか持たぬ身で、万能たる樹法に挑んだ事はあまりにも愚かだったが、私は息子の勇気だけは称えたい。そもそも、かの魔王が討たれる前は豊穣を司る尊き系統として大事にされた樹法が迫害されているのは、我がブレイヴフィールの祖先であり六勇者で最もヘッポコだったクソザコ勇者ブイズ・ブレイヴフィールが吐いた妄言が原因であり、その責任は全て我がブレイヴフィール家にある』


 と、いった内容が四百字詰めの原稿用紙で二十枚分ほど用意されている。


「…………こっ、こんな物を口に出来るかッ!」


「別に、俺は構わんよ? それなら契約なんて破棄しないってだけで」


 あまりにもふざけた作文であり、エギンズはブレイヴフィールの傷付いた名誉を回復して立て直す為に交渉してるのに、こんなものを主要経済都市で観衆の元で読み上げたら名誉もクソも無い。


「貴様…………!」


 だからエギンズは悟った。そもそもコイツは交渉なんて最初からする気が無かったのだと。


「落ち着けよオッサン。慌てるナントカは貰いが少ないって言うだろ?」


 しかし、それは半分正解であるが、半分は誤りである。


「契約書の方もちゃんと読めよ。これはゲームだって言っただろ?」


 そう、エルムだってこんな作文をわざわざ、断られる前提で用意したりしない。四百字詰め原稿用紙なんてこの世には存在しないから比喩でしか無いが、そのくらいの詰め込み具合で二十枚も無駄に書くほど暇じゃないのだ。


 エルムに促されて読んだ契約書には、このようなゲームが記されていた。


『エルム・プランターが用意したゲームに挑む者は、指定された六つの主要経済都市にて用意された原稿を各都市で十回ずつ、一年以内に読み上げて演説する事が出来た場合にのみ勝利とする。


 一日に演説は一回まで。いずれも人の多い昼間に、都市の中心部で人通りが最も多い場所にて演説しなければならない。


 一年以内に演説を完遂して勝利した場合、挑戦者には二つの権利が与えられる。


 一つ、エルム・プランターが交わした悪魔の契約書による契約を破棄させる事が出来る。


 一つ、挑戦者はエルム・プランターにを指定して決闘する事が出来る。また、その場合は勝敗によって契約を履行する内容の悪魔の契約書を用いても構わない。エルム・プランターはその際にどんな条件であっても悪魔の契約書にサインする物とする』


 書かれてる内容は基本的にそんな所で、他には細々としたルールが詰め込まれている。


 ここで重要なのは、事だ。


「…………これは」


「そう。アンタが演説をやり切ったら、俺を好きなタイミングで決闘に引っ張り出して


 もう一つ重要なのは、エルムが学生であり、エギンズは現役の貴族だと言うこと。


 天才と名高いはずのビンズを軽く捻ったとは言え、学生は学生。。つまり観衆が集まる大舞台に引っ張り出して、子供をボコって演説の内容を帳消しに出来る。


 大人が子供をボコる様な決闘は、本来なら顰蹙ひんしゅくを買う。それはもう盛大に。


 だが幸いな事に、エルムは樹法使いである。大衆の見守る中でボコッてもそこまで大きな顰蹙は買わないし、何より悪魔の契約書にサインさせられる。


 例えば、今回の演説ゲームとほぼ同じ内容の物をエルムにやらせる事も出来るし、その際に『ブレイヴフィールにやらせた演説は自分が悪魔の契約書によって無理矢理行わせた』と明言させても良い。


 そうして、やっぱり樹法使いはこんな事をやらせる邪悪な者なのだと民意を煽ってやれば、ある程度の名誉回復が見込める。


 エギンズは公爵であり、嫡子が魔法学校に通ってる事からも分かる通りに武門である。当然ながら本人も魔法は堪能であり、天才とは言え子供だったビンズと比べて何倍も強い自負がある。


 つまり勝ち確。エギンズはそう考えてしまった。


(各都市で一日に一回。六都市で演説だけに六十日だと考えれば、一年の時間制限はかなりギリギリだが、資金を注ぎ込めばなんとかなる。そして…………)


 演説さえどうにかなってしまえば、決闘で確実にひっくり返せる。


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