餌釣りの結果。



「君がエルム・プランターかね」


「そう言うアンタはどこの誰さんよ?」


 着実に、と言うか教師もドン引きする程の速度で扇法を学んでいくエルムは、ある日の昼に呼び出しを受けた。


 校長だか理事長だか、とにかく魔法学校で一番偉い方からの呼び出しであり、素直に応じて見ればの成果がそこに居た。


 誰さんよとフランクに誰何すいかするエルムだが、ぶっちゃけたところ相手が誰だか分かってる。


「私はエギンズ・ブレイヴフィール。公爵家の者だ」


 つまりはビンビン勇者君の父親であり、ブレイヴフィール家の現当主。


「ほーん。で、なんの用?」


 分かり切った事を聞くエルムは、召喚された部屋に礼儀もクソもなく入って案内も無いままにソファに座った。


 勿論クソほど失礼な振る舞いであり、場合によらず首が飛んでおかしくない。


 しかし、エルムは自分の実力を担保にして愚かな振る舞いをしてる訳じゃない。相手が自分を殺せないと知ってるからこそ舐めた態度を続けているのだ。


「…………契約を、破棄して貰いたい」


「答えは分かってるよな? 断る」


 悪魔の契約書。エルムが決闘に持ち出した宝具は魔王が残したダンジョンのろいが由来なだけあって絶大な強制力を持つ。


 一度サインをしてしまえば、何が起きても絶対にその契約は履行りこうされ続ける。


 その契約を無かったことにしたい場合は、契約書にサインした人間全ての同意の元に契約書を破棄する必要があり、仮に契約が残った状態で片方が死ねば、その契約を破棄する事は永遠に出来なくなる。


 つまり、エギンズがエルムを無礼討ちにした場合、ビンビン勇者君は絶対にビンビン勇者のままなのだ。


 だから殺せない。ビンビン勇者の存在を諦めない内は、むしろエギンズが権力を尽くしてエルムを守る必要すら出て来る。


「そこをどうにか……」


 そして下手に出るしかない。高圧的な態度で接しても意味が無い手合いだと最初から分かっているエギンズは、エルムを権力で従えることを避けている。


 その考えは大当たりで、もし仮に今のエルムが力の限りを尽くしても絶対に抗えない状況を用意したとして、「じゃぁ死ぬわ」と契約破棄の権利ごとされた場合に困るのはブレイヴフィール家なのだから。


「どうにか、じゃねぇだろボケ。まず最初にお子さんのやらかした事を謝罪すんのが先じゃねぇんですかねぇ〜? それともぉ〜? お子さんの教育すらマトモに出来てない公爵閣下は謝り方すらご存知無いんですかぁ〜?」


 顎を突き出してムカつく顔で言ってのけるエルム。


 実際、最初に絡んで来たのも、その後に兄が出て来て決闘を申し込んだのも、どちらもブレイヴフィールなのだ。エルムとしては当然の要求だ。


 相手からすると公爵家に逆らってるクソ失礼な平民なので謝る筋合いなんて絶無だが、立場的にどちらが優位なのかは一目瞭然。謝罪とは、立場の弱いものが行うのが常なのだ。


 血管がブチ切れそうな程煽られるエギンズは、しかしここで切れて交渉を終わらせて良い立場に居ない。


「………………息子達が、大変失礼なことをした。申し訳無かった」


「まぁ謝られても許さないけどね。こっちは大金払って入学した学校の退学と、一生涯の系統封印を賭けてたんだから」


 その賭け自体も、元はエルムが悪魔の契約書を持ち出した事が原因である。怒るのは筋違いが過ぎる。


 しかし決闘とはものであり、つまりはビンズも納得の上で行ってる。…………事になってる。建前上は。


 煽りに煽られて引けなくなってたとしても、実質的に逃げ道は無かったとしても、そんな物は暗黙の了解でしかなく、ルールには一切の記載が無い。


 要は「嫌だったなら受けなければ良かった」事であり、それが決闘後に「許してください」は通らない。


 今、クソ失礼なのは間違いなくエルムであるが、横紙破りをしてるのは確実にエギンズなのだ。


「賠償の用意はある。どうにか怒りを鎮めて貰えないだろうか」


 ビンズは本当に、刃法の天才として名高い生徒だった。当然ながら公爵家の嫡子であり、跡継ぎがあのザマではブレイヴフィールとしても困った程度の話じゃ済まない。


 嫡子が陛下に謁見する時もビンビン勇者で、婚約者に紹介する時もビンビン勇者で、何があってもビンビン勇者では公爵家のブランドは地に落ちる。


 もう既に手遅れ感はあるが、しかし何事も立て直しは可能である。だがそれも元凶が残ったままでは本当に意味が無い。


「ま、お遊びはこの辺にしといて」


 ただブレイヴフィールとしては幸運な事に、エルムは交渉に応じる気があった。


 というより────


「条件付きで、契約破棄してやっても良いよ」


 エルムは元々、現当主エギンズを釣り出す為に悪ふざけをしていたのだから。


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