嫌な事件だったね。
「…………チッ! 登校も義務化しとけば良かったぜ。まさか不登校になって逃げるとは」
「えと、エルム? 人一人の人生を終わらせて言うセリフは本当にそれで合ってるか?」
決闘が無事に終わり……、無事に? 何も無事じゃなかったかも知れないが、エルムにとっては無事に終わってから既に数日。
決闘後もずっとビンズに付いて周り、人前で必ず「そう言えば君の名前ってなんだっけ?」と聞いて自己紹介を強制し、学校中に股間の勇者の異名を轟かせまくったエルムは、現在少し不機嫌だった。
入学式も終わり、クラス分けも終わり、その最中にもビンズに嫌がらせの如く自己紹介をさせた本物の悪魔は、ビンズの不登校を認めて無かったのだ。
ドン引きしてるノルドと寮の食堂で食事をしてる中で、その事をつらつらと口にする。
「いや、あんな目に遭ったら誰でも不登校になるでしょ。もう寮の部屋にすら帰らず、実家に逃げたらしいよ」
「かぁ〜、つまんねっ。まだ遊び足りねぇのに」
「本物の悪魔かよ……」
特に酷いのが、在校生代表として入学式で挨拶するビンズに対し、スピーチの最中に「アナタのお名前はなんですか!?」と大声で聞き、例の自己紹介を全校生徒の前で炸裂させた事だろうか。
むしろビンズ君は自殺してないだけメンタルが強いかも知れない。
「だってさぁ、『ビンビン勇者様!? どのくらいビンビンなんですか!? 教えて下さいよビンビン勇者
「地獄かよ」
ノルドは改めてエルムを敵に回しちゃダメだと理解した。あんな目に遭ったら自分は自殺すると確信しているから。
「そんなんじゃ、クラスで友達も出来ないだろう? どうしてるんだ?」
「え、友達? めっちゃ腫れ物扱いされてるに決まってるじゃん」
「…………エルム。触れたら痛くて可哀想だからって避けるのが腫れ物だぞ。触れたら爆発する危険物の事じゃない」
「言うねぇ次男ちゃん」
エルムが自分で言う通り、最上級クラスでは完全にヤベー扱いされている。機嫌を損ねたらビンビン勇者にされてしまうのに、関わる訳が無い。最初から関わらないのが普通の感性だ。
「俺としては静かに扇法を学べるから助かってるけどな。貴族のガキなんざ総じて面倒だろ」
クラスの全員、どころか教師まで「嫌な、事件だったね……」と顔を逸らして話題も避けようとするアンタッチャブル具合だが、そもそもエルムは本当に扇法を学ぶためだけに来てるのでそれで良い。
学ぶ事を学び終えたら退学でも構わないし、ダンジョンの深層に向かう準備を整える時間も作れたら金銭にも困らなくなる。
最終的にはさっさと国を出て、樹法が迫害されてない国でも探そうと思ってるエルムは、今この国で友好を結ぶ意義を感じないのだった。
「ん? でも仲良くしてる女子生徒が居た気がするけど、その子は例外なのかい?」
「…………あいつかァ。入学試験で少し助けてやったら懐かれたんだよなぁ」
ノルドが口にした女子生徒とは、入学試験で過呼吸気味だった樹法持ちの女の子である。
名前はアルテミシア・レイブレイド。ブレイヴフィールや王家程じゃ無いが、刃法を取り込んで時代の勇者を求めてる家の出身らしく、そのせいで魔女が使った系統を持って産まれて来たアルテミシアはかなり酷い冷遇を受けてる。
そんな中で同じ樹法の使い手で、優しく手助けしてくれたエルムを善人だと信じ切っており、チョロインの如く懐いている。
「お、噂をすれば」
「……あん?」
食堂は男子寮の一階エントランス近くにあり、入口がよく見える。そして女子寮も男子寮も一階までなら異性が入っても問題無いルールなので、男子寮にも時折女子が遊びに来たりする。
「……あっ、エルムくん!」
「アルテか。なんか用?」
アルテミシアはチョロイン枠だが、当のエルムはチョロインを相手に「守ってあげなきゃ」と赤面するタイプでも無い。むしろ「私は、お邪魔ですか?」とウルウルのお目々で聞く女性に「え、うん。邪魔」と言い放つ様な人間性だ。
この少女には早く目を覚まして欲しい所である。
「あの、明日のお休みってご予定はありますか……?」
「ん〜、ダンジョンかなぁ。学費と生活費稼がなきゃだし」
「あ、そうですか…………」
見るからにしょんぼりするアルテミシア。その意味に気付かない程、鈍感系主人公じゃないエルムだが、そもそも好意を抱いてる訳でも無いので普通にスルーした。
「えーと、レイブレイド嬢? エルムにどんな用事だったんだい?」
話を広げる気が無いエルムと、目に見えて悲しそうなアルテミシアを見たノルドは、それとなく会話を繋いであげた。この気遣いが最初から出来ていれば、エルムを相手に怯える事も無かっただろうに。
ちなみに、ノルドが怖いくせにエルムと共に居るのは単純にポイント稼ぎである。謝罪が許されるくらいまで罪滅ぼしを行ってないと、いざと言う時に怖すぎるから『関わらない』と言う選択肢が取れないのだ。
「えと、その、試験の時のお礼がしたくて…………」
「別に、触媒一つと紙袋をくれてやっただけだし、気にしなくて良いぞ。大した手間でもねぇし」
「そうは行かないのが貴族なんだぞ。エルムだって分かるだろ?」
「いや、アルテは家から冷遇されてんだし、礼も出来ないなんて醜聞はどうでも良いだろ」
「どうでも良く無いだろ。気にせず家名に傷が付いたら、もっと冷遇されるのはレイブレイド嬢なんだぞ」
「んな家とっととぶっ飛ばしちまえよメンドクセェ。刃法を刃法ってだけで有難がってる家なんざ、どうせ雑魚なんだから」
刃法は強力な系統である。しかしそれは使いこなせたらの話であり、そして使いこなせればどんな系統だって強いのだ。むしろ汎用性が無い分だけ使い難い系統であるとさえ言える。
「まぁ良い。どうせすぐに樹法を迫害してる現代に風穴開けてやるから。アルテもそれまで大人しく待ってろよ」
「……………ぇと?」
「エルム、お前何する気だ?」
餌は、もう撒かれて居るのである。
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