その名はビンズ。



「貴様が弟を侮辱した邪法使いか!」


 その日の夕食時。エルムは双子を連れて食堂を利用していた。


 与えられた個室には立派なキッチンが付いているものの、食料は用意されて無かったので今日は使えないのだ。


 双子は使用人枠としてこの場に居るが、エルムは気にせず同じ席に座らせて一緒に食事をしていた。使用人の前にペット枠なので可愛がる事が優先である。


 そこに現れたキラッキラの金髪男子がエルムを指さして声を上げた。


「…………一応、念の為、まさか貴族が知らないとは思えないが教えといてやるな? 今は夕食の時間で、平民ならまだしも貴族が声を上げて騒ぐ時間じゃねぇぞ? もしかしてご存知無かったか?」


「うるさい! 口答えをするな平民!」


 今更ながら、平民と貴族は制服に若干の違いがあるので、見ただけで分かる仕様になっている。なので先の泣き虫少年も同じ理由でエルムを平民と罵った。


「そうだよな。平民に口答えされたら、平民以下の知性しか無いのがバレちゃうもんな。黙ってて貰わないと貴族の威厳が保てないもんな。そんな知性しか貰えなかったなんて、きっと先祖がよっぽどのカスだったんだろう。可哀想に」


「貴様ァ! 栄光あるブレイヴフィール家が祖先、ブイズ様を侮辱するかぁ!?」


 ブレイヴフィール。その名を聞いたエルムは人知れず嗤う。獲物が来たと…………。


「邪法の使い手が栄えある魔法学校に居るだけでも我慢ならんのに、祖先をバカにされてはコチラも引けん。ブレイヴフィールの名において、貴様に決闘を申し込む!」


(……………………釣れたァ♡)


 エルムは考える。迂遠な計画なんて要らない。気に食わないならその場で終わらせる事が一番気持ち良いのだと知っているから。


「へぇ、決闘に何を賭けるんだ? まさか名誉だとかクソつまらん事は言わんよな? 俺を追い出したいんだろ?」


「ふんっ! ブイズ様の生まれ変わりと言われる程に刃法に愛された私を相手に随分と舐めた事を。何を賭けようと貴様が負ける未来は変わらんぞ!」


「だったら、なんでも賭けられるよな? 悪魔の契約書を使っても」


「…………なにっ?」


 悪魔の契約書。ダンジョンから産出するドロップアイテムの一つで、天使の鐘と並んで司法に利用される強力な道具である。


 その効果は、悪魔の契約書を使って結んだ契約の強制遵守。一度サインをしてしまったら、どんな契約であっても絶対に守らされる。逆らおうとしても体が勝手に契約を履行してしまう恐ろしい道具なのだ。


「なんだ、怖いのか? 負けちゃったら何を失うのか分からないもんな? 怖くて決闘なんて出来ないよな? 俺も雑魚をイジメめたい訳じゃ無いし、今回は聞かなかった事にしてやるから、もう尻尾巻いて帰れよ。記憶に無いけど俺に侮辱されたらしい弟くんにも『お兄ちゃん平民との決闘が怖くて逃げてきちゃったよぉ〜』って泣き付けよ」


 見え見えの挑発だが、人が集まる食堂でここまで言われて引くことは不可能。


「…………安い挑発だが乗ってやろう。そこまでデカイ口を叩いたんだ。貴様こそ逃げるなよ?」


「えっ? ごめんちょっと何言ってるか分からない。雑魚を相手に逃げるってどう言う状況? 僕ぜんぜんわかんなぁ〜い〜!」


 まだ入学式すら終わってない時期。寮に先入りして生活を始めた新入生と元から居る上級生しか居ない食堂で、今年度初めての決闘が確定した。


 ◆


「バカは簡単に釣れるから楽だわぁ」


 後日、入学式を翌日に控えた日に決闘が始まった。


 場所は入学試験で実技をした闘技場で、観客も入って一大イベントとなってる。大方、相手が見栄の為に集めたのだろう。エルムとしても相手のダメージが増えるので願ったりだった。


「良く逃げずに来たな。その事だけは褒めてやろう」


「そう言うの良いから早く始めてくんね? 雑魚に時間使う事ほど無駄な事は無いからさ」


 青筋を立てる青年は、立会人に視線を投げて指示を出す。今回の決闘に引っ張りだされた立会人は学校の教師で、こう言った決闘騒ぎは多々あるので教師も慣れたものだ。


「では、お互いが悪魔の契約書に記載した要求を公開します。双方納得の上、ここにサインを。納得出来なかった場合はその旨を申告してください」


 決闘に賭ける内容をお互いに契約書に書き、今ここで公開される。そこでサインをしたらもう後戻り出来ない。


 相手の要求はエルムの自主退学。及び樹法の永久封印。つまり死ぬまで樹法を使うなと言う契約だ。悪魔の契約書を持ち出して要求する内容としては適切で、もしエルムが負けた場合は契約書の強制力で本当に樹法が使えなくなる。


 対してエルムの要求は────


『エルム・プランターが決闘に勝利した場合、対戦相手は以降の人生に於いて、自身の名を口にする時に──


「股間の剣に誇りを託し、今日も明日もずっとビンビン! 栄えある剣の勇者が末裔にして、いきり立つ刃法の正当後継者! 我が名はビンズ! 股間の勇者とは我の事なり!」


 ──と発言する事を生涯強制される。並びに、人生に於いて改名を一切認めず、名を聞かれた場合は必ず応える物とする』


 読み上げられた内容に、此度の対戦相手ビンズ・ブレイヴフィールは絶句した。


 会場に詰め寄せた観戦者も一人残らず唖然とした。


 もし青年、魔法学校三年生ビンズ・ブレイヴフィールが決闘に負けた場合、死ぬまで先程読み上げられたクソみたいな自己紹介を強制される。


「さぁ、サインしろよ。どうせ負けないんだろ? だったらさっさと始めようぜ」


 ブレイヴフィールは叩き潰す。目の前のカスは今すぐ潰すし、後ろに居る血族も全員潰す。


 エルムが仕掛けたこの『悪ふざけ』は、全てを仕留める為に用意した釣り餌である。


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