実技試験。



 筆記試験が終わり、次は実技試験である。この実技の結果でクラス分けが決まり、学ぶレベルが変わる。


 とは言ってもカリキュラム制では無く単位制なので、学ぶ内容もレベルも本人が選べる場合が殆どなのだが、それでもクラス単位で受ける授業などもあり、実技試験に手を抜いて良い理由は無い。


 エルムが移動した会場は闘技場のような場所で、試験内容は的当てだった。


 所定の位置に立ち、1メートル先から10メートル先までに転々と用意された的を魔法で攻撃し、より遠くの的を狙えると高得点らしい。


 更に的は円形の物だが、その上には風にそよぐ旗もあって、威力の低い扇法でも旗を揺らせれば的に当たった事になるようだ。霊法は遠距離攻撃手段が無い系統だが、砲丸の様な物が用意されていて、それを自己バフを施して投げれば良いらしい。


(思ったよりバランスの良い試験だな)


 魔法を遠くに飛ばす技術は高度であり、子供の身で10メートル先を狙えたなら充分に有望である。もちろんエルムは樹法を使えばその十倍だって狙えるが、扇法では1メートル先の的を揺らすのが精々だ。


 しかしエルムにとって不幸な事に、この試験は自身が持ちうる系統全てでトライしなくてはならないようで、試験前に申告した系統はこの為にあったらしい。


(せっかくバレない様に色々と手を打ってたのに、全部台無しだなクソが。…………あぁ、いや、もしかして樹法の炙り出しをする為の方策なのか?)


 殺されたり捕まったりする程じゃなくても、売られたり嫡子から降ろされたりする程度には迫害されてる樹法である。この試験で樹法による高得点を出した先でどんなトラブルが起きるのかを考えると、中々に憂鬱な気持ちになるエルムだった。


 もちろん手加減をして高得点を諦めればその限りでも無いが、樹法持ちと言う時点で手遅れかも知れない。その場合は迫害傾向にある樹法を持った上で低級クラスに割り振られた場合に起こるトラブルも懸念されるので、本気を出した方が良いのか手加減した方が良いのかエルムには判断が付かなかった。


 上級クラスにはある程度の特権もあると聞いたので、トラブルによってはその特権で回避出来る物もあるのだろう。エルムはどうするか本気で悩んでいる。


(…………面倒だなぁ。……………………ん?)


 ふと、近くから荒い隙間風のような異音を感じて振り返ったエルム。見るとそこには、青い顔をしてコヒュコヒュと過呼吸気味な少女が居た。


「お、お前、大丈夫か……?」


 あまりにも異常な様子で、エルムは思わず声を掛けてしまった。他の生徒がどんどん実技に挑んでる中で、様子見を選んだエルムは的当ての会場から少し遠くにいる。魔法に自信がある者はどんどん試験に挑み、自信が無い者やエルムと同じく様子見を選んだ者は先を譲って待機している。


「おっ、お気遣っ、なきゅぅ……」


「いや気遣われて当たり前の顔色しといて無茶言うなや」


 プラチナブロンドのウェーブヘアに品の良い花の髪飾りをした少女は、貴族的には普段使いなのだろうドレスを着てしゃがみこんでいる。


 ほっといたらこのまま死ぬんじゃないかと思う程に顔色が悪く、呼吸音もおかしい。試験を受けてると言うことはエルムと同い年なのだろうが、それでも身長が小さめだったのでエルムの『小さい物好きフィルター』に見事引っかかり、心配したエルムはとりあえず介抱する。


 近寄って背中を摩り、触媒の種を一つ消費して植物、セルロースと生成と分解を即座に行って目の細かい紙袋を生み出す。過呼吸には自分の排気を吸わせて酸素供給を落とす対処法が良いと聞いた事があったので実践したのだ。


「ほれ、これを口に当てて呼吸しろ。異常な吸気は体に悪いんだ」


「あ、あぃがひゅっ、ござまっ……」


「どうしたんだ? 緊張か? 実技試験は合否に影響しないからミスっても大丈夫だぞ?」


 紙袋で深呼吸を始める少女の背中を擦りながら、意識を分散する為にも話し掛ける。大体の場合、過呼吸は嫌な記憶や緊張によるストレスで起こるので、意識を別のところに持って行ってやれば多少は改善したはずだと話題を選ぶ。


 そうやってポツポツと会話を促すと、どうやら少女は樹法を持って産まれた為に家でも冷遇されていて、今回の試験でも最高クラスに所属出来ない場合は『出来損ない』として家から追い出されるのだそうだ。


「ふーん、別に良くね?」


「よっ、よくなっ……」


「いやいや、考えて見ろよ。樹法を持っただけでそんな仕打ちをして来る家族が、多少成績が良かったからって待遇を改善すると思うか? あくまで予想だが、多分お前が首席合格しても待遇は変わらんぞ? そんなに緊張して苦しむだけ損だと思うけどなぁ」


 時に正論は人を傷付けるが、正論よりも信じてた未来に裏切られる方がダメージを受ける事をエルムは知っていた。


「もし家族を見返したいなら、この学校の成績でそれを成すのは諦めろ。卒業した後に家を出て、冒険者にでもなって国が無視出来ない実力を身に付ける方が現実的だし負担も少ないと思うぞ。時間的な制約も無いしな」


「…………でもぉ」


「実を言うと、俺も樹法持ちだったから家を追い出されてんだよ。俺としては喜ばしい事だったけどな? 今は冒険者としてそれなりに稼いでるから、人生そこそこ楽しいぞ?」


 エルムが自分という実例を出す頃には少女も落ち着いて居て、顔色も若干ながら良くなっていた。


「でも、樹法で強くなれますか……?」


「なれるだろ。極めても弱い系統なんて存在しねぇよ。…………はぁ、良いや。そこで見てろ、本物の樹法使いって奴を見せてやる」


 エルムは樹法で手加減をしないと決め、的当てに参加すべく前に出た。


 試験は同時に五人まで受けれる様になっていて、ボーリングのレーンの様に的が並ぶ列が横並びで用意されている。


「はい、次は君ですね。名前と系統は?」


 エルムがその一つに入ると、すぐに試験官が対応する。手元にはバインダーのような物があり、そこに結果を書き込むのだろう。


「エルム・プランター。系統は扇法と樹法。まず扇法からやる」


 そう言って扇法で一番近い的の旗を風で揺らしたエルムは、すぐに次に入る。ポケットから一粒の種を落とし、サーヴァントを生み出す。


「行け、樹龍ククノチ」


 今回エルムは試験と言う事でハルニレは持って来てない。双子もお留守番で、手元にある触媒はベースと種だけである。


 しかしエルムが最も得意とするサーヴァントの魔法は種さえあれば問題無く使え、足元から一瞬で生み出された大樹はすぐに龍へと形を変え、正面に並ぶ的を薙ぎ倒しながら最も遠い的に向かう。


 樹龍ククノチ。ククノチとは句句廼馳くくのちと書き、日本書紀にも記された日本神話に於ける『木の神』だ。


「…………………………は?」


 翼も無く空中を滑るように疾走したククノチが全ての的を完膚無きまで粉砕した後、試験官がやっと口にした言葉がそれだった。


「ちなみに、不正とかじゃ無いからな? 魔力が有る限り、何回でも同じ事が出来るぞ」


 種を使ったのが不正と言われればそうかも知れないが、そもそも樹法は植物が無い場所だと何も出来ないゴミ系統になる。この場に利用出来そうな植物が無いのだから、それは試験側の落ち度だとエルムは考えてる。


 試験官だけじゃなく、見ていた受験生もが例外無く口を開いて唖然としてる。そんな中で気負いなく少女の元に帰って来たエルムは、「これでも強くなれないと思うか?」と聞いた。


 ブンブンと首を横に振る少女に対し、エルムは自分の触媒を一粒手渡す。


「会場に利用出来そうな植物が無いから、そのままじゃ樹法使えないだろ。この種やるから、頑張れよ」


 言葉も無くコクコクと頷く少女は、一時的に言葉を忘れてしまったかのように喋らなくなった。


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