教材と授業。



「ほらタマ、分かるか?」


「…………わかゅ」


 エルムに怒鳴ってボロボロにされた男は、「資源は有効活用しなきゃな!」と良い笑顔で言い放ったエルムによって、タマの教材にされてる。


 タマは樹法と霊法のレア系統の二系統持ちダブルだが、生憎とエルムは霊法に詳しくは無い。初歩は扱えるが、それ以上を教えるとなると勉強する必要がある。


 そこに現れた『新鮮な怪我人』なんて、利用されるに決まってるのだ。


 エルムの指示で回復魔法を発動するタマだが、余りにも樹法とは魔力の扱いが違うらしく苦戦してる。その様子を見ながら、ポチも先程エルムが見せたナイフ生成を練習してるが、コチラも上手くいかない。


 二人にお手本を見せながら教えるエルムだが、刃法はまだしも霊法の方は自身もかすり傷を治せるくらいの出来でしかなく、教える側も若干の苦戦を強いられていた。


「ボウズも魔法使えたんだなぁ」


「まだ居たのかのオッサン。二人に教えたのは俺なんだから当たり前だろ? 一応、全系統使えるからな」


「………………俺も教えてもらったり出来ないか?」


「金取るぞ?」


 魔法は本来、大金を積んで教わる物だ。魔法使いも大金を使って学んだ物なので当たり前である。


「ちなみに、いくら?」


「初歩しか教えられないけど、最低でも金貨は取るぞ」


 一年でしっかり学べる魔法が入学に金貨十枚。年単位の学費に金貨五枚である事を考えれば、初歩とは言え試験も無くその場で教えて貰えるならばボッタクリ価格とは言えない微妙なラインである。


 しかしエルムからすると、嫌なら他で学べと言うだけの話だ。断られても困らないし、持ち掛けてきたのは相手である。


 そんなやり取りが聞こえたのか、騒動を見ていた他の冒険者も集まってちょっとした騒ぎになった。


「待ってくれ! ベルンが教われるなら俺もダメか!?」


「ちょ待てぃ! だったら俺も! 型法なんだけど教えてくれないか!?」


「せ、扇法って初歩でも冒険に使えるかしら……?」


「待て待て待て、来すぎ来すぎ! うちの子が怖がってるだろ!」


 あっという間に囲まれるエルムは双子をダシにして回避する。


 突然人気者になったエルムだが、基本的に人と関わるのを楽しいと思うタイプでは無く、ただ鬱陶しいと感じて逃げる。


 最終的に、一人当たり金貨一枚で地上に帰るまでの間だけ、基礎を教える事にした。何気にこれで金銭問題が解決したのでプレッシャーから解放されるエルム。


 そして翌日。


「じゃぁ、まずは配った針で自分をちまちま刺してくれ。魔法によって強制的に痛むようにしてあるから、つまり痛み=魔力なんだ。魔力を上手く感じれるようになったら次に移る。痛みはかなりキツいが、魔力で押し返せるようになると痛く無くなる」


 双子にもやらせた方法を参加者全員にやらせるエルム。針は樹法で生み出したが、色は木目も見えない程に真っ黒なのでバレにくい。材質もいつも通りリグダムバイタがベースなので、普通の木材より重いし手触りも鉄に近い。


 針の訓練はチクッと刺しただけでタンスの角に小指をぶつけた様な痛みが生まれるので、さっそく試し始めた冒険者達が「痛ってぇええええ!?」と叫ぶが、エルムが双子を指差して「この子達はそんな情けない声あげなかったぞ? 幼児以下なのか?」と煽れば皆黙って耐え始めた。


 授業の金額が金額なので、当然参加出来ない者も居るが、そう言った者は普通にモンスターを狩りに行くので気にならない。


「ぐっ、うぐぅ……! チビ達は、この痛みに耐えたのか……!?」


「悲鳴どころか、呻き声され殆どあげなかったぞ。根性が違うよなぁ」


 得意げに胸を張る双子に、ベルンは仄かな尊敬を向ける。なぜなら本当に痛いのだ。死ぬほどじゃないが、刺す度に同じだけ痛む。


 例えるなら、それは自分からタンスの角を何度も蹴っ飛ばして小指を痛め付ける様な所業だ。本当なら蹲って呻きながら涙を零してもおかしくない。


「ほ、他に方法は…………?」


 あまりの痛みに目を真っ赤にした別の冒険者が泣き言を言うが、エルムは冷めた目で見返し悲しい事実を口にする。


「当然ある。だが確実に間に合わないぞ? 俺は数日で地上に戻るから、それまでに魔力を感じるところで行かないと金貨一枚を捨てた事になるぞ?」


 当たり前だが、緩く優しい訓練なら時間が掛かる。目に見えないエネルギーを感じれる様になる事は、思うよりずっと大変なことなのだ。


「そんな簡単に身に付く技術なら、もっと沢山使い手が居るに決まってるだろ? こんな訓練してやっと手に入る技術だから魔法使いは重用されるんだろうが」


「くぅ……、小さな子が使ってるからって甘くみてた……!」


 実際に甘く見ていたのだろう。女性の冒険者は軽く腕にチクッとするだけで苦痛に呻く。大人でもこうなのだから、エルムが課した訓練を黙々とやってる双子がどれだけ頑張ったか分かろうものだ。


「この二人は本当に根性あるんだよな。どんな訓練やらせたって、泣き言一つ言わないでずっとやってるぜ?」


「…………んふぅ」


「ぇへへっ」


 五層のセーフゾーンに居た冒険者は全部で二十人ほど。その内の十三人は魔法の授業を受けたので、金貨十三の稼ぎである。もうあくせくとモンスターを狩って資源集めをしなくても良い。


(もしかして、冒険者やるより魔法の教師やった方が稼げたか?)


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