気の良いオッサンと気の悪いオッサン。



 ダンジョンにある空は地上のそれとリンクしており、朝は明るく夜は暗い。


 エルムがイメージする冒険者とはモンスターを狩り、金を稼ぎ、その金で酒を飲んで女を抱く。そんな粗暴な印象が強いが、この世界の冒険者はそんなイメージと違わない存在らしく、夜になればパーティ単位で集まって持ち込んだ酒を飲んで騒いでいる。


(こんな場所で騒げばモンスターに襲われそうな気がするけど、スロープの出口は多分本当に安全地帯セーフゾーンなんだろうな。階層移動した瞬間に襲われる様な場所なら攻略に慎重な意見が出るだろうし、そうなると魔王の思惑から外れるもんな)


 魔王は冒険者に死んで欲しい。死んで魂を提供して欲しい。しかしあまりに悪辣なダンジョンにデザインすると、誰も入って来なくなる可能性もある。


 だったらある程度は入りやすく、攻略しやすい様にデザインしてどんどん奥に進んでもらい、深い階層でより強いモンスターに殺してもらう方が効果的だ。


(まぁ入りやすさだけなんだが)


 ダンジョンからの出やすさまでサポートしてしまうと、無駄に冒険者の生存率が高まってしまう。だからセーフゾーンは作ってもテレポートは作らなかったんだろう。魔王とマブダチだったエルムはおおよそ正確にダンジョンのシステムを理解した。


「おいボウズ、これも食え!」


「いやだからコッチ来んなよオッサン。仲間パーティはどうした」


「アイツらと酒飲んでもつまんねぇんだよ! ツマミをちまちま食ってひっそり酒飲む奴ばっかだ!」


「俺もそれが一番美味い酒の飲み方だと思うぞ。と言うか子供に酒を勧めんなよ。もしかして俺たち初対面なのご存知ない?」


 ツリーハウスの外で食事をしていると、当たり前の様にベルンが絡んでくる。


「良いじゃねぇか減るもんじゃねぇし。ほれ、そっちのチビ達も食え食え、特製の燻製だぞっ」


「あ、おまっ、邪魔すんな! 双子は今訓練中なんだよ!」


 テーブルも椅子も樹法で用意した食事の席だが、ポチとタマは料理に対して直接手を使わず、樹法によって操る触手で食器を使う練習中だった。


 魔法の制御と出力の安定を同時に行う訓練方法で、当然ながらエルムの指示だ。


「…………むじゅかしぃ」


「んん〜〜……!」


 木のテーブルから生えるツタがナイフとフォークをくるりと掴み、それを慎重に動かして皿の上のベーコンを切り分けて行く。一口食べるだけでも汗だくになる厳しい訓練だが、エルムの指示に従って訓練すると夢のような力がいくらでも手に入ると知った双子は素直に従っている。


「チビ達もすげぇもんだよな。こんなに汗かいて、魔法を使うってのは本当に大変なんだなぁ」


「じゃなかったら今頃、そこら辺に魔法使いが転がってるだろうよ。大変な技術だから使い手が少ないんだぜ」


「そりゃそうだ。こんな奴隷なら俺も欲しかったぜぇ」


「高かったけどな」


 もはや追い出すのを諦めたエルムは、普通に対応する事にした。ベルンも多少迷惑ではあるが、悪辣な人間では無い。

 

 双子は人見知りなのか警戒は解かないが、そもそも三つ星程度に襲われたとしても捻り殺せる自信がエルムには有る。元勇者とは伊達じゃないのだ。


「美味いか?」 


「んっ、ぉいし……」


「ぉにぃちゃ、おりょーり、じょーず……」


 食事その物は大変だが、作られた料理には満足している双子。魔法をリアルタイムに制御する大変さに汗だくになってるが、その表情は明るかった。


「…………可愛いな」


「だろ? つい構いたくなる」


「片方くれよ」


「ぶっ殺すぞオッサン。この双子が一緒に居るから良いんだろうが。何にも分かってねぇな」


「ぐぬぅ……」


 双子の頭を撫でながら「なぜこれが分からん?」とでも言いたげな顔でエルムが見れば、ベルンも「背に腹はかえられねぇだろうがぁ……」と唸る。二人とも欲しいけどどうせ無理だから片方だけでも、と言う妥協案だったらしい。しかし片方でも無理なのだ。


「────チッ! ぺちゃくちゃうるせぇぞガキ共! ままごとは外でやれ!」


 まぁまぁ楽しい時間をエルム達が過ごしていると、隣のスペースから怒鳴り声が聞こえて来た。何事かとエルムが視線を投げると、そこではテントの前で干し肉を齧ってる三十代ほどの冒険者が居た。


「どうだ、美味いか!? ポチは沢山食べれて偉いなぁぁあ! タマも綺麗に食べてて凄いぞ! 二人ともなんて賢いんだッッ!」


 相手をチラッと確認したエルムは、そのまま無視をしてより大きな声で『おままごと』を始めた。当然、相手を煽るためである。


 相手もそれが分かったのか、更に大声を出そうとするが、それよりもエルムの口が回る方が早かった。エルムにとって煽り行為とは呼吸よりも簡単で自然な行いなので、『思考する』と言うプロセスを挟む必要が無いので行動が早いのだ。


「いやぁホント偉い! 他にも騒いでる奴は沢山居るのにわざわざマウント取れそうな子供にだけ怒鳴るどっかの雑魚とは違って、食事の時間でさえ魔法の練習をしてる二人は偉過ぎるなぁ! 実にストイックだ! イラついたら子供に怒鳴っちゃう様なカスとは出来が違う!」


 すぐ側でベルンが「んぶっ……!」と吹き出す声がして、その少し遠くからブッチンと何かが切れる音がする。


「上等だクソガキャァァアッ!」


「はっはぁ! 煽り耐性ゼロかよテメェ! 恥ずかしい奴だなオッサン、ダンジョン来るより地上で子供相手にチャンバラしてイキってる方が似合ってるぞぉぉお!?」


 エルム絶好調。最近煽れる相手が居なかった為にフラストレーションが溜まってたのかも知れない。


「ぶっ殺してや────」


「はい遅い〜!」


 立ち上がって武器を抜こうとする男は、しかし元勇者の反応速度には勝てなかった。


 大々的に樹法が使えないとは言え、全系統の初歩くらいは身に付けてる『戦いの申し子』を相手に、『武器を抜く』と言う動作を挟まざるを得ないのはあまりにも遅すぎた。


 エルムは刃法の初歩である魔力の刃を生成し、小さなナイフを生み出す。それに燐法を絡ませて『燃えるナイフ』に昇華した後、そのまま刃法の運用でナイフを射出しながら扇法による追い風を吹かせた。


 一瞬で構築された多数の魔法が絡み合い、ナイフが刺さった所から燃え上がって風に煽られる男はあっという間に火達磨にジョブチェンジ。その様子を見ていた双子は、「お兄ちゃんがなんか凄く凄いことをした!」とキラキラのお目々でエルムを見た。


「いぎゃぁぁあああああぁあぁあッッ!?」


「はっはっは燃える燃えるぅ〜! やっぱ木材と一緒で中身スッカスカな方が火の回り早いんだよなぁ! もうちょっと頭に物が詰まってた方が良いんじゃねぇの〜!?」


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