第五層。
翌日、サーヴァントに曳かせる荷車を二つ用意したエルムは、キースの伝手で保存食を買い込んで準備をし、双子に荷物を任せてダンジョンに向かった。
「入学試験は六日後だから、四泊五日で帰って準備するぞ」
既に入学金の金貨十枚と願書は提出してあり、六日後の昼に試験がある。それまでに追加資金を頑張って稼ぎ、足りなければキースに借りると言うプランでエルムは行動している。
牛型のサーヴァントが曳く荷車には水と食糧だけ積んであり、その他の物は全て樹法にて賄う予定だ。
そも、エルムが本気だったなら食糧自体も樹法で用意出来るのでもっと早く遠征に行けたのだが、本人としても植物性の食べ物しか口に出来ない状況は避けたい物で、そのためにやはり準備は必要だったのだ。なので準備された食糧の殆どは干し肉や腸詰め肉である。
「二人はサーヴァントの操作にだけ注意してろ。他の雑事は全部やっといてやる」
今は牛型サーヴァントも双子が操作してるが、まだ魔力が多くない初心者魔法使いの二人がずっと魔法を発動出来る訳もなく、限界が来たらエルムが交代する予定だったりする。
要はエルムが魔法を使っても、樹法の持ち主は双子だと言い訳できれば良いのだ。双子は奴隷であり、主人の命令で奴隷が樹法を使う分には世間の目も緩くなる。なにせ奴隷は奴隷なのだから。
(魔法を学び終えたら、さっさと国を出た方が良いかね。流石に全ての国で樹法を迫害なんて事は無いだろうし、ブイズの影響が強い国だけ…………、だと思いたいな。でも五人全員が裏切ってると考えると望み薄か?)
明確に裏切ったのは剣の勇者だけだが、その行動を咎めない時点で残りの四人も消極的には裏切ってると考えられる。下手したらブイズを手伝ってた可能性すらあるので、今のエルムは共に旅路をした五人全員を疑ってる。
正直なところ、裏切られた事自体は言うほど気にしてないエルムだが、思いっきり樹法を使えない世の中になってる事だけは相当にムカついている。いやブイズの事は永劫許さない事は確定的に明らかだが、他の四人についてはもうどうでも良いと考えてる。ただ樹法が使い難い世の中だけがひたすらにムカついているのだ。
(なんで世界救ってやったのにこんな仕打ち受けんだよ。今更ながら腹立って来たな)
そのうち何か、こんな世の中に仕返しでもしてやろうと考えながら、エルム達は一日掛けて五層まで降りて来た。
五層は二つ星から三ツ星の冒険者が訪れる様な階層であり、そんな場所に子供が三人も居れば当然目立つ。
ダンジョンの階層移動は基本的にスロープをゆっくりと降るのだが、その先は簡易的な安全地帯である事が多い。その場所に階層ごとのセーフキャンプの様な物が作られるのだが、五層にやって来たエルム達はキャンプに居る冒険者の視線を集めに集めた。
「…………なんだ、あのガキ?」
「アレだろ、最近噂の稼いでる子供って奴じゃねぇのか」
「そんな噂あんのか? 最近地上に帰ってねぇから知らなかったわ」
冒険者はダンジョンで稼ぐ者であり、ダンジョンでより多くを稼ごうと思えば深く潜る必要がある。そして深い階層に行くには時間が掛かり、また帰って来るにも時間が掛かる。なので冒険者の中には滅多に地上に帰らず、殆どセーフキャンプに住み着いて稼ぎ続ける者も少なくない。
超長期遠征でガッツリと稼ぎ、たまに帰って換金するか、もしくは換金用の人員だけ地上に向かわせて補給も共に行う。そんな生活をしてる冒険者は地上の噂など知らずに過ごすので、素人では絶対に辿り着けない領域である第五層に降りて来た三人の子供はいやに気になるのだった。
それだけじゃない。明らかに魔法としか思えない様な物体が荷車を引いてるのが見えてるので、魔法使いなのは見ただけで分かる。魔法使いとはエリートなので、冒険者の中にもそう多くは居ないのだ。
冒険者になった魔法使いは基本的にランクを駆け抜け、あっという間に深い階層へと行ってしまうので、こんな中堅の階層に居る魔法使いは珍しく、それが子供であるなら尚更だ。
「おうボウズ達、ランクは?」
「人に尋ねる時は自分から晒せよオッサン」
気の良さそうな冒険者の一人が気さくに声を掛けるが、返って来た言葉は刃の欠けたナイフみたいなカウンターだった。
「おぅ、そりゃ悪かったな。俺は三つ星のベルンってんだ。よろしくなボウズ」
しかし軽く煽られた冒険者は怒る事もなく会話を続けた。エルムと違って人間性が善人寄りだったのだろう。
「ふーん。俺は一つ星のエルム。まぁ数日はここで過ごすからよろしく」
「ほぉ、一つ星で五層に来たのか。後ろの牛は魔法か?」
「まぁな。良い奴隷が買えたんだよ。ほら、挨拶しろ」
エルムの後ろで隠れてた双子は、顔だけ出してペコッと頭を下げた後にササッとまた隠れてしまう。実に小動物チックな動きで、ベルンは微笑ましい気持ちになった。どうやら子供好きらしい。
「ならアッチのガズランんとこが空いてるぜ。手が早ぇ奴だから気をつけな」
「あいよー」
数多の冒険者に見られながら、エルムは教えてもらった場所に向かって準備を始める。と言っても、テントなどは持ち込んでおらず、全てを樹法で賄うので大々的に樹法を使用する。
もちろん、樹法を使ってるのは双子だと言う
双子が魔法を使ってるフリをしつつ、周辺に生えてる木を使って維持費の掛からないツリーハウスを一棟仕上げる頃には、冒険者達から送られる視線も大分減ってた。
「おうおう! 随分立派な寝床じゃねぇの!」
「…………なんか用かよオッサン」
ツリーハウスが出来上がると、少し離れていたベルンがまたやって来て声を上げる。魔法に縁が無いランクの冒険者からすると、目の前であっという間に家が出来上がるのを見れば騒ぎたくもなるのだが、声まで掛けてくるのはベルンが持つコミュ力が故だろう。
「なぁ、中はどうなってんだ? 見ても良いか?」
「あんたは知らない奴に家の中を見せろって言われて見せんのかよ。行儀良過ぎじゃね?」
「いやいや、だってコレは気になるだろうが! いやすげぇな、木の上に家が乗ってるだけなのに、なんかワクワクしやがるぜ!」
確かにツリーハウスは男心を擽る秘密基地的なワクワク感がある。少年のハートを忘れないタイプの男ならはしゃいでしまうのも無理は無いのかも知れない。
「なぁ、金は払うから俺達の分も作ってくれって言ったら、作ってくれるか?」
「はぁ? ご立派な
「そこをなんとかさぁ、ならねぇか? なんだったら食料も付けるぞ。このセーフで作った魔物肉の
断ろうと考えていたエルムだが、不意に裾を引かれて止まる。見れば双子が「お肉……」といった顔でエルムを見ていた。どうやらベーコンが食べたいらしい。
「…………ベーコンの出来次第だな。マズかったらコッチが損する」
「そこは任せとけ! 五層のトレントは燻すのに丁度良い香りなんだよ! 味は保証するぜ!」
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