魔法の授業。



 魔法を覚える時、人は何から始めるべきかと言うと、全員が例外無く同じところから始める。


 まず魔力を感じる事が出来なければ、魔法もクソもない。


 目に見えず、どこにあるのかも分からない。そんな不可視で不定形なエネルギーを知覚して操る術を手に入れる。そんな超難易度の技術が魔法使いの最低ラインなので、常人の五割はまずここで挫折する。


 しかしエルムは元勇者である。それも魔王と殆ど一人で戦って倒した最強の勇者であり、勇者とは例外無く魔法のプロフェッショナルでスペシャリストだ。


「良いか、痛みに集中しろ。俺だってお前たちを虐めたい訳じゃねぇ。魔法が使える様になれば、お前たちは虐められる側から虐める側になれる。誰かを虐めたいかどうかは置いといて、お前らは弱い立場から逃げ出せるんだ」


 エルム式の魔法授業はまず、生徒の腕を小さな針で刺す所から始まる。


 樹法で作った超鋭い爪楊枝だが、これでもかと魔力が練り込まれた一種の呪物である。


 構築された術式は「魔力の反発に応じて痛みが変わる」魔法で、要は自身の魔力で抵抗すれば痛くないが、ノーガードで食らうと泣きたくなるくらいに痛みが走る。ほんの少し指しただけでもタンスの角に小指をぶつけるくらいには痛い。


 魔法とはつまり魔力なので、痛いという事はエルムの魔法が発動してる証拠である。そこから痛みという身近な感覚と魔法の影響をリンクさせる事で、魔力を感じやすくさせる独自の手法だ。


 本来ならば長い時間を瞑想する事で覚醒させたり、徹底的に理論を詰め込んだりして魔力を知覚させる方法が一般的だが、エルムはそんな面倒な方法は使わない。


「どうだ、分かるか?」


「…………んっ」


「ぃたぃ……」


 はたから見ると完全に児童虐待の現場にしか見えないし、実際にラプリアから苦情が入る所だったのだが、キースもこの方法で魔力の知覚に成功していて、たった三日で魔法の初歩を覚えた実績があったのでギリギリお咎め無しだった。


「その痛みは本物じゃない。魔法で感じさせてるニセモノだ。そのニセモノをニセモノだと見破る事が出来たら、その感覚が魔力なんだ」


 子供の腕に何度も針を刺す。地球で見られたら言い訳の余地が無い虐待現場で、児童相談所も大手を振ってぶん殴ってくるシーンだが、当のエルムは真剣そのもの。


 休憩を挟みつつ、半日ほどそうやって訓練していたら、ポチは段々と痛みに対して怒り始め、絶対お前ねじ伏せてやるからと気合を入れ出した。


 良い傾向なのでエルムはポチのやる気を褒めて頭を撫でる。しかしその頃になると、タマがしれっと魔力の知覚に成功していた。


「…………んっ、ぃたく、なぃ?」


「おっ!? 押し返せたか!? どうだ、魔力が分かるか? 自分の魔力で針の魔法を押し返してる感覚はあるか?」


「……たぶ、ん?」


 エルムはタマをめちゃくちゃに褒めた。お前はなんて凄い子なんだと。こんなに早く魔力を知覚するなんて天才だ。こんな天才に教えられて自分も鼻が高いぞと、とにかく褒めまくった。


 自分が何かを成し遂げた。実績を上げた。その成果を褒められるという感覚が初めてだったのか、タマは初めて反応らしい反応を見せて、顔を赤くしてうにゃうにゃと体をよじる。最後は両手で顔を隠してしまった。


 しかし、そうなると面白くないのがポチだ。妹は成功したのに、自分はまだ。双子としてずっと一緒にやって来たのに、自分だけが何も出来てない現状も初めての経験だったんだろう。負けられないと思ったのか、しまいにはエルムから針をひったくって自分の腕をチクチクし始めた。


「おお、やる気満々だな。ポチも偉いぞ〜! 普通の子だったらそこで諦めちゃうだろうな。つまんないし痛いし、全然楽しく無いもんな。それでも頑張れるポチは凄い奴だ。タマもこんな凄いお兄ちゃんが居て良かったなぁ」


 すかさずポチも褒め倒すエルム。当のポチは「ぜ、全然嬉しく無いけどね? 別に? このくらい普通だし?」と雰囲気で強がる。とても微笑ましい授業風景だった。内容は完全に児童虐待であるが。


 こうして夕方までには二人とも魔力の知覚に成功し、次の授業は明日になった。


 そして翌日、妹に追い付いたとやる気を出すポチと、なんだか分からないけど出来るようになった事が嬉しいタマを褒め倒す事から授業が始まり、その日は極々初歩の樹法を身に付ける所から始まった。


「俺が樹法を教える場合に限るが、ここまで来れば後は楽勝だぜ。を使って【発芽】の練習をするだけだからな」


 そう言ってエルムが取り出したのは、触媒として使ってる樹法の種だ。様々な植物の種を樹法によって改造した物で、薄茶色に変色したレモンの種みたいな物を一粒ずつ双子に手渡す。


「俺が調整した触媒だから発動自体はかなり楽なはずだ。それに魔力を一定量送り込めば勝手に【発芽】する。それを繰り返せば魔法が構築されていく感覚を覚えられるから、その後に触媒じゃない普通の種でも同じ事が出来れば成功だ」


 元勇者が芸術レベルで構築した魔法が詰まった種である。樹法の発動と構築を補助する魔法がギッチギチに詰め込まれ、魔力が詰まったサブタンクとしての役割も持った『魔法を発動させる魔法』の種。


 これを使えば、樹法持ちに限りどんな素人でも魔法使いになれてしまう。ある意味で禁忌のアイテムだった。


 魔力を知覚し、次に自身の魔力を掌握して動かす。この初歩さえ出来れば補助付きの【発芽】が成功するので、その日は半日程で二人共が魔法の発動に成功した。


「んっ! ん〜!」


「でき、た……?」


「よしよし、二人共えらいぞ。ちゃんと魔法が使えたな? これが魔法だぞ。二人は今日から魔法使いだぞ?」


 魔法使い。それはエリートの代名詞であり、ルビを降るなら魔法使いかちぐみとなる程に分かり易いステータス。


 奪われ、虐げられ続けた双子にとって、初めて与えられた『力』そのもの。


 双子の目が変わった。諦めを湛えたその瞳に、明確に火が灯ったのはこの瞬間だった。


「……おっ? おぉぉ!? なんだなんだ、とうとうデレたのかっ!?」


 感極まった双子は、力をくれたエルムに力いっぱい抱き着いた。尻尾まで絡めて『二度と離さねぇ!』と全身で主張する力強いハグだった。


 それでも自己主張に慣れてないのか、時折「……怒らない?」と確認するようにチラチラとエルムの顔色を伺う双子だが、エルムとしては「やっとペットが懐いた!」と喜んでるので問題無い。


 抱き着いて顔をスリスリしてくる双子が可愛くて、時間の許す限り撫でまくって甘やかす。


「ふふ、こんな時の為に準備しておいたんだぜ……!」


 エルムが威勢よく取り出したるは、一本のブラシ。そう、エルムは二人にブラッシングがしたかったのだ。ペットを可愛がる基本と言えばやっぱりブラッシングだろうと、そこそこ良い物をキースから買っていたエルム。


「よーしよしよし……」


 二人の髪はもちろん、尻尾も耳も、もふもふ要素は全て丁寧にブラッシングしていく。怒られるかもと少しの怯えがあった双子も、ここまでされては理解する他なかった。


 ────この人は、奪わない。


 ただそれだけの事で、やっと双子は鍵を開ける。ガッチガチに施錠していた心は、錆び付いて開かなくなった扉は、少しづつ軋む音を立てながら開いていく。


「…………おにぃ、ちゃ」


「……んっ」


「よーしよしよし…………!」


 その日の夕食時には、エルムに甘えまくる双子を見たラプリアの幸せそうな「あらあらあら♪︎」がずっと聞こえていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る