煽り厨は子供に優しい。



「じゃ、今日からよろしくな」


 エルムは無事、双子の購入に成功した。


 どうやったかと言えば、樹法持ちを集めさせた部屋に居る奴隷に魔法を少し教えたのだ。


 魔法が使える奴隷は高額であり、例えそれが樹法であったとしても、魔法が使えると言うのはそれだけでステータスなのだ。


 どうせ使い捨て同然の価格だった奴隷が魔法使いになる。その差額で双子の値下げを交渉した結果、見事に購入までいけた。


 一般人が魔法を覚えるには、大金を積んで魔法使いを教師として雇うか、少なくない金を払って魔法学校に入学するしかない。奴隷に魔法を教えて価値を上げるだなんて誰でも思い付くが、そんな簡単に出来たら誰でもやってる。


 誰もが簡単に出来ないからこそ、魔法使いには価値があるのだ。そしてその『誰もが簡単に出来ない』事を、樹法に限っては簡単に出来てしまうのが元勇者であり樹法のスペシャリストであるエルムだった。


 捨て値で売ってる奴隷が何人も、金貨で売れる商材に変わったのだから、双子の値引きをしても利益は出る。邪悪だと白眼視される樹法でも、万能性の高い系統なのは間違いないのだ。


 そうした取り引きの結果ゲットした双子を連れて、エルムは風呂が使える宿屋を探して一部屋取り、そこで双子を丸洗いした後に服を着せた。


 用意した服はもちろん樹法で木材からセルロースを取り出して編み上げた物。デザインは地球基準なので洗練されているので、双子の見た目はかなり良くなった。


 双子は買われてから今までずっと口を開くこと無く、永遠にエルムを警戒し続けている。そんな様子も怯える猫の様に見えてエルム的には可愛く思ってる。


 淡い薄茶色の髪がふわふわとキメの細かい手触りで、瞳は輝かしい金色である。この見た目で激レア系統持ちの二系統持ちダブルとなれば、買えたのが奇跡的であった。


「いやぁ、樹法に刃法、霊法ってレア系統のジャックポットかよ。買えて良かったぁ〜」


 耳をピコピコしてる様子を眺めながら、警戒もされたまま頭を撫でるエルム。この世界の獣人はライトノベルで読んだ様に猫だの犬だの種類がある訳じゃない。人間と同じで数種類の人種が居るだけである。


「二人は柔牙族だよな?」


 柔牙族。日本のゲーマーに分かり易く説明するとララ○ェルベースのミ○ッテと言ったところか。大人になれば中学生くらいのサイズにはなるが、それまではずっと幼児体型で生きる小さい獣人種だ。


 今更だが、エルムは子供に優しい。と言うか小さい者に優しい。別にロリコンという訳では無く、ちまちました物が好きなのだ。これはプリムラ時代から続く好みであり、六勇者の一人が双子と同じく柔牙族だった事に起因して居る。


「うーん、見事な警戒心だ。なんも喋ってくれねぇ」


 クナウティアロスを双子で補おうと考えてたエルムは、まず心を開いて貰う事から始める面倒くささを感じながらも、下手な奴隷掴むよりよっぽどマシだと思い直して気合を入れる。


 兄の方は短パンとシャツ。妹の方はワンピースを着て、しかし綺麗な衣服を提供したエルムに対してずっと警戒したままだ。


「まずは名前かね? その後は飯でも食ってから帰ろうか。オッサンにも事情を説明しなきゃだし」


 冒険者になってから稼いだ金は二人の購入と風呂付きの宿を取ったせいでスッカラカン。事後承諾になるが、二人の事でキース達の機嫌を損ねる訳には行かなかった。エルムは今追い出されると野宿が確定するのだ。


 二人は借金のカタに売られた奴隷だが、売却時の契約が原因で名前が無くなってるらしく、そこはエルムが決める必要があった。何をどうするとそうなるのか、法律を知らないエルムには分からないが、無いと言うのだから仕方ない。


「んー、兄の方はポチで、妹の方はタマな。今日から二人のことはそう呼ぶけど、もし嫌だったら自分で俺にそう言え。喋らないと何も分からないからな」


 二人が自分の本名を主張した場合、それを受け入れるつもりがあるエルムだが、それも二人が喋ってくれないとどうにもならないのだ。


「という訳で、飯行くぞ。何か食いたい物は有るか? 財布の中身がクソみたいな事になってるから高い飯は食えねぇけど、安くて量が食える場所なら数箇所覚えてるから」


 もしや喋ないのでは無く、喋ないのでは? そう疑い始めるエルムは、それでも心を閉ざされてるのも事実なのでコツコツやって行こうと決める。その第一歩はやはり飯。


 生き物は、腹さえ膨れたら大抵の事に緩くなる。そう言うふうに出来てるのだ。


 二人の反応を探って、炭水化物より肉が好きだと当たりを付けたエルムは、風呂と着替えの為だけに取っていた部屋をチェックアウトして外に出る。


(オッサンが許してくる場合に限るが、二人には家で魔法の練習でもさせて、その間は俺が一人でダンジョンに潜って稼ぐか。ある程度使えるようになったら連れて行って、勧誘避けの壁兼荷物持ち兼愛玩動物にしよう)


 エルムは二人を可愛がって居るが、別に慈悲の心で子供を救った訳じゃない。自身の中で二人のポジションは便利で可愛い愛玩動物なのであった。


 ◆


 未だに心を閉ざしてる双子に魔法を教えるのは難しく、エルムは二日経った今もラプリアに二人の面倒を見てもらっている。


 いきなり住人を二人も増やした事を怒られる覚悟はしていたが、しかしラプリアは大の子供好きだったらしく、むしろ喜んでいた。


(あの母性が二人の心を解きほぐしてくれると良いんだけどなぁ)


 その間、エルムは相変わらず借りたウェルンと共にダンジョンへ潜る。双子を買ってスッカラカンになった所持金だが、そもそもエルムは魔法学校に入学したくて資金を貯めていたのだ。その分を取り返さねばならない。


「よっと……」


 ダンジョンの二層でハルニレを振り、目の前のゴブリンをなます切りにする。元勇者が振るう国宝級の木刀は、抜群の斬れ味を持ってモンスターを絶命させた。


 背後からも別のゴブリンがバックアタックを仕掛けるも、エルムは振り返ることすらせずに地面にハルニレを突き立て、地面を経由して伸びた木の枝が背後のゴブリンを串刺しにする。


 地面から引き抜いたハルニレは、枝を伸ばして多少の変形をしていたが、用済みの枝が千切れてあっと言う間に元の形に戻る。その様に作られた兵器なのだ。


「やっぱゴブリン程度じゃ食い足りねぇな。味もうっすいし」


 冒険者になって既に一週間近いが、それだけの時間でエルムは文明が進歩してない理由を少しだけ察していた。


 モンスターを倒すと肉体の機能が上昇する。あたかもゲームでレベルアップするような現象がこの世界にはあるのだが、しかしダンジョンでモンスターを倒した際に得られる力の総量が、三百年前に比べて驚く程に少ないのだ。


(これだけ薄味になっちまったら、魔法使い達も思うように魔力量を増やせないだろ。多分これが文明が育ってない理由の一つだな)


 魔力が無ければ研究も進まない。研究が進まなければやがて人類は衰退し、そこに魔王が復活すれば人類は手痛い被害を受けるだろう。恐らくはその様に魔王がダンジョンをデザインしたのだとエルムは推測した。


(上手い一手だ。人は資源と財宝を求めてダンジョンに潜る。ダンジョンに潜れば否応にも魔王復活は早まるし、魔王が復活するなら人類の強化は必須なのに、人類はダンジョンに潜るくせにいつまで経っても強くならない。これならダンジョンに潜らない方がずっと良いのに)


 ダンジョンに潜りさえしなければ、人類の魔力量なんてどうでも良い。魔王が復活しないんだから、魔王を倒せる程の魔力なんて要らないのだから。


(ダンジョンでドロップするアイテムも文明の発達を阻害して一因だな。技術開発なんてしなくてもダンジョンでアイテムが出て来るなら、研究するより法整備して民衆をダンジョンに送り込む方が効率的だし即効性がある。まったく、アイツもいやらしい一手を打つもんだな)


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