ハルニレ。
ダンジョン零階層、通称『準備部屋』の横穴を行く一行。
(ふーん、スロープになってんだな。徐々に降りて、出た先は一層下って事かね?)
下に向かって緩やかに傾斜するスロープを降りて行くエルムは、ダンジョンの構造も少しづつ把握していく。
準備部屋も螺旋階段もそうだったが、ダンジョンの入口付近は基本的に人工物の様相であり、切り出されて磨かれた石材で建てた建築物のような質感になってる。
(階層ごとに雰囲気は変わるんだろうけど、こうもテンプレに近い構成だと色々疑っちゃうよな。本人は否定してたけど)
エルムはダンジョンについて無知であるが、代わりにモンスターについては異様に詳しい。何故なら前世が勇者であり、世界中のモンスターと戦った経験があるからだ。
そしてこの世界で魔王が作り出したモンスターは基本的に、地球で空想の産物とされた化け物達ばかりだったのだ。だからプリムラは魔王と邂逅した時に「お前もしかして転生者?」と聞いたのだが、聞かれた本人は「てん、…………なに?」と困惑していた。
演技の線もあったが、どうにも嘘をついてる様には見えないその様子から、プリムラは魔王が転生者と言う説を一度捨てた。
プリムラからエルムに生まれ変わった今になって考えれば、化け物なんて多種多様に生み出していけば、最終的には地球で生まれた空想と被っても仕方ないよなと思い至る。
醜く痩せ細った小人、ゴブリン。醜く肥え太った巨漢の化け物、オーク。筋肉質で角が生えた人型の化け物、オーガ。その他にも様々な化け物が居たが、「醜い人型」や「既存の生物をミックス」など、発想を広げて行けば似た様な物が生まれるのは当たり前だった。
強い化け物を生み出すには、強い生物を掛け合わせるなんて誰でも思い付く。天空強者である鷹と地上の強者である獅子をミックスしてグリフォンになるなんて、考えてみれば大した事じゃ無かったのだとエルムは納得してしまった。
それらの当たり前に考えうる化け物から外そうと思えば、それこそクトゥルフ系の意味不明な形容し難い何かが生まれるし、そして地球ではそれさえも既出の空想だ。
もはや「なんで地球の空想が異世界に」と文句を言うのも理不尽なレベルだ。地球で生まれた空想が手広過ぎて、何を生み出しても被ってしまうのだ。いっそ地球人が悪いとさえ言える。
(俺だってオリジナルのモンスター作れって言われたら、多分無理だし)
地球での記憶があるから『知ってるから避けて考える』事は可能だが、それが出来ない場合は絶対に被る自信がエルムにはあった。獅子型のモンスターだけでもグリフォン、マンティコア、キメラ、マーライオン等々、様々居るし、悪魔や神も含めればもっと居る。ゲームなどで生まれた独自の物も含めたら本当に『被らないの無理じゃね?』と諦める程に多い。
それがありとあらゆる種類でそうなのだから、魔王が生み出したモンスターが地球の空想と被ってても仕方ないのかも知れない。
(一応、俺の知らないモンスターだって居たしな。まぁ俺が知らないだけで、それも地球で既出のモンスターだったかも知れないけど)
そんなこんな、1キロ近い距離を歩いて辿り着いたダンジョンの第一層。そこは熱帯雨林を彷彿とさせる青々しいフィールドだった。
(あっはぁ、森林系のエリアとかヌルゲー過ぎんだろ!)
空は青く、湿度が高いのかジメジメとした空気を肌で感じたエルムは、樹法使いにとって有り得ないほど有利なエリアだとテンションが上がる。
エルム以外の受講者達は「………ち、地下なのに」と空を見て驚いて居たが、エルムとしてはこれもテンプレの一つだったので驚くに値しない。
(まったく、魔王を倒した後に異世界テンプレが始まるとか……)
やるじゃん魔王。エルムは思った。
せっかくのサードライフだ。無駄にキツかった勇者稼業よりも自由で楽しそうな冒険者の方がエルムとしても嬉しいのだ。魔王様々である。
「さて、
「試験内容を説明する。心して聞け!」
二人の試験官によって説明される内容は、簡単に言うと試験官の一人がモンスターを釣って来て、受講者が一人ずつ戦闘を行うだけの物。
受講者達はこの場で待機して、試験官の指示で順番に戦う。この最低限のルールすら守らず、自分で森に突っ込んでモンスターを倒して来ても失格になる。試験すらマトモに受けられないバカを合格にしても仕方ないからだ。余計な事をしたらすぐさま失格になる。
「では、歳の順にでも戦って貰おうか。若い者は後に回すから、歳上が戦う様を見て心の準備をしておけ」
(となると、俺は最後かな? 最年少っぽいし)
エルムの予想通り、十二歳は最年少だった。そも、一層で余裕を持って戦える事が最低条件の冒険者は子供には厳しい仕事である。
ライトノベルにある様な、薬草採取なんかの低難易度な仕事なんてほぼ無いのがこの世界の冒険者だ。何故なら「危険を冒す」と書いて冒険であり、冒険する者を冒険者と呼ぶのだから。
最低限でも危険を冒して乗り越えられる者にだけ、ダンジョンへ入る資格が与えられる。それが世界の常識であり、危険に耐えられないだろう子供は冒険者に成れない。試験を受ける事自体は可能だし、試験官もついてるから死亡のリスクはとても低い。
しかし死なないだけで怪我はする。その怪我で後遺症でも残ったら生活なんてとても出来ない。それを知ってる一般の子供はそもそも試験なんて受けないのだ。
腕っ節に余程自信があっても十五歳くらいが下限だと、暗黙の了解も存在するし、普通なら二十歳くらいまで腕を磨いてから冒険者になるのが一般的だ。
「よし、次で最後だな」
そうして順番が回ってきたエルムは、気負い無く前に出た。試験官の一人が森からモンスターを釣ってくる間に腰のクリップからハルニレを外し、自然体に構える。
(まぁゴブリンばっかだったし、余裕だろ)
先に戦ってた受講者達を見た限りでは、ゴブリンしか居なかった。ゴブリンは群れる事で真価を発揮するモンスターなので、単体だけ連れてこられても雑魚でしかない。
(ゴブリンを単体相手にしたって試験になるか微妙だと思うんだけど、その辺はどうなってんのかね?)
「来るぞ、構えろ……!」
(もう構えてっけど)
森からゴブリンを釣ってきた試験官が戻って来たので、エルムは試験官を追い掛けてくるゴブリンの到着を待つのが面倒だったので直ぐに攻撃した。
「ほいっと」
手に持ったハルニレを無造作にブン投げ、適当な投擲フォームの割には綺麗に飛んで行ったハルニレがゴブリンの胸に突き刺さって貫通する。
「ゴキィイッ……!?」
「あー、悪いな。俺のハルニレは基本的に一撃必殺なんだよ。足掻いても無駄だ」
胸に刺さった
木刀ハルニレ。それは樹法の粋を詰め込まれた魔法武器であり、植物由来の毒を自由に生成出来る他、寄生タイプの植物として内部から攻撃も可能な外道の剣。
掠っただけでも寄生植物の種を傷口に残され、体液を餌に内側から食い破られて死ぬ最低最悪の攻撃が『通常攻撃』である。
剣の勇者が「羨ましい」と言ったのもこの性能があるからで、「斬ったら確実に殺せる」剣とは、剣士にとってあまりにも魅力的である。
絶命したゴブリンにゆっくりと近付いて、刺さったハルニレを引き抜いたエルム。その姿はとても駆け出しの冒険者には見えず、見た目から侮ってた受講者達は息を飲んでその様子を見ていた。
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