冒険者。



「…………こんなもんか?」


 ラコッテ家に居候を初めてから数日、エルムは装備品の制作に時間を使っていた。


 今更ながらウェルンと言う名前だったらしい馬の剥製を完全に使い魔化して、その使い方をキースに教授した後、エルムは余った木材を使って自重ゼロの生産活動を始めた。


「セルロースを取り出せば服すら作れるのが樹法の魅力だよなぁ。便利なことこの上ないぜ」


 着替えは持ってるが、戦闘用の服と言うわけでも無い。だからエルムはこの際、本当に全部を一度に終わらせるつもりで作業をしてる。


「やっぱ木刀も欲しいな。ベースを変形させてる時間が惜しい時も有るだろうし、腰に得物があると大分勝手が違うし」


 戦闘用のカーゴパンツにシャツ、ジャケットを仕上げたらそれぞれに木製のプロテクターを仕込んでいくエルム。ちなみに服は樹法による変形で作ってるので縫い目も無い。


 それが終わったら次に端材を集めて圧縮。そして材質をリグダムバイタに変質させてから真っ黒に着色。その後に直刀型の木刀に整形して、更に樹法を仕込んで行く。


 前世でもプリムラが使っていた武器である。木刀で有りながら斬れ味はそんじょそこらの名刀を上回り、鉄を超える強度で有りながら木材なので靱性も高いと言う最高の状態で作られた武器は破損の心配も少ない。そして壊れてもすぐ直せるし、宿した樹法が魔法の発動を後押しする効果もあって「剣であり杖でもある」武器になる。


「プリムラの時はなんだっけ、ハルニレだっけ?」


 武器に付けてた銘を記憶から引っ張り出し、グリップにその名を刻む。


 最後にセルロースを編んで作った紐をキツく巻き付ければ、木刀ハルニレの完成だ。


「仕込んだ術式は……、うん。正常に動いてるな。握ったら刃が付いて、手を離してる時は完全に木刀だから鞘も要らない。クリップで腰にでも付けてたら即応性も高いだろ。どうせ俺、抜刀術とか出来ねぇし」


 元は勇者だったので、武器の扱いはそれなりに学んでるエルムだが、藤原にれ時代では園芸部に所属する幽霊部員でしか無く、武術のぶの字も知らない高校生だった。当然、剣術など知るわけが無い。


「木製の専用クリップも作って、ハルニレの溝に合わせて……」


 ハルニレの唾辺り設けられた溝にクリップがカチッとハマるのを確認したエルムは、装備の準備が終わったと長い息を吐いた。


「やっぱ術式の構築速度落ちてるなぁ。俺にとってはあっという間だったけど、三百年分のブランクでもあるのかねぇ?」


 作業に三日も掛かった事を嘆くエルムだが、作った装備の質を見ればどれもが国宝級なのでシャレになってない。三日で国宝級装備を一式揃えられたのに、それでも速度が遅いと嘆くのだ。当時の勇者達がどれほどの化け物だったかよく分かろうものだ。


 キースに与えられた部屋の中で、完成した装備品を全て一度身に付けて見る。サイズと着用感にダメな所が無いかを確認し、ブーツの慣らしもゆっくりとして行く。ちなみにこの世界は基本的に室内でも土足だ。


「んー、悪くない。ハルニレも子供用のサイズになったが、まぁ仕方ないだろ。大人になったらそのまま樹法でサイズアップすれば良いし。…………と言うか、プリムラ時代に使ってたハルニレはどこ行ったんだ? あれは三百年で朽ちる様な温い作りじゃ無いんだが、誰かに廃棄でもされたか?」


 調べた文献を思い出し、情報を漁るエルム。過去に最悪最低の魔女とされたプリムラ(男)が使ってた装備品に関する情報は見たことが無く、もし現物が有るのならば回収したいと考えていた。


「あっちのハルニレは素材が違うからなぁ。樹法でもモンスター由来の植物は再現出来ないし、樹龍の素材から作った先代のハルニレは格が違うもんなぁ」


 殆ど万能で出来ない事の方が少ない樹法だが、魔王由来のモンスター素材は再現不可能だった。そのため、素材が手元にないと作れない物もちゃんと存在するのだ。


 一度完全に掌握した樹龍の素材で作ったハルニレは、それはもう凄まじい性能を誇り、剣の勇者をして「羨ましい」とさえ言わせた逸品である。


「いや、もしかしてブイズがあの後パクったのか? でも樹法は邪悪な系統とか言った本人が、樹法で作った武器を使っちゃマズイよなぁ。そこんとこどうなんだろ」


 しばらく推測を続けたエルムだが、考えても意味が無いと早々に思考をゴミ箱に投げ捨てた。良く考えれば、魔王が居なくなった世界で今のハルニレを超える性能の武器なんて必要ないのだ。


「消費した種も作り直したし、準備はもう良いだろ。今日はこのまま冒険者ギルドとやらに行って、それでダンジョンに入れるようになったら二代目ハルニレの試し斬りと行こうか」


 ◆


「試験?」


「ええ、試験です」


 早速、冒険者ギルドにやって来たエルム。


 この組織はダンジョンを攻略して資源を回収する為に生まれたので、ダンジョンが存在しなかったプリムラ時代では影も形も無かった。


 なのでエルムは少し楽しみにしていたのだが、酒場と役所を混ぜたようなコッテコテの場所だったのでテンションは若干落ちた。初見のワクワク感を楽しみに来たのだが、ライトノベルや漫画で使い古されたようなデザインだったからだ。エルムは初めて見る場所なのにデジャブを禁じ得ない。


 しかし落ち込んでても仕方ないと、エルムは気を取り直して受付に向かった。イカつく汗臭そうな冒険者たちをかき分けて向かった受付で、見目美しい女性に話し掛けつつ、ここもテンプレなのかと更にテンションが落ちる。


 またまた気を取り直し、十二歳でも冒険者になれるか否かを質問すれば、成れると返ってきた。ここで少しテンションが回復し、そして先のセリフに繋がる。


「なんの?」


「もちろん、ダンジョンでやって行けるかの試験ですよ」


 エルムは思った。そうじゃねぇと。


 試験の理由なんて聞いてない。試験の種類を聞いてるのだ。実技なのか筆記なのか、もし実技なら対人なのか対魔なのか、それを聞きたかったエルムは若干イラつく。


 しかし相手が子供である事を考えれば、受付嬢の対応もそこまでおかしくない。当の本人もエルムの内心には気付かず、説明を続ける。


「ご存知か分かりませんが、ダンジョンとは過去に存在した魔王が残した呪いその物です。あの場所で死ねば、魂はダンジョンに吸収されて魔王復活の贄にされてしまいます。なので簡単に死ぬ様な方はダンジョンへの入場を認められないのです」


 それはまぁ、その通りだろうとエルムも思う。個人的にはもう一度くらい魔王と会ってみたい気持ちもあるが、人類とは相容れない存在である魔王が復活したらもう一度殺す事になる。友人を二回も殺したく無いエルムは微妙な気持ちになった。


 そもそも、今のままじゃ到底勝てないので、仮に魔王が復活したら急いで死ぬ気で鍛え直す必要もあるので、やっぱり微妙な気持ちになった。


 今のエルムはプリムラの全盛期と比べて、魔力量は2%ほど。魔法の精度は五割と言ったところか。殆ど五分の戦いをした魔王を相手に、今のスペックで挑むとエルムは瞬殺されてしまう。


「で、その試験って言うのはいつ、どこで、何をする? 合格基準は?」


「そうですね。最短ですと三日後の昼前になります。試験の内容は試験官の引率でダンジョン一層に入り、監視の元で魔物モンスターと戦って頂きます。合格基準はもちろん、戦闘に勝利する事が第一で、戦いに余裕があるほどに高得点です。一層程度でギリギリの戦いを演じる方は、仮に試験では勝てても実戦で死ぬ可能性が高いですからね」


「なるほど」


 思ったよりもシンプルで理にかなってる試験だと、エルムはちょっと感心した。あまりにも文明が進化してないから、今の人類が凄まじくバカになったんでは無いかと、実は少し心配してたのだ。


「じゃぁ、三日後の試験に参加したい。申請とか要る?」


「いえ、不要ですよ。当日に来てもらえればそれで」


 そこは適当なのかと、またちょっと微妙な気持ちになるエルムだった。


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