使い魔。



「改めて、この王都で小物を扱ってるキース・ラコッテだよ」


「妻のラプリアです」


「どうも、エルム・プランターだ」


 小さいながらも庭付きの家に案内され、そこで紹介された奥さんを見たエルムは、こんな美人と結婚したのかこのオッサンと、少し尊敬度を引き上げた。


 一緒に旅をして来た商人キースは三十六歳らしいが、妻のラプリアは二十二だと聞いて「オッサンやるじゃん」と更に尊敬度を引き上げる。


 帰って来た夫に突然「しばらくの間、子供を一人家に住ませる」と聞いたラプリアは戸惑ったが、事情を聞くとエルムに多大な感謝を向けて「好きなだけ居てくださいね」と微笑んだ。


 王都入りした時間も昼近かったので、丁度良いからとそのまま一緒に食事する事になり、エルムは「オッサン、店の方には顔出さなくて良いのか?」と聞くが、キースも「大丈夫ダイジョブ、みんな優秀だから」と後回しになってる。


「んじゃ、奥さんが料理してる間にお馬さんの準備しとくわ」


「あ、何か必要な物とかあるかい? 言ってくれたら用意するよ」


「んー、じゃぁ木材をそこそこの量欲しいかな。やっぱ樹法だし、木が要るんだよ」


「了解。ついでにエルム君が他の事にも使えるように、多めに持ってくるよ。木があれば色々出来るんだろう?」


「助かる。樹法使いは装備品も木製で揃える方が強いからな、ついでに冒険者になる為の装備品も作らせて貰うわ。今は最低限しか持ってないしな」


「…………え、今なにか武器とか持ってるのかい?」


「武器って言うか、かな? ほら、コレ」


 エルムは右腕に付けてた腕輪ベースを外してキースに渡す。


おっもッ…………!?」


 手渡された腕輪が予想以上に重かった事に驚くキースだが、樹法で変質させた木材の種類が種類なので当然だった。


 元はバルサに近い軽量の木材だったが、量を用意して圧縮した後に樹法によって種類を変質させたのだ。


「リグダムバイタって言う種類の木で、木材の中ではダントツで硬くて重い木なんだよ。それを樹法で更に硬くして強化すると、下手な金属より硬く出来る」


 リグダムバイタ。地球で最も硬くて重い木として知られる種類で、比重は1.28。流石に鉄や銅と比べたら大したこと無い比重だが、マグネシウムなどと比べたら比肩出来る木材である。


 この比重がどのくらいかを分かり易く説明すると、『水に沈む』くらいである。


 水は自身より比重が高い物が沈み、低い比重の物が浮く。鉄の船が水に浮くのは、船内が空洞で立方体の合計比重が水より軽くなるからだ。逆に中が空洞でも空間当たりの合計比重が水より重かったら沈んでしまう。


 他にもリグダムバイタの逸話は色々ある。製剤中に火花が出るほど硬いとか、同じ重さのハンマーで叩いて鉄と比べたら、凹みが鉄より浅かったとか、とにかく硬くて重い木材である。鋭く研げば包丁に出来たりもする程だ。


「その腕輪を樹法で変形させて剣にしたり盾にしたり、まぁ色々と便利に使うための道具なのさ」


「なるほどねぇ。便利な系統なんだね」


 樹法使いは、鉄の剣を持つより木刀持った方が強い。武器の形状は思いのままで、硬さは鉄を超える。刃こぼれしても瞬時に直せるし、わざわざ鉄製の武器を持つ必要が無いのだ。


「まぁ良いや。とにかく木材を用意してくるね。妻が戻った来たらそう言っといてくれるかい?」


 キースを見送ったエルムは、庭に置いてた馬の剥製の元に向かう。材料が後から来るらしいので、今は先に魔法の構築をしておくつもりなのだ。


(戦闘用じゃなく、馬車馬としての活用が前提だ。だったら出力は抑えて良い。ただ俺の操作を必要とせず、スタンドアローンで動く樹法ゴーレムは久々だから少し時間が欲しい)


 エルムは剥製に触れ、魔法でAIの様なプログラムを組み始める。


(高度な戦闘用プログラムなんて必要無い。ただ馬っぽく走れるだけの人造モンスターにすれば良い)


 普段からエルムが好んで使う人造モンスター魔法は、半オートの半マニュアルで動かしてる。ある程度の方向性を指示し、細部はモンスターに任せる形だ。例えば「A地点に向かえ」と指示はするが、A地点に歩いて向かうか走って向かうかはモンスター次第なのである。


 人造モンスターに自我は無いが、と言うかあくまでモンスターっぽいだけでモンスターですら無いが、食虫植物が餌の接触時に反応して捕食する様に、モンスターっぽい動きをする植物を樹法で生み出して操っているのが人造モンスターを生み出す魔法の仕組みだ。


 しかし今回は人に渡す使い魔なので、エルムは指示を出せない。なのでオートマチックに動く使い魔に仕上げる必要がある。


(創造主として魔力による指示が出来ないだけで、物理的な指示は可能。ならパターンを構築して…………)


 どれだけ術式の構築に集中してたのか、時間の感覚も無くなって久しい頃にエルムは作業を止めた。背後で人の気配がしたのだ。


「あの…………」


「あぁ、ラプリアさんか。オッサンは今、ちょっとコイツに使う資材集めに行ってるよ」


 背後に居たのはキースの妻、ラプリアだった。恐らく料理が出来たのだろうと判断したエルムは、剥製の内部で構築してる術式を一度ロックして、魔法を保存した。


 ふと見れば、ラプリアは剥製を見て目尻に涙を溜めてた。やはりラコッテ家にとってこの馬は大事な家族だったんだろう。


「まぁ、うん。この子は死んじゃったけどさ、この子を素材にした使い魔が、この先もラコッテ家で働くと知ったら、多分この子も喜ぶんじゃね?」


 せめて、気休めにでもなればとエルムは慣れない慰めを口にした。エルムは皮肉を使って人を煽る方が得意なので、慰めるのは苦手なのだ。


 しかし、それでも気持ちは通じたらしい。


「ふふ、ありがとうございます。お優しいんですね」


「いやいや、俺ほど気分屋のロクデナシも早々居ないと思うけどな?」


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