謙遜じゃなかった。



 やけに素直な盗賊達を門番に引渡し、何気に半月ほど掛かった旅路は一旦の終わりを迎える。


「エルム君、良かったらウチに来ないかい? 来たばかりなら、まだ宿も決まってないだろう? 落ち着くまではウチに居てくれて良いから。きっと妻も喜ぶよ」


「え、良いの? 普通に有難いんだけど」


 エルムは王都でまず金を稼ぎ、魔法学校の入学時期までに入学資金を貯めるつもりだった。


 魔法学校は全寮制であり、入学さえしてしまえば最低でも三年ほどは住む場所に困らない。扇法系統の扱いも学べ、卒業すれば国立魔法学校卒業者と言うステータスにもなるのだ。一石三鳥である。


 なのでその時期まで、家を借りるか宿で済ませるか、エルムとしても若干の悩みどころだったのだ。


「しばらく厄介になって良いなら、後は仕事だけだな」


「なにをする予定なんだい?」


「とりあえず、冒険者って奴になろうかなと。傭兵でも良いんだけど、護衛とかで移動が多いと面倒だからさ。冒険者はダンジョン専門らしいし、ずっと王都に居れる。まぁ年齢的にダメって言われたら、その時はもうスラムでゴロツキでも潰してカツアゲしようかなぁ」


「そ、それは流石にどうかと思うけど……」


「大丈夫ダイジョブ。絡まれた場合だけ返り討ちにすっから。自分から襲ったりはしないさ。蛮族じゃねぇんだし」


「いや、カツアゲを収入源にしようとしてる時点で立派な蛮族だと思うよ?」


 茶番は置いといて、とりあえず商人の家まで行く事になった。


 荷物持ちが居なくなってしまったので、動かせなくなった馬の剥製はエルムが運ぶ。と言っても魔法で中の木を動かして歩かせてるので、持って運んでる訳じゃない。


 樹法は邪悪な属性として迫害される傾向にあるが、馬の剥製は毛皮のお陰で中の木が見えないので騒がれたりはしない。


 仮に騒がれたとしても、エルムは面倒に思うだけで言うほど気にはさないのだが。あくまで世渡りの範疇として使用を少し控えるだけで、完全に封印する訳でも無ければ樹法の使用を恥じるつもりも無かった。


 いわば、ちょっと人目を気にするだけ。必要ならば人前でもバンバン樹法を使う。そも、エルムは見ず知らずの民衆に気を使う様な性格でも無いのだから。


 活気ある街並みを見渡しながら歩けば、やはり三百年で少しも文明が発達してない事が伺える。


(文明レベルは建築様式に現れる。ルングダム王国は前世でも存在したし、建築様式も覚えてる)


 この文明レベルの王朝が三百年も続いてる事は驚嘆すべき事かも知れないが、それよりも三百年で少しも変わってない建築様式が気になるエルム。


(育ってないなら、それはそれで前世の知識が流用出来るから助かるけど、流石にここまで発達が見られないと理由が気になるな)


「ほら、ここだよ」


 意識を思考に割いて進む事十分ちょっと。壁に囲まれた広大な都市の中で、大通りに面した好立地に立つ店まで来た。


「お、おぉ……」


 商人に紹介された店を見て、エルムは思考の海から帰って来て言葉に詰まる。


「まさか、『ちょっと大きい店』が謙遜でも何でも無かったとは……」


「あはははははっ! だから言っただろう? ちょっと大きい店だって」


 旅の途中、商人に言われた「ちょっと大きい店を持ってる」発言を聞いたエルムは、自動的に謙遜フィルターを掛けて聞いてた。つまり大店おおだなの主であり、今は趣味の行商をしているのだと。


 しかしいざ来てみれば、本当に「ちょっと大きい店」だった。比喩でも何でも泣く、地球で言うと少し大きめのコンビニサイズである。


 ちなみにこの世界で個人が店を持つ場合の標準的な大きさと言えば、小さめのラーメン屋くらいが平均である。個人経営でキャパが十人前後くらいの店舗である。


「住居は二階?」


「いや、二階は住み込みの従業員が住むための場所だけど、僕は裏手にある別棟に住んでるよ。そこが家さ」


 案内されるままに横道を行くと、店の裏には確かに家があった。ちょっと小さい二階建ての木造建築で、規模感はメゾネットタイプの一部屋分くらいか。間取りも恐らく、三部屋か四部屋くらいだと予想出来る。


「結構良い家じゃね?」


「だろう? この子のお陰で買えた家さ」


 商人は愛おしそうに馬の剥製を撫でる。確かに、大通りにあれだけの店を持って、家もこの規模の物件を買えるまで一緒に頑張った馬なのだとしたら、そこに含まれる愛情は計り知れないだろう。 


「ちなみに、オッサンが魔法覚えたから選択肢増えてるよ」


「選択肢?」


「そう。土葬か剥製かの二択だったけど、今ならオッサンが魔力供給出来るから、俺がその剥製を使い魔に改造出来るぞ」


 コイツも、まだオッサンと商売したいだろうしな。そうエルムが呟くと、さっきまでニコニコしていた商人は涙ぐみながら頭を下げた。


「良く、分からないけど、もう一度この子と旅が出来るなら……」


「分かった。ただ時間が掛かるから、今は案内頼むよ。奥さんにも紹介してくれるんだろ?」


「ああ、もちろんさ! さぁ入ってくれ!」


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