樹法の使い方。



「ほーら、キリキリ働けぃ。文字通り、馬車馬の如くなぁ」


 エルムが振るった鞭は、馬車を引く男の尻を痛烈に叩いた。


 叩かれた男は激痛に呻くも、悲鳴を上げると更なる鞭が飛んでくると知っているので必死に声を押し殺している。


「いやぁ、エルムくんが居てくれて助かったよ。ありがとうねぇ」


「いやいや、大したことはしてないよ。雑魚を捻ってこき使ってるだけだし」


 現在、エルムは幌馬車の馭者台で鞭を降るっていた。


 何故こんな事になっているかと言えば、襲って来た財布ガルドをやり込めた後までさかのぼる。


 徒歩で街道を歩いて王都を目指し始めたエルムは、魔法を使うか否かを悩んでいた。


 前世程じゃないとして、それでも記憶を取り戻しつつあった幼少から磨いた魔力量はそこそこ。移動用に魔法を使い続けてもそう困らないだろうとは考えていたのだが、それでもエルムは悩んでいた。


 この時代では樹法は邪悪な系統とされている。何故なら剣の勇者が余計な事をしたから。


 そんな魔法を大々的に使って移動すれば目立つし、トラブルも山ほど起こるだろう事は誰でも予想出来る。


 もちろん、エルムの実力なら大抵の事はねじ伏せる事が可能だが、エルムは別に暴れたい訳じゃない。前世が散々だったから好き勝手に生きたいとは思うものの、どちらかと言えば平穏なスローライフを望んでる。


 そんな時に通りかかったのは、一台の馬車だ。


 徒歩で街道を往く幼いエルムを心配した馬車の主は、エルムを馬車に乗せて王都まで送ると言う。魔法を使うか悩んでたエルムは、使わずに移動出来るなら渡りに船だったので甘える事にした。


 その後、一週間ほど共に旅をしていたのだが、途中で盗賊に襲われたエルム達。当然ながら返り討ちにしたが、その時に馬車を引いていた馬が殺されてしまった。


 馬はとても高価な財産なので、盗賊としてもミスったのだろう。しかし行商からすると馬は大事な財産であると共に、一緒に仕事をする家族だ。


 死んでしまった馬の前で咽び泣く商人を見たエルムは、まぁブチ切れた。


 その結果、盗賊は馬の代わりにされている。十人ほど居たが、四人に馬車を引かせて残りは馬の亡骸を担いで運ぶ仕事を任せてる。


 当然ながら逃げたら殺す。逆らったら殺す。気に入らなければ殺すし、気まぐれに殺す事もある。圧倒的な実力でねじ伏せられた盗賊達は、逆らう選択肢なんて秒で地面に叩き付けて踏み壊した。


「それにしても、エルムくんも大変だね。系統が樹法で家を追い出されるなんて……」


「まぁ、クソみたいな家だったからどっちにしろ出たけどね。ただ大手を振って魔法が使えないのは面倒なんだよなぁ」


 商人はエルムが樹法の使い手だと知っても、なんの隔意も抱かなかった。驚くほど純朴な性格をしている商人に、エルムも数日で心を許していた。


 エルムは基本的に容赦無い性格をしているが、それでも元は勇者である。世界の為に戦う選択を取れる程度には情がある。あくまでもエアライド家がクソ過ぎただけで、普通に付き合う分には問題無い性格なのだ。


「おら足が止まってんぞ殺されてぇのかぁっ!」


 そう、普通に付き合う分には問題が無い。普通じゃない付き合いの場合はかなり攻撃性の高い性格になるのだが、それも相手が盗賊であるなら問題にならない。


 馬車の後ろで馬を担がせてる盗賊の、更に後ろ。エルムが樹法で種から生み出した人造モンスターが睨みを効かせて追い掛けてくる。


 そのモンスターは『クマの形をした歩く樹』であり、遠目で見れば完全にクマなのだが、近くで見ると表面が樹皮なので植物だと分かる。


 体高2メートルを超える猛獣が背後からノッシノッシと追い掛けてくる恐怖は、とても足を止められる様な選択を許してくれない。


「うーん、そうだね。今日はこの辺りにしようか」


「うい。じゃぁ野営の準備するんで、バカどもの見張りヨロ〜」


 馬を担がせれてる関係で、一行が進む速度はかなり遅い。予定したルート通りに進んでは居るが、予定されたスケジュールはとうの昔に破綻してる。


 本当なら街や村を経由して進む予定だが、ぶっ壊れた予定で進めた距離はとても日の入りまでに街までいけない。


「あー、家作って檻も用意して……」


 しかしながら、ここ居るのは樹法のスペシャリスト。樹木を操作してあらゆる無茶を可能にする魔法は、触媒の種を数個消費するだけで立派なツリーハウスと強固な檻を完成させる。


 樹法は魔力によって植物を操り、成長すらも自由にする魔法である。しかし無理やり成長させた分の維持費にも魔力を使い、供給が切れると成長させた分は枯れ果て消える。


 例えば種から急速に成長させて樹木を作ったとして、魔力を切れば九割九分九厘が朽ちて風化する。元の質量は小さな種でしか無いので、それ以外はサラサラと砂の様になって、最後は魔力へと戻って風に消えゆくのだ。


 魔力無しで創造物を維持したい場合は、同じ量の材料を用意して変形させるだけに留める必要があり、ほぼ万能である樹法の数少ない欠点の一つと言える。


 今エルムが作り上げたツリーハウスも、檻も、エルムが魔力の供給を切った瞬間から数十秒の内に枯れ果てて消える運命にある。


 それでもエルムは元勇者であり、世界で最も上手く樹法を使うスペシャリスト。眠ってる間も魔力を供給するなんて朝飯前で、洗練された魔法の構築は消費する魔力量も極限まで削られてる。頑張って磨いたとは言え子供の魔力量でも、充分に一晩維持するくらいは今のエルムでも可能なのだ。


「よっし、おら喜べよ賊共。屋根付きの寝床だぞ? あまりの高待遇で泣きそうだろ?」


 確かに屋根はあるが、壁は無い。あるのは格子状の硬い木だけで、風は防いでくれない。当然ながら毛布なんて上等な物は無く、あったとしても盗賊なんかに使わせる義理は無い。


 しかしエルムが喜べと言ってるなら喜ぶしかない。実際に野晒のざらしよりはマシなのも事実で、急に雨が降ったりする可能性も考えれば実は本当に高待遇だったりする。


 普通は盗賊なんてその場で殺処分が当たり前だし、連行する際も縄で繋いで野晒が基本。雨の心配が少ないだけ本当にマシな待遇なのだ。


「言うまでも無いが、お前らは頭が悪そうだから一応教えといてやる。逃げたら殺す。騒いだら殺す。明日寝不足で動けないとか言う奴はその場で殺す。ちゃんと寝て回復しないと死ぬから、死ぬ気で寝ろ。最大限の慈悲で飯は好きに食って良い」


 盗賊達が檻の中に入ってみると、中にはなんと二種類の果物があった。檻の天井に果物が直接成っているのだ。


「こ、これを、好きに食べて良いんで……?」


「飯食わないと動けねぇだろ。明日、俺とオッサンの手を煩わせた順に殺していくからな。精々ちゃんと飯食って動けるようにしとけ。コケて馬を投げ出したりしたらマジで皆殺しにしてやるからな」


 樹法で生み出した植物は、魔力の供給を切ると消える。ならばこの果物は食べても意味が無いのだろうか? 実はそんな事も無く、しっかりと裏技が存在する。


 要は魔力の供給さえあれば存在の維持は可能なのだから、供給先を切り替えれば良いのである。


 樹法のスペシャリストであるエルムの手に掛かれば、『消化されるまで食べた本人の魔力で維持される果物』を構築する事も出来る。


 栄養として吸収されてしまえば、それはもう本人の血肉である。この世界の住人は基本的に、生命活動に魔力が必要で、ある意味で樹法で維持する植物と似たような存在である。だから樹法の創造物を食べても問題が無い。


 檻の中に成ってるのはリンゴとバナナ。この二つさえ与えとけば栄養は充分だろうとエルムは判断したが、間違いなく超高待遇である。


 藤原にれだった時の記憶を基準にした果物であり、この世界には存在しない物であり、品種改良の果てに生まれた高品質な味わいは、地球なら庶民でも味わえる物であっても、この世界では王族ですら大金を積み上げてやっと食べれる物である。


 それを、好きに食べて良いと言われた。盗賊達は実際に果物をもいで見ると、無くなったはずの果物がすぐさま底に育ち始めて十秒もすれば立派な果物が復活するのだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る