ノルド。



(だから言ったのにだから言ったのにだから言ったのに……!)


 ノルドは恐怖していた。そして安堵もしていた。


「まだ見付からないのか!?」


 声を荒らげる父を尻目に、もう絶対には見付から無いと知っているノルドは、内心を押し殺して準備を進める。


 二日前から、エアライド家嫡子のガルドレイ・エアライドが行方不明となった。


 集団を引き連れて街の外に出た所までは調べが付いてるが、その先のことは一切分からない状況が続き、もう二日。


 恐らくは唯一、結末を予想出来るだけの材料を持ってるエアライド家次男、ノルドラン・エアライドは兄の死を疑って無い。


(だから言ったのに! あの化け物に手を出すと死ぬって!)


 ノルドは知っていた。エルムが化け物だと言うことを。


 ルングダム王国では貴族の教育を各々の家に任せる形で運営されている。ライトノベルの様に貴族が通う学校などは無く、魔法を学ぶ為の国立教育機関は存在するが、所謂いわゆる普通科と呼ばれる様な教育機関は平民が使う私塾くらいである。


 そして魔法学校に通う貴族は、家を継げない次男以下が利用する物であり、嫡子は家で教師を雇って学ぶのが普通だ。


 騎士や軍閥の家ならば嫡子でも通う場合もあるが、少なくともエアライド家はその例に漏れる。ガルドは父の視察について回る以外は、基本的に領都から出ることが無かった。


 対してノルドは次男であり、ガルドに何も無ければ順当に家を出る立場にいる。だから騎士を目指し、魔法を学ぶ為に魔法学校に通っている。領都の屋敷に居るのは単純に長期休暇の里帰りなだけで、もうすぐ休暇も終わるので今は出立の準備をしているのだ。


(バカな兄さんだよ。なんで誰もアレが化け物だって気付かないんだ? 父さんだって専門じゃないとは言え、魔法使いを見る事くらいはあっただろうに)


 ノルドは知っている。クナウティアに魔法を見せていたエルムを目撃する事があり、その魔法の完成度に絶望する程の実力を見てしまったのだ。


 他の者は全員が何故か「小手先の魔法が得意なクソガキ」と認識しているが、種を魔法で発芽させ、一秒以内に綺麗な花を咲かせる樹法使いなんて、魔力量さえ伴えば対軍でも勝てる可能性がある程の実力である。


(あんな速度で植物の成長を操れる? だったら足元から木の根でも伸びてきたら串刺しじゃないか! あれだけの腕があって魔力を磨いてないわけも無い。あれは絶対に化け物だ。絶対に怒らせちゃいけない死神だ)


 ノルドは過去、エルムを虐めてた事実をこの世で最も後悔してる人物である。


 エルムのイタズラで魔法学校で出来た恋人と破局させられたが、それでも殺されるよりずっとマシだ。一応、形だけでも文句は言ったが、その時の事すらやはり後悔してる。


(忘れられる訳が無い。僕が文句を言った時の、あの顔…………!)


 ────へぇ、次男ちゃんってば恋人と別れちゃったんだ?


 まるで、人の不幸こそが至上の蜜であるとでも言うような、最高に幸せそうな顔で笑ってたエルム。


 あの笑顔を見て、ノルドは心臓が止まるかと思うほどに後悔した。あれは間違いなく化け物であり、その精神性も完全に化け物だ。何故かクナウティアには意味不明なほど優しいが、クナウティアは化け物でも笑顔にしてしまうほど可愛いだけなのだと思って気にしない事にしてる。


(アイツは何故か実力を隠してる。もしそれを吹聴する様な事をしたら、僕だってどうなるか…………)


 ノルドは二日前、兄ガルドから誘われていた。今からエルムをボコりに行くから一緒にどうか、と。


(くっそぅ……! アイツに恨まれてるだろう家なんて継ぎたく無いぞ!? 兄さんは確実に死んでるだろうから、どうにか三男アルクに嫡子の座を渡さないと……!)


 ノルドは必死だった。死にたくなかった。人の不幸であんなに幸せそうに笑う死神を冷遇した伯爵家なんて、絶対に継ぎたく無かった。


(なんで過去の僕はアイツに優しくしなかったんだ!? クナウティアは例外だとしても、エルムは冷遇に関わってない弟達にもそこそこ優しかった。化け物でも一欠片くらいは情があるんだ。もし僕も優しい兄の立場に居れたら……!)


 必死だった。ガルドの死が確定して嫡子の座が回って来る前に、魔法学校へと旅立たねば手遅れになる。


 どうにかして騎士としての立場を確立しないと、知らぬ間に嫡子にされる可能性すらある。そんな事は絶対にゴメンである。ノルドは必死に準備を進める。


(と言うか、やっぱりエルムは戦闘も得意なんだな。兄さんは集団でやるって言ってたし、実際に十人以上の集団で外に出たって報告はある。つまりエルムは、それだけの人数を一度に相手しても返り討ちに出来るって事だ。十二歳のやる事じゃない……! アレが大人になったらどうなるんだよ! そんなの敵に回してる家なんて絶対に継がないぞ!)


 ノルドは頭が良かった。頭が良かったからこそ、知らなければ幸せに暮らせたかも知らない情報を知ってしまった。考えてしまった。悩んでしまった。


(も、もしもの時はクナウティアに助けて貰うか……? エルムは本当にクナウティアにだけは死ぬほど優しかった。あの子に取り成してもらえれば、過去の事も謝って水に流して貰え…………)


 実際、もしそうなったらエルムは許したかも知れない。しかし、ノルドはそこでエルムの笑顔を思い出してしまった。


(無理無理無理無理! 謝った程度で許して貰える!? ある訳無いだろそんな事! エルムは僕達のせいで母親まで死んでるんだぞ!? それを頭下げただけで許される!? 妄想も大概にしろよ僕! 僕が逆の立場だったらむしろ怒りが増すわ! 一等いっとう酷い殺し方を考えるわ!)


 それもまた事実である。もしクナウティアを挟まずに謝ったなら、ノルドの予想はかなり正確に現実の物となってただろう。


(でも、クナウティアを味方に付けとくのは有りだと思う。謝る前に、クナウティア経由で償いをして怒りを鎮めるしか無い。どうせ父はクナウティアに甘いから、あの子が望めばエルム宛の手紙くらいは届けるだろうし、その時に何か……)


 家から化け物が居なくなった。その事に安堵していたノルドは、ガルドの行動によって窮地に立たされている。とにかく焦っているし、人生で一番頭を回してる自信がある。


(あれだけの使い手だ、魔法の触媒とかなら喜ぶか? でも樹法なんて嫌われてる属性の触媒なんて手に入るか? と言うかあれだけの使い手が自分で用意して無い訳が無いか。どうする? もういっそ搦手で行くか? あれだけクナウティアを可愛がってるんだから、クナウティアが喜びそうな情報を送って、エルムがクナウティアを喜ばせる手伝いをするくらいの距離感が一番良いか? …………あれ、思ったより良い案では?)


 白々しくなりそうな謝罪より、自分もクナウティアが可愛いんだと言い訳出来る良案に思えた。ノルドはそれを軸に更に頭を回転させる。


(僕は幸い、王都の魔法学校に通ってる。物が集まる王都ならクナウティアが喜びそうな物も見つかるだろう。その情報をどうにかエルムに渡して、クナウティアが一番懐いてるエルムから渡すのが一番喜ぶとかなんとか言って…………)


 必死に、必死に考えている。


 しかしノルドは知らない。それら全ては水泡に帰すことを。


 何故なら今、エルムは王都に向かっているし、ノルドにとって最高に不幸な事に、魔法学校への入学を決意してるのだから。


 ルングダム王国立魔法学校。その入学資格は丁度、十二歳からなのである。


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