鐘対策。



「出て来い、【Killerキラー Lotusロータス】」


 エルムは麻袋から取り出した一粒の種を触媒に、樹法を練り上げる。


 本人は「久々だからおっせぇな」と魔法構築速度に不満があったが、それでも一秒以下で魔法は完成した。


 魔法が詰め込まれた種を目の前にポテッと投げると、草むらに紛れて見えなくなる。しかし、発動した魔法が直ぐさま種を発芽させ、あっという間に成長させた。


「ぎゃはははは! 見ろよコイツ、この期に及んでお花を育て始めたぞ!」


「がははっ! 綺麗でちゅねぇ!」


 エルムが逃げられない様に囲っているゴロツキ達は、エルムの魔法によって咲いた美しい蓮の花を見て笑う。しかし、笑って居られたのはほんの十秒程の事だった。


 極まった樹法によって成長を後押しされた殺人用のキラーロータスは、あっという間に成長する。長く、巨大に、取り返しが付かない程に。


「ぎゃはははははははははっ、はは、………………はぁ?」


 人が‪はすと言われて想像する花は、大抵が蓮では無く睡蓮すいれんである。水面に浮くように咲く、儚い美しさを単品で演出する花が睡蓮であり、対して蓮は水面から茎を伸ばして空中で咲く。


 しかし水が無い場所で咲いたキラーロータスは、蓮でも睡蓮でも無かった。


「ま、魔物モンスター…………」


 ゴロツキの誰かが呟いた。その一言でキラーロータスのほぼ全てが説明出来ていた。


 地上から空に向かって伸びる茎はツタの様にしなやかで、そして数が多かった。まるで触手系の魔物が集まったかの様な姿で、その束ねられた緑の触手に乗っかる形で巨大な蓮が咲いている。


 色は儚い紫で、大きさは地球で最大サイズで咲くラフレシアの如く。


「なんでこんな場所に、この俺が、ホイホイとついて来たと思う?」


 キラーロータスは産まれた瞬間から既に、創造主の願いを聞いて動き出している。


 エルムを逃がさない為の人垣リングは、更にその外周を地面から突き出た大量の触手によって囲われて誰も逃げられない。あっという間にリング闘技場金網デスマッチ処刑場にレベルアップしてしまったのだ。


「ここなら死体の処理が楽だからだよ」


 そして蹂躙が始まった。


「いやぁ、まさか財布の方から来てくれるとは助かるぜ。分かってるよ、旅に出る俺への餞別だろ? 大丈夫、残らず食い散らかして行くから安心してくれ」


 キラーロータスの触手が地面から飛び出し、ゴロツキもガルドも分け隔てなく平等に縛り上げる。その力は非力な子供など到底抗えない物であり、太いワイヤーによって肉体が切断する寸前まで絞られる様な苦痛を伴っていた。


 ここで悲鳴の一つでも上げられたなら、まだ誰かが助けてくれる可能性があった。しかし歴戦の勇者であったエルムがそんな片手落ちをするはずも無く、縛られた全員は触手によって口を塞がれている。


 ギリギリと音を立てて変形していく肉体。誰もが激痛に顔を歪ませ、涙も涎も鼻水も垂れ流しながら呻くが、それは悲鳴に昇華する事もなく、誰にも届かない。


 その呻き声を聞き届けるのは、死神エルムただ一人。


「吸え、キラーロータス」


 もはや人の皮の中に固形物ほねが残っているのかも定かじゃない程にグシャグシャにされ、しかしまだ命は残っているゴロツキ達は、さらなる地獄を見る。


 キラーロータスは殺人用の魔法である。人造の魔物を生み出す魔法と言っても良い。その効果は、金網デスマッチの生成や触手による拘束なんてチャチな物じゃなく、本質は『吸血』だった。


 吸われていく。触手に触れている場所から、体液がゆっくりと抜かれて行く感覚がゴロツキ達を襲う。


 確実に、一歩ずつ、自覚出来る死が迫って来る恐怖。しかし痛みと拘束によって発狂する事さえ許されない。まさに地獄であった。


「大丈夫、安心しろよ。


(天使の鐘は対策しとかなきゃだしなぁ)


 この世界は、エルムがプリムラだった頃に無かった物が沢山あり、その内の一つに『天使の鐘』と呼ばれるアイテムがある。


 ダンジョンから極々稀に持ち帰られるドロップアイテムなのだが、その鐘の前で嘘を口にすると綺麗な音が鳴り響くという効果がある。今は主に裁判で使われ、詐欺や汚職が恐ろしい程に減った本物の奇跡。


 だからエルムは対策をする。もしこの場で普通に殺しを行った場合、下半身伯爵に訴えられて「息子を殺したか?」と裁判で聞かれると詰むからだ。


「なぁ、ギャグで済むと思った?」


 体液を吸われて顔色が青くなっていくゴロツキとガルドを、キッチリ瀕死で留めて問い掛けるエルム。


「親を殺されて、幼少から虐められ、旅立ちの日に集団リンチ。…………なぁ、もう一回聞くけど、ギャグで済むと思ったか?」


 誰もが後悔してる。エルムは手を出すべき相手じゃなかったのだと。その殺意は本物であり、子供同士の揉め事なんて可愛らしい結末は用意してくれない相手なのだと、やっと理解する事が出来た。


 しかし理解があまりにも遅かった。エルムは絶対に逃がす気が無いし、これは消極的な殺人ではなく積極的な報復なのだから。


「なぁなぁ、助かりたい? 生きたい? 死にたくない?」


 当たり前の事を聞き、そして全員が泣きじゃくりながら必死に肯首こうしゅする。今この時を逃せば、後は本当に死ぬだけだと命懸けで首を振る。死ぬ寸前まで血を抜かれて、ちょっとした動作をするだけで意識が飛びそうになるが、それでも全員が首を縦に振り続けた。


「そっかぁ。じゃぁ仕方ないな。『俺達の冒険はこれからだ!』って、一番元気良く言えた奴はよ」


 茶番。そして組み立てられた策に、全員が乗るしか無かった。


 もはや悲鳴すらあげる体力も無く、口の拘束が外れされた順にゴロツキは口を開く。俺達の冒険はこれからだ、俺達の冒険はこれからだ、俺達の冒険はこれからだ、何回も何回も、、ありったけの声で口にする。





 そして、誰も助からなかった。


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