ギャグで済むと思った?



 この世界には魔物が居て、魔族が居て、魔王が居た。それらの発生した経緯について、にれもプリムラもエルムも知らない。


 だが確実に言える事は、それらの始まりが魔王だったと言うこと。


 まず魔王が居て、配下として魔族を生み出した。そして配下にも手下が必要だと思い、更に下へ魔物を作った。


 全て魔王の血肉を元に作った存在であり、その影響を色濃く受ける者ほど、魔王の絶命に際して共に滅ぶ。そう言う仕様だったのだ。


 血肉を分けた、と表するのは分かり易さを優先したもので、もっと直接的に言うなら魔王の魂を分割して産まれたのが魔族であり、魔族はある意味で魔王の分身である。


 魔族は魔王の魂のみを使って産まれた純粋な魔王クローンとでも呼べる存在だったが、その代わりにスタンドアローンでは無かった。


 魔王を親機とするなら、魔族は子機。親機ほんたいである魔王が死ねば存在を保てないのが魔族の種族特性である。


 その代わり、魔王の影響を常にフルで受けているからクソほど強く、エルムも最初は「ンだよこのクソゲー!」と台パン必至だった。


 しかし、どれだけ強くとも子機は子機。親機が死ねば諸共死ぬ運命にあったので、魔王が死んだこの世界には魔族も居ない。


 その代わり、魔物は依然として存在してる。


 魔王の魂を分けた存在ならば、条件としては魔族と同じ。


 なのに何故、魔物は消えなかったのか? その答えは簡単で、直属の配下を少し作る程度なら「ちょっと千切るくらいだし」と自分の魂を使えた魔王も、流石に配下の配下にまで魂を使ってたら自分が枯れて死ぬと考えた。


 そこで、魔王は魔物と魔族で決定的な違いを作った。それは純度。


 魔族は魔王エキス100%だが、魔王は魔物にまでエキス100%をやりたくない。だから不純物を混ぜて嵩増しする方法を思いついたのだ。


 そもそもが魔族よりも弱く、更に嵩増しまで可能とあれば、魔王もほんのちょっとだけ、砂粒程度の魂で魔物を作れるようになった。


「だから魔王亡き今、魔族は確実に滅んでるし、魔物も大きく弱体化した」


 魔王が死ねば、分割した魂ごと消える。だが魔物は不純物の方が多いので、魔王の魂が抜けようとも存在ごと消えるなんて事件は起きなかった。勿論、魔王の魂が抜けた分はキッチリ弱体化しているが。


「んー、だけど魔族の暗躍って線が無いなら、なんで文明が三百年も止まってんだ? 何があった? ダンジョンなんて便利な物まで産まれたのに、人類は三百年も何をしてたんだ?」


 割り切っては居るが、しかし考察しないなんて事も無かった。エムルは領都を出る為の準備をする為、チンピラから巻き上げた金銭を使って欲しいものはバンバン購入しながら色々と考える。


 プリムラとして生きた時代には存在し無かった物、ダンジョン。


 エルムが歴史書や文献を軽く読んだ知識では、魔王はどうやら人類に対してサプライズを用意してたらしく、エルムがトドメを刺したあの瞬間、エルムに対する嫌がらせで使った呪いとは別に、もっと大規模な呪いをもう一つだけ発動した。


 それこそがダンジョン。魔王復活の為の儀式装置であり、世界その物に対する特大呪術。


(あの野郎、やけに潔く死んだと思ってたが、復活の目を残していやがった。これじゃ呪い殺された俺の丸損じゃねぇかクソッタレ)


 買い物してると、店内に人が増えて来たので独り言を止めるエルム。流石に人が多い場所でブツブツと喋り続けたりはしないのだった。


(いや、待てよ。もしかして俺の転生って、魔王のダンジョン術式に巻き込まれたからなのか?)


 魔王が仕込んでた復活への道、ダンジョン。


 これで何をどうすると魔王の復活に繋がるのかと言えば、単純にダンジョン内で人間が死ぬと、その魂的なエネルギーがダンジョンに蓄えられる仕組みになってるらしい。そして、それが一定のラインに届けば、魔王が復活する。


 しっかりと文献に残ってたくらいだから、恐らくは六勇者の誰かが調べたんだろうとエルムは判断した。


(多分、パーティで唯一の三系統持ちだったアイツ、回帰の勇者アトゥンだとは思うが、まぁ三百年前の事だしな。今更アイツらの事気にしても仕方ないか。ブイズはぜってぇ許さねぇけど)


 しかし、そんな事実が判明してるならダンジョンなんて誰も潜らない? なんて事は一切無かった。現在、ダンジョンはバンバン人が入る一大産業と化している。


(魔王は人間の愚かさと真っ向から向き合ってたしな。これくらいはお手の物だろ)


 魔王復活の可能性がある。それだけで世界中のダンジョン全てを封鎖して然るべきだが、愚かな人類はそんな事しなかった。何故なら、ダンジョンは宝の山だったから。


 普通なら金山を掘り当てないと手に入らない資源である金塊も、比較的簡単に手に入るが最も流通する通貨でもある為数が欲しい銅も、もはや人類の発展には欠かせない資源である鉄も、ダンジョンでは高純度な塊で産出する。


 地球には存在しないファンタジー極まる金属類も、普通に栽培したのでは決して追い付かない美味なる食材も、その他あらゆる資源がダンジョンでは手に入る。


 そんな宝の山を、愚かな人類が多少のリスクに怯えて諦めるはずがないのだ。


(魔物を倒せば体のスペックも上がる。当然、魔力も。そうなれば魔法技術の開発も進みやすいだろうし、何より高品質かつ高純度な資源が無限に手に入る。そんな環境があって、三百年も文明が停滞するか? 有り得ないだろ。内燃機関程度は開発出来てなきゃおかしい)


 だが実際は、何も進んでない現在だけが目の前に横たわっている。


(おっかしいよなぁ…………)


「………………ん?」


 買い物を粗方終えて、さぁ出発しようと都の外に向かおうとしたエルム。しかし、その行く手を遮る者達が居た。


「長男? 何してんの?」


「へへっ、おいエルム。ちょっとツラ貸せよ」


 金髪をファサッと掻き上げてのたまうのは、エアライド家の嫡子、ガルドだった。未だに顔は青タンで美しく彩られて居る。


「あらあら、今度はお友達連れてどうしたの。ピクニック? お猿さんは楽しそうで良いな。見晴らしの良い猿山でも見付けたのかい? お山の大将さんよ」


「はんっ! そうやってイキがって居られんのも今の内だぜ」


 ガルドは背後にゾロゾロと手下を引き連れて現れた。手下は基本的にゴロツキばかりで、エルムがお財布代わりにした者達と相違無い見た目をしていた。人数はサッと数えて十五人ほどか。


「んで、どこ行くって? 俺も忙しいから、ヤるなら外にして欲しいんだけど。まぁお友達を連れて来ないとイキがれない残念な長男ちゃんは、もしかしたら怖くて街の外なんて出れないかもしれないけどさ」


 その場合は可哀想だから仕方ない、スラムでも良いよ。やっぱ手加減と慈悲は強い方がしてあげるべきだよね。そう言ってサラサラと煽るエルムに、ガルドは青筋を量産しながら「ついてこいや」と口にして歩き出す。


 向かう先はどうやら街の外らしく、その背中に着いて行く義理も義務も存在しないエルムであるが、理由と打算は存在したので素直に着いて行く事にした。


 ◆


「なぁ、ギャグで済むと思った?」


 本当はスラムで終わらせるつもりだったはずのガルド。しかし問題を起こすなら街の中であるスラムより街の外の方が都合が良いのは事実であったし、何よりエルムに煽られては引くに引けない。


 そうして、「ここだと街からまだ見えるじゃん」と、「は? もしかして街道で始める気か? 頭悪いのは知ってたけど、まさかここまでとはな。俺をボコってる時に有力者でも通りかかって目撃されたらどうすんの? その尻拭いするの下半身伯爵だろ?」と、エルムによる誘導にまんまと乗った結果、ガルドの人生は終わり掛けている。


「………………な、なんでっ」


「ん? それは何に対しての『なんで』なんだ?」


 全員が、瀕死だった。正確に言えば、エルム以外の全員が瀕死だった。


 文字通りの意味である。なんの比喩でもなく、命が終わり掛けていると言う意味での瀕死だ。


 エルムに誘導されたガルド達は、まんまと街の門から外に出て、街道を歩いてゾロゾロと2キロほど離れた。その後、街道のただ中で事を始めようとするガルド達に、通りすがりに見られたら困るのお前らだぞと脅して街道から外れた。


 下草が生い茂る草原など、高貴なガルドは歩きたく無かったが、それでも有力者に見られて困るのは事実であった。だから草むらを歩いて、今度こそ誰にも見られない場所で、なんならで、エルムを集団で私刑リンチに処するはずだった。


 ──うん、この辺で良いかな。出て来い【キラーロータス】。


 エルムのそのセリフが、聞こえるまでは。


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