檻の中。
エルムと商人がツリーハウスに消えた後。盗賊たちは貪るように果物を食べた。
「うめぇ、うめぇよ……」
「あめぇ……、こんなん初めて食ったぁ」
盗賊達は、本当に喜んでいたし、本当に咽び泣いていた。
食べた事はもちろん、見た事すらない甘露の如き果物が食べ放題。果物を生成する為の術式は檻が地面に根を張って土からある程度回収する構築なので、エルムの消費は極微量となってる。
なので、本当の本当に食べ放題なのだ。王族すら食べられないかも知れない果物が、この夜の間にいくらでも。
特にリンゴは信じられない程にジューシーで、目が覚める様な甘さと酸味で舌を撫でて胃の腑に落ちて行く。
バナナも言わずと知れた栄養素の塊であり、炭水化物を含んだ食べ物だ。牛乳と共に取れば完全食にすらなると言われた便利食材は伊達じゃない。
盗賊達は食べた。腹がはち切れるかと思うほど食べた。
豊富な滋養はすぐさま体に供給され、貧相な食事しかして来なかった盗賊達の体は漲るような力を感じていた。
「こんな、こんな……」
「これが、樹法……? こんな神様みたいな魔法のどこが邪悪な魔法なんだ……?」
「これが邪法なら、殺すしか能が無い刃法はなんなんだよ……」
「うめぇよっ、この黄色いやつすげぇ、力が湧いてくる……!」
「赤い方も、なんだよコレ。なんでこんなに甘ぇんだよっ」
なんで甘いのかと言えば、日本のリンゴ農家さんが凄く頑張ったからである。その記憶が
そして植物に関しては文字通り万能の神が如き無茶を平然と可能にする勇者プリムラの努力の結晶でもある。
魔法は難しい技術だ。目に見えないエネルギーを利用して世界の法則に逆らうような作用を現実にする絶技であり、当然ながら誰でも使える訳じゃない。
正確に言えば誰でも使えるが、極めるには相応の時間と努力が必要になる。例えるなら、五体満足で健康なら誰でも走れる。しかしオリンピックでメダルを獲得出来る程に早く走れと言われたなら、達成出来る人間は極々一部である。
誰でもメジャーリーガーになれるか? 誰でもチャンピオンベルトが取れるか? 誰でも出来ることは、誰でも極められる訳じゃない。
環境が必要で、金銭が必要で、時間が必要で、何よりモチベーションとセンスが必要になる。
どれだけ高い壁でも登り続けるモチベーションがあるなら、本当に誰でも勇者並の魔法が使える様になれるだろう。しかし現実はそんな事無く、あまりにもファジーで感覚依存な癖に体系化が必要な技術を前に、一般人は折れてしまうのだ。
イメージするなら、形を決定出来ない液体で電子回路を組むような物だろうか。制御が甘いと接触してはダメな回路が接触して、挙句の果てに混ざって台無しになる。なんなら時間を掛けすぎると蒸発して消えてしまう事さえある。
それも、目に見える水や油ならまだマシだ。しかし魔力は目に見えない。目に見えない不定形の液体だか気体だか分からない物で複雑怪奇な術式を構築して奇跡を起こす技術が魔法なのだ。
当然、世界でも最高峰の専門職であり高給取りである。真に『魔法使い』と呼べる連度に達した者は職に困らない。…………樹法以外は。
魔王を討伐して世界を救ったとさせる勇者達の筆頭、剣の勇者が発言した「樹法は邪悪な系統である」宣言は、とても大きな影響力があった。
「…………俺も、頑張ればこんな事が出来たのかな」
「お前も確か、樹法持ちだったか」
「あぁ。だから白い目で見られて、今はこんな様だが……」
「もし、ちゃんとしてたら、こんな事が出来たんだな」
盗賊達は人生を後悔し始めた。中には母を呼びながら泣くものも。
「おい、気持ちは分かるが泣くの止めろよ。騒いだら殺されるって言われてるだろ」
「でもよぉ……!」
樹法はレア属性ではあるが、そこまで珍しい物では無い。特にレアな属性である刃法や霊法に比べたら、ありふれた属性の一つである。
そんな系統の先、極めていればどうなったのかをまざまざと見せられた盗賊達は、端的に言うと折れた。真の意味で心が折れたのだ。いや、自分から折ったと表現した方が正確かも知れない。
まず恐怖で叩き折られたが、甘露の如き果物が食べ放題になる魔法で本当に折れてしまった。もしこの力があれば、自分は盗賊になんてならなかったと。故郷で家族にこんな物を好きなだけ食べさせられたかも知れないと知った時点で、自分の人生に価値を見出せなくなった。
盗賊とは、基本的に食い詰めた農民がなる最終手段である。
物語では殺人そのものが好きな異常者なども散見されるが、現実でそんな事はまず無い。殺しが好きな人間の殆どはもっと相応しい人生を辿る。
普段から暴虐性を発揮して、堕ちる前に捕まって人生が終わったり、もしくはその先に後暗い組織に拾われたり、辿る人生は様々ではあるだろうが概ね在るべき形に収束する。
盗賊に堕ちた農民達が殺人に躊躇わないのは、仕事を続けた結果として心が麻痺したり、そのように振る舞わなければ心が死んでしまうからである。稀に盗賊家業が肌に合いすぎて覚醒するクズも居るのだろうが、それにしたって生活が安定してたならそもそも盗賊になって覚醒する事も無いのだ。
「…………せめて、最後は綺麗に終わりてぇよな」
「どうせ縛り首だろけどよ、旦那の手を煩わせねぇように大人しくしとくか……」
もし、もっと早くエルムと出会えてたなら、堕ちる前に魔法の頂きを見れていたなら、盗賊達はきっとマトモに生きて行けただろう。
しかし、時間は戻らないし、事実も変わらない。盗賊達は今日まで多くを殺して来たし、奪って来た。むしろ最後にこうして与えられてる分だけ相当に贅沢だと言える。
「あぁ、幸せになりたかったなぁ……」
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