系統。



 本当はキレ散らかしてエルムを殴り殺したいが、樹法による陰湿な報復が怖すぎてポーカーフェイスを維持する当主に確認したところ、どうやらお互いの認識に齟齬は無く、時分を屋敷から追い出したいのだと理解したエルムは、喜んで追放を受け入れた。


 そも、こんな茶番を用意されなくても近いうちに家から出る予定だったのだ。それが少しだけ早まったに過ぎず、なんなら当主オモチャ長男オモチャを煽れた分だけプラスだったとすら言える。


 ちなみに、樹法によるエルムの報復だが、勇者スペックは発揮せずに心底陰湿で悪質なものに留めてる。下手に能力をひけらかすと、家に縛り付けられる可能性を考慮しての事だ。


 なのでエアライドの面々はエルムの事を、少し上手く魔法を使えるクソガキ程度に思っている。それでもエルムの酷過ぎる態度が許さるのは、それだけ報復が陰湿で悪質で凄惨な物だった事の証である。


 当主が実際にどんな目に遭ったかと言えば、遅効性で凄まじい刺激臭を発する様に変化する花粉を服に仕込まれ、女性とのデートで一番ダメージがデカイタイミングで効果が出る様に調整されたせいで高級レストランの中で匂い爆弾に強制変身させられたり。


 女性との逢瀬に使う為に購入した精力剤の中身をすり替えられ、一度飲めば股間の紳士が三日三晩痒みに苦しむ樹液にされて本番直前に死ぬほど恥をかいた事や。


 樹法によって変質させた特殊な芋を料理に仕込まれ、逢い引き中にゲップと放屁が止まらなくなる変質者にジョブチェンジさせられたり。


 その他諸々、暴力による直接的な制裁、報復、躾を行うと倍返しで酷い目に遭わされた当主はもう、エルムを害する事を止めたのだ。しかし酷い目に遭った時の場面が結局下半身に由来する現場なので、誰にも相談出来ずに居る。他の面々も下半身は関係無くとも似たり寄ったり。


 特に次男は、想い合ってた令嬢との逢瀬でエルムトラップが炸裂して破局した経験がある為、エルムへの手出を本気で怖がってる。奴に手を出したら自分は一生結婚出来ないかも知れないと、割と酷いトラウマになってる。


「て言うか、アレだろ? 長男バカがどうとかって、建前だろ? 来月辺りに第二王女が視察に来るから俺が邪魔なんだろ? 別にこんな茶番用意しなくても喜んで出て行くのに、なんでこんな無駄な事したん? もしかして煽られたかったの? 罵られて喜ぶ変態なの? 流石エアライドっすわぁ」


 最後の最後まで煽り散らすエルムに、内心でブチ切れる当主は、それでもポーカーフェイスは崩さなかった。この当主は、貴族としての能力が下半身に比例してるので実は有能だったりする。


 だからこそエルムは勇者スペックを隠していたのだが。活用法を見出されて知らぬ間に手続きされ、法的にプランターからエアライドになってたりしたら悪夢である。


 散々オモチャで遊んだエルムは蹴破って壊した扉から退室後、その足で自室に向かう。肉体的にも法的にも、どうしても弱者の立場を強いられる肩書きである『子供』の時間はもう過ぎた。


 十二歳とはまだ十分に子供であるが、市井であれば既に働いて自立してる者も居るギリギリの年齢だ。


 やっと三回目の人生を始められる事になり、エルムは軽くスキップしながら部屋に戻った。


 母は既に死んでいる。父はアレなので気にする必要も無く、冷遇される立場にあるので荷物も大して持ってない。


 困った事があっても、鍛え抜かれた樹法を使えばどうにでもなる。そも、二回目の人生では村人スタートだったのだ。大した荷物なんて必要無い。


「さて、荷物は着替えと金だけあれば良いよな。あとは大抵、樹法でどうにかなるし。装備もベースと種だけ有れば良いし」


 独り言を呟きながら、革製の鞄に着替えと財布を詰め込むエルム。鞄は藤原にれだった時の記憶を頼りに作った物で、革製だが見た目はタクティカルバックパックである。エルムが子供なので大人用の大容量バックは諦めたが、それでも20Lは入る逸品だ。


 オーダーメイドなので金は掛かったが、どうせ使った金は屋敷からパクった物なのでエルムの懐は痛まない。鞄に詰めてる財布に入った金も出処は一緒だ。


 エルムに与えられた服は元々が質素な物なので、このまま市井に出ても違和感が無い。エアライド家からすると嫌がらせだったかも知れないが、エルム的には大変にグッジョブな嫌がらせだった。恐らくエルムがエアライドに感謝出来る唯一の事だろう。


 荷物の準備はすぐに終わり、次は装備品である。と言ってもコッチも大した物は無い。


 エルムは樹法と呼ばれる魔法のプロフェッショナルであり、植物を操る事にかけて世界で最高峰の人物だ。大抵の事は本当に魔法でどうにか出来てしまうので、それを補助出来る最低限の装備さえあればエルムは殆ど無敵なのだ。


 さらに今世では、前世で持っていたプリムラの樹法に加え、エルムとして産まれた事で新しく手に入れた扇法せんほう、つまり風属性の系統もある。


 残念ながら前世のエルムは完全に樹法特化型だった為、扇法の扱いに付いては素人である。だが既に頼り切れる樹法があるので、扇法に付いてはゆっくりと練習出来るので全く問題は無い。


「しっかしアレだな、せっかくのサードライフなんだから、シングルじゃなくても良いのにな」


 魔法の系統。それは個人が持つ魔力の質に由来する物で、エルムであれば樹法と扇法に系統を持つから植物と風に対して強く干渉できる魔力だと言うことだ。


 自分が持つ系統以外の魔法も、しっかりと訓練すれば使えるようになる。だが系統が一致してる属性と比べるとやはり効率が悪く、自分が持つ系統以外の魔法を極めようとする者は稀である。


 エルムは今世で二つの系統を持つ事になったので充分に恵まれてると言えるが、複数の系統を持つ者がそこまでレアなのかと問われるとそうでも無い。


 樹法その物は結構なレア属性であるが、複数の系統を持つこと自体は『ちょっと珍しい』程度の事だ。どのくらい珍しいかと言えば、二系統持ちならば百人に一人は居る。千人集めれば十人は要る計算だ。結構多い。


 しかし三系統持ちになると一万人に一人と言われ、四系統持ちは数百万人に一人である。五系統持ちまで行くと、『世界中探せば多分居る』くらいの確率になる。完全な御伽噺おとぎばなしでは無いものの、生ける伝説くらいのレア度だろう。


 だがエルムは元勇者だ。それも魔王を倒した本物の立役者であり、五系統持ちよりもレアと言える。なのに転生して得た属性はありふれた扇法が一つだけ。もし前世の記憶と属性を引き継が無かったら、扇法一つだけの一系統持ちシングルだった訳である。


 エルムとしては、転生した事に付いて『世界救ったのに裏切られて殺された補填と思えばプラマイゼロ。つまりノーカン』と考えていて、最初から極めた樹法を使えるアドバンテージも『樹法の扱い自体は前世で自分が努力した分だから転生と合わせてノーカン』と裁定してる。


 そこに『系統ガチャ』で完全無欠のノーマルである扇法シングルを引いたエルムは、ぶっちゃけると納得してない。転生と引き継ぎは謀殺と救世が相殺されてるので、転生して得る系統のみが純粋に世界を救った特典なのだ。それが扇法のシングル。エルムは大いに不満だ。


「レア属性とは言わなくても、せめてダブルくらいは欲しかったよなぁ。一つが扇法なら、燐法りんほうとかさぁ」


 燐法とは火属性の事だ。リンとは元素を表す言葉だが、鬼火や狐火を意味する文字でもある。魔法では何も無いところに火が発生する訳だから、意味合い的にもピッタリである。


 他にも水属性の泓法こうほう、土属性の型法けいほう、氷属性の仌法ひょうほう、雷属性の霆法ていほう、回復やバフ属性の霊法れいほう等々、様々な系統が存在する。


 当然、向き不向きに加えて好みもあるので、自分に合った系統を得られるかは完全に運である。ある程度は血統の管理で傾向を作る事も可能だが、それも確実とは言えない。


 ちなみに、エルムが使う樹法は現在、この世界で一番嫌われている系統だったりする。理由は剣の勇者を筆頭に六勇者の五人が流した『プリムラの裏切り』が原因であり、魔王討伐によって相応の権力を得た剣の勇者が「樹法は邪悪な系統である」等と吹聴した為である。


 逆に一番人気の系統は当然、剣の勇者が得意とした系統である。その名も刃法じんほう


 飛ぶ斬撃が撃てたり、魔力で剣を生み出したり、バリバリに戦闘特化型の系統である。と言うか戦闘以外に使い道がほぼ無い、珍しい系統でもある。日常で無理矢理使うとしたら、包丁を生み出して料理したり、ちょっと困った時にナイフを生み出せたりするくらいだろうか。


 系統としてのレア度はかなり高く、市井では十万人に一人くらいの確率だ。ただ権力者が率先して取り込みたがるので、連綿と取り込み続けた刃法持ちの血統が濃い貴族や王族では、かなり高い確率で生まれる。特に王族では、二十人に一人くらいは刃法持ちが出る。


 エルムが憎んでる剣の勇者血統も王族並みの確率なので、もし剣の勇者ブイズにそっくりの刃法使いなんかとエルムが遭遇したら、悲劇が産まれる事が予想される。


「さて、準備はこれで良し」


 エルムは自分がベースと呼んでる木製のブレスレットを右手に嵌め、植物の種がたっぷり詰まった麻袋を二つ持ち、一つは太もものポケットに、もう一つは腰紐に吊るす。


 この二つさえ有ればエルムはどこでも戦える。ベースは木製故に樹法で操れ、魔力を流せば変形や増量も可能。要するにアクセサリーを即座に武器化出来るのだ。


 種の方は何の変哲も無い草花の種を集め、それを材料にして樹法専用の触媒に改造した物である。果物から採れた種も、草花から採れた種も、総じてちょっと茶色いレモンの種子みたいな形をしていて、両手で包み込めるサイズの麻袋二つにギッチリ詰まってる。


 この種で樹法を使えば、何処どこでも即座に植物を好きに生み出せる他、種その物がある程度の魔力を練り込まれてるので、使用する魔力を節約出来る利点がある。簡単に言えば種の生成で魔力を先払いする事で、有事の際に使う魔力消費を減らしているのだ。


「よっし、行くか。十年ちょっとも暮らしたのに、出て行くのに全然名残惜しく無いな、この家。特に帰りたいと思えない家って、造りが綺麗でも最大の欠陥住宅じゃね?」


 とうとう無生物にすら煽りを入れ始めたエルムは、子供が使うにしては大容量なのに持ち物が少な過ぎてスッカスカなバックパックを背負い、部屋を出る。 


「さぁて、何して生きていこうかね」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る