本編

プリムラとエルム。



「エルム、お前を伯爵家から追放する」


「あ? そもそも俺はこの家に帰属してねぇから追放もクソもねぇだろ。もしかして自分で処理した俺の戸籍も読めないくらい耄碌もうろくしたのか? どうせ下半身は生涯現役なんだから頭も同じくらい使えやバカがよぉ」



 エルム・プランターの冒険は、盛大な煽りから始まった。


 ◆


 歴史に記される最も罪深き魔女、プリムラ・フラワーロード。


 それはこの世で最も罪深き者の名であり、かつて世界を滅ぼさんとした魔王と手を組み、世界を救うべく立ち上がった五人の勇者を裏切った死毒を操る魔女が人類に紛れる為に名乗った忌むべき名である。


 植物を自由自在に操る樹法に適性を持ち、植物由来の毒を使って戦う特記戦力として勇者の共に選ばれておきながらも、魔王との決戦に際して勇者を裏切り、その命を奪おうとした大罪人。


 その美貌だけで傾国を成すと言われる程だったが、正義に燃える勇者の前では色仕掛けも意味が無く、最後は実力行使に出て勇者に討たれたとされる。


「……………………ふぅぅぅう」


 そんな情報が羅列する古めかしい本を閉じ、エルムは疲労感が滲むため息を盛大に零した。


「なんっかいも突っ込むが、俺は男だし」


 エルムはまずそこに突っ込んだ。


 エルム・プランター。今年で十二歳になる男児であり、エアライド伯爵家に産まれた四男である。


 窓から差す陽光に照らされる髪は黒と見紛うヘーゼルカラーで、瞳の色も髪とほぼ同じ。もしとある島国で暮らして居たなら、さぞ民衆に溶け込んだのだろうと思える程に「黒髪黒目」だ。


「裏切ったのブイズのクソ野郎だし、なんなら魔王討ったの俺だし、確かに女顔にしてたけどガタイは悪くなかったから史実として女扱いされるのは物申したいし、歴史書の一種だからある程度のは仕方ないにしても『傾国』は無いだろマジで」


 しかしその正体は、何故だか生まれ変わった美貌の魔女プリムラ・フラワーロードであり、ついでに言うと惑星地球が存在する次元から転生して来た元男子高校生、藤原にれである。


 帰宅部は許されない校則だったから幽霊部員御用達の園芸部に所属し、時たま顔を出してちょっとした雑用をしては誤魔化していた何処どこにでも居る男の子だった楡は、真面目に園芸を嗜んでる部員から頼まれた買い出しの途中に事故死する。


 その後、見るからに「あ、これ進研ゼ○で見たやつだ」と口にしそうな程コッテコテな転生を果たし、平凡な村出身の魔法使いから始まり最後は六勇者の一人として選ばれる程の実力を身に付けた。


 当の楡は、せっかく転生したのに世界を壊されたら堪らんと魔王討伐に向けて勇者活動を頑張って居たのだが、あまりにも実力があり過ぎて他の勇者とは少なくない軋轢が産まれ、そのまま魔王討伐に向かってしまった。


 そして楡、もといプリムラが主体となって魔王討伐を果たす、その瞬間。プリムラを良く思わない勇者筆頭であった「剣の勇者」が奇跡的なタイミングで裏切った為に、プリムラの人生はそこで終わった。


「マジであのクソ野郎、あのタイミングはダメだろうが…………! 何回思い出しても腹が立つ……!」


 実のところ、魔王討伐に勤しむプリムラだったが、紆余曲折あって魔王とは和解してた。しかし異世界で異世界転生らしい人生を歩んでいたプリムラは戦闘狂としての性質があり、そして魔王も似たような物だった。


 魔王と性格的には和解してたプリムラだが、魔王とは存在するだけで人類とは相容れない最悪の相性だったので、どちらかが滅びるしか無かった。なので「恨みっこ無しな」と命懸けの友好を交わし、その果てにプリムラが勝利。


 そこで「楽しかったぜ。じゃ、トドメ刺すわ」とプリムラが武器を構えれば、「ふはは、どうせ最後なのだ。手痛い置き土産をくれてやろう」と魔王も友達の悪ノリみたいなテンションで悪足掻きをし、


 ──────そこで剣の勇者が裏切った。


 魔王の悪足掻きとは、プリムラに瀕死級のダメージを残せる程に強い死別の呪いだった。ただ魔王とプリムラは命懸けの殴り合いをするほど仲が良く、プリムラも呪いに対する装備や対策もあったからこそ『悪ふざけ』で済む物だった。


 プリムラも、最後の最後と言うことで、もはや親友級に仲良しな魔王が残す最後の爪痕であるし、真正面から食らって漢防御でもしようと考えていた。


 しかし、そこで剣の勇者が動く。最後の一撃は魔王討伐のMVPであるプリムラが行うのが当然であるが、その背後からあらゆる対策を無効にする魔法薬をプリムラにぶっ掛けた。


 その結果、お互い全力で殺しあってダメージも蓄積していたプリムラは魔王の呪いで死亡。魔王もプリムラがトドメを刺したので死亡。残ったのは、樹法の勇者を除く六勇者の五人だった。


 その後、世界平和の立役者を絶妙なタイミングで謀殺した勇者達は凱旋後、プリムラが魔王と通じていた人類の裏切り者であるとデタラメをでっち上げ、それが今の時代まで語り継がれて居る。


「いやホント、何回読んでもマジでクソ。ブイズの野郎、今も生きてたら五千兆回ぶっ殺してぇ…………」


 こうして、藤原楡であり、プリムラ・フラワーロードでもあった救世の勇者は三度目の転生を果たし、現在は物置小屋と見紛う程に粗末な自室で本を読んでいる。


 エルム・プランター。伯爵家の血を引く直系の四男ではあるが、粗末な部屋を見れば分かる通りの扱いを受けている。とどのつまり、公的な記録には存在しない四男である。


 どうしてそんな扱いを受けているかと言えば、エルムはめかけの子であり、下半身が緩い当主が屋敷の使用人に手を出してしまった事で産まれた子供だった。


 正妻は勿論、第二夫人や公認された愛人ですら無く、屋敷の使用人である。それも他所よその貴族家から預かった由緒正しい侍女であったなら良かった。いや、全然良くも無いのだが、まだギリギリセーフと言えた。


 しかし、人生の半分は下半身をビンビンにしてる男と名高いエアライド伯爵は、なんと屋敷の下働きに手を出した。


 下働き、つまり下男や下女である。洗濯や雑用、汚物やゴミの処理など、学や教養が無くても出来る仕事を任される完全無欠の平民であり、身分の高い貴族が後腐れ無く遊ぶ以外では絶対に手を出してはいけない相手である。


 何故なら平民の血筋から伯爵家の当主が産まれる可能性が僅かながらに発生するから。


 極端な話し、エルム以外の直系が全員死んだ場合、完全無欠の平民を母に持つ子供が当主になってしまう事態になるのだ。当然、他家から嫁入りして来た正妻達は納得出来ない。そうなると親戚筋に当たる他家から真っ当な血筋の者を養子に迎えたり等、相応の手間が掛かる上に伯爵家の直系ですら無くなる方法に頼らざるを得ない。


 軽く問題点を上げるだけでもこんな激ヤバ案件が出て来るので、高位貴族は平民と遊ぶ場合、後腐れ無い関係で終わらせるように苦心するのが普通である。少なくとも屋敷の外で遊び、もしもの場合は手切れ金を渡して終わらせる事が可能な距離感がベストとなる。


 しかし、エルムの母は下女とは言え屋敷て働く者だ。超広義的に言えば伯爵家の身内であり、屋敷の者にもハッキリと「伯爵のお手付き」と周知されてしまってる。そんな女性がみごもれば、恐らく腰蓑で暮らす原人ですら察する。あ、ヤっちまったんだなと。


 エルムの母は、平民にしては容姿が抜群に良かった。当時若かった事もあり、本来なら当主の目に付かない場所で働き、一生目に付かないまま年老いてく。そのはずだったのに、絶対に遭遇するはずも無かった当主はエルムの母を見付けてしまった。


 結果、エルムの母はほぼ無理やりに手を出され、孕まされ、子を産めば正妻や側室達に疎まれ、いびられ、遂には三年前に心を病んで衰弱死した。


 エルムとしても、三回目の人生に於ける母親などどう扱って良いか分からない存在だったが、それでも母の死に様が胸糞悪い物だと感じる心くらいはあった。


 特に、三回目の転生は記憶を思い出す過程が実にゆっくりだったので、前世の記憶が一切無い幼少の頃は普通に甘えてた時期もある。


 そんな訳で、エルムにとってエアライド伯爵は下半身が元気なだけのクソ野郎であり、一切敬う必要が無いゴミだった。


「ねぇ四男、ご当主様からのお呼び出し────」


 屋敷の書庫からパクった歴史書に憤りをぶつけ、部屋の隅に投げ捨てたエルムは、ノックも無しに入って来た侍女に向かって魔法を放った。


「いっ、ぐぅぅううう…………!?」


「ノックくらいしろよカスが。エアライドは使用人の教育も出来てねぇゴミなのは誰もが知る所だが、思春期のプライバシーをなんだと思ってんだ」


「がぁ、痒ぃいぃ……!」


 エルムが放った魔法は、前世でも大いに活用した樹法に類する物であり、効果としては四半時さんじゅっぷんほど強制的に軽いアレルギーを引き起こす花粉を浴びせる物だった。


 真っ赤に染まる自分の顔を必死に掻き毟る侍女を蹴っ飛ばし、呼び出したらしい当主の元に向かうエルム。侍女の分際で四男とは言え直系であるエルムを「ねぇ四男」などと呼ぶ相手に掛ける優しさなど、エルムは持ち合わせて居なかった。


 金だけは掛けただろう屋敷の廊下をポケットに手を入れたまま歩き、嫌な視線を寄越す使用人達を路傍の石の方がまだ価値を感じるとでも言いたげな目で見ながら当主の執務室に向かう。


 目的地に辿り着いたエルムは、ポケットから手を出す労力を面倒だと感じて扉を蹴っ飛ばして開ける。


 そしてなんやかんか有り、冒頭である。


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