第59話.二つの魂

 全員が悲嘆ひたんにくれて黙り込む。周囲には暗い空気が流れていた。


 完全にイーリスの足取りを見失ったのだ。またいちから探さなければならない。だが、次に足取あしどりをとらえた頃には、一つのタイムリミットとされていた一カ月を過ぎている。


 全員が黙ったまま、下を向いていた。


 そんな中。


「えっ?」


 リリアーナが突然顔をあげた。そして、何かを探しているように、周りを見回す。


「カティ?……カティなの?」


 リリアーナは、立ち上がり、うろうろと彷徨さまようようにしながらカテリーナを呼ぶ。だが、当然そこにはカテリーナは居ない。


「リリィ?」


「リリアーナ嬢?」


 アルフレッドとリカードが心配して声をあげる。


 カテリーナ救出の可能性がついえたことで、悲嘆ひたんにくれ、れてしまったのではないかと思ったのだ。


「カティ……どこなの?」


 二人の声が聞こえていないかのように、リリアーナはカテリーナを求め続ける。


 それを見たエミリアが立ち上がろうとした時、アルフレッドがリリアーナに駆け寄って、その身体を抱きしめた。


「リリィ……、カティは……カティは居ないんだ」


 そう言うと、アルフレッドは抱きしめる腕に力を込めた。


「違う……。カティの声が聞こえるの。アルには聞こえない?」


 リリアーナの受け答えはしっかりしていて、正気を失っているようには見えない。


「ほら、また。カティが呼んでる」


 リリアーナはそう言うが、アルフレッドにはやはりその声は聞こえなかった。アルフレッドは、ふるふると首を振る。


 だが、リリアーナの視線はカテリーナを求めるようにちゅう彷徨さまよう。


 そして、リリアーナの視線がアルフレッドの腰の辺りで止まった。


「カティの声、アルの方から聞こえる」


「あっ」


 そう言うリリアーナの視線に気づいたアルフレッドが、はっとした声をあげる。そして、腰にあるポケットから、真紅の宝石が付いたネックレスを取り出した。


「それは、封魂結晶アニマ・クリュス?」


 リカードが声をあげた。アルフレッドが首を縦に振る。アルフスにイーリスを奪われた時に偶然ぐうぜんつかみとったのだ。


「もしかして、この中にカティが居るのか?」


 にわかには信じられないが、リリアーナの反応が妄想もうそうでなければ、そうとしか考えられない。


 じっと封魂結晶アニマ・クリュスを見つめるが、しかしアルフレッドには、カテリーナの声を聞くことは出来なかった。


「カティ、そこに居るの?」


 リリアーナが、真紅の宝石に手を触れながら呼びかける。


「うん。……うん。そう」


 リリアーナ以外は、カテリーナの声は聞こえない。


 だが、リリアーナの素振そぶりを見ていると、本当にカテリーナと話をしているようにも見える。


「……うん、分かったわ。今、わるわね」


 リリアーナは、アルフレッドの手から真紅の宝石が付いたネックレスを取り上げると、自分の首につけようとする。


「リリィ、ダメだ!」


 アルフレッドは慌てて止めようとする。あの湖の遺跡でのカテリーナの豹変ひょうへんが、彼の脳裏のうりによぎった。


「大丈夫だよ。今、カティに代わるね」


 そう言ったリリアーナは、首の後ろでネックレスのチェーンをつなぐと、静かに目を閉じた。


 そして、再び目を開く。


 リリアーナの雰囲気ふんいきわずかに変わる。


 そのひとみからは、涙があふれた。


「アル君。ごめんね」


 震える声で言ったその言葉は、確かにカテリーナのものだと思えた。


「カティ…‥なのか?」


「うん」


 アルフレッドもカテリーナも、それ以上言葉が出なかった。一歩、二歩とカテリーナはアルフレッドに近づき、ぽふっとアルフレッドの胸に頭を預ける。


 アルフレッドの方は、一瞬の躊躇ためらいのあと、カテリーナを強く抱きしめた。


「ただいま。アル君」


「……おかえり」


 アルフレッドはカテリーナを抱く手に力をこめる。


「遅くなってごめん」


「ううん」


 カテリーナは、胸に顔を埋めたまま、首を横に振った。


身体からだ、取り戻せなくてごめん」


「ううん」


「必ず……必ず取り戻すから」


「うん」


 カテリーナの頬を涙が伝う。それは、かすかな嗚咽おえつとともに肩を震わせて、しばらく続いた。


 その間、アルフレッドは優しくカテリーナを抱きしめていた。


 やがて、カテリーナが顔をあげる。その目は泣きはらして真っ赤だった。


 そして、少しだけ名残惜なごりおしそうに、アルフレッドから離れると笑顔を浮かべた。


「今は、このくらいが限界みたい。お姉ちゃんに代わるね」


 そう言って、カテリーナは目を閉じた。


 再び目を開いた時には、その雰囲気ふんいきはリリアーナのものに戻っていた。


「リリィか?」


「うん」


 さすがに、幼馴染おさななじみとしていつも一緒に居たアルフレッドには、その違いは分かるらしい。


「カティは?」


「大丈夫、ここに居るわ」


 リリアーナは、赤い宝石と一緒に自分の胸に手をあてた。その目は、優しさに満ちている。


「いったい、どういう状態なんだ?」


 先ほど話していたのがカテリーナだということをはっきりと分かったうえで、それでも、信じられないとアルフレッドはたずねた。


「どう言ったらいいのかしら」


 リリアーナが少しの間、考える素振そぶりを見せる。


「私とカティ、二人でこの身体を共有しているような感じかな?」


「共有?」


「そう、主導権をカティにゆずっている時は、夢を見ているみたいな感覚ね。身体は自由に動かせないし、話すこともできない。だけど、見たり聞いたりは出来る。と言うか、カティが見聞きしたことが分かるの」


「ふーん。不思議な状態なんだな。今の主導権はリリィなんだよな?」


 リリアーナの答えに、アルフレッドは腕を組んで首を傾げる。だが、リリアーナが言うのだからそうなのだろう。


「うん、今の主導権は私にあるわ。身体はいつも通り動かせるの。でも、その間もずっとカティの存在が感じられる。ここに、確かにカティがいるの」


 リリアーナは、もう一度、胸の辺りにある真紅のネックレスに手を添える。


「身体はダメだったけど、カティの意識は……心は、魂は取り戻せたんだよ」


 リリアーナの目から一筋の涙がこぼれた。


「アル、私たちカティを取り返したよ」


 涙のあふれたその顔を、くしゃくしゃにして、リリアーナは破顔はがんした。


「……うん」


 アルフレッドも頷いて笑顔を見せた。その目にも涙が浮かんでいる。リリアーナが、アルフレッドの胸に頭を預け、アルフレッドがそれを優しく撫でる。


「一つの身体に二人の魂か。まさか、封魂結晶アニマ・クリュスにそんな効果があるとはな。イーリスも予想してなかったかもしれないな」


 ランドルフが抱き合う二人を見て、目を細めながら、そんなことを口にした。


「いや、封魂結晶アニマ・クリュスにそんな効果は無いと思うよ。たぶん、彼女達が双子だからじゃないかな。ほら、昔から双子には不思議な結びつきがあるって言うしね」


「双子の絆か。そうかもしれんな」


 リカードの言葉に、ランドルフは小さく頷いた。


 それからしばらくの間、リカードもランドルフも、黙ってアルフレッドとリリアーナを見守っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る