第58話.経緯

「イーリスは?」


 ルーファスが落ち着いたのを確認してから、リカードがアルフレッドのそばまで来た。


「あの扉の先に……」


 アルフレッドは、アミィとハウレスがイーリスを抱いて消えた扉に、視線を向けて答えた。


 それだけで察したようで、リカードは頷くと、仲間に指示を飛ばす。


「ラルフ、その扉の先を追ってくれ。ダニーとココも頼む」


 ランドルフは頷くと、ダニエルとココをともなってアミィたちが消えた扉へと入っていった。


「無理はするなよ」


 ランドルフの背中にそう声をかけると、リカードはアルフレッドの肩に手を置いた。


「遅くなってすまなかった。それに、魔族相手によく頑張ったな」


 そう言って、頭を下げる。


「いえ。そんな……。それより、どうしてこちらに?」


 リカード達は、ミズリーノ遺跡に出現した魔族の討伐とうばつに行っていたはずだ。


 そちらが片付いたら、こっちに来るようなことは言っていたが……。


「もう、ミズリーノ遺跡の魔族は片付いたんですか?」


 アルフレッドは首をかしげた。


「いや。どうやら、我々は魔族にめられたらしい」


 自嘲じちょう気味ぎみにリカードが語り始める。


「我々がミズリーノ遺跡に到着した時には、もう魔族はいなかった。確かに痕跡こんせきのようなものは残っていたが、とにかくいくら探しても魔族は見つからなかったんだ」


 いつの間にかルーファスも近くに来ていて、リリアーナと共にリカードの言葉に耳を傾けていた。


「その後も二日間、ミズリーノ湖周辺で魔族の手掛かりを探した。そこで、最後に見つけたのがこれだ」


 そう言って、リカードは一本の古びた短剣を取り出した。既に乾いているが、さやの部分には、べっとりと赤黒い血が付着している。


 アルフレッドもその短剣には見覚えがあった。


「それは、カルロスさんの……」


「そう。カルロスが親父おやじさんの形見かたみだと言って、いつも大事にしていた短剣だ。これが無造作に落ちているのを見つけた時、はじめてカルロスに疑問ぎもんを持ったんだ」


 リカードが、悲しそうな目で短剣を見つめる。


「これを落としたというのに、カルロスはまったく気にした素振そぶりを見せていなかった。今思えば、カルロスが一度魔族に捕らえられた後、戻ってきた時には既に入れ替わっていたんだろうな」


「そう……ですよね」


 アルフレッドは、魔力活性を覚えた後にカルロスに稽古けいこをつけてもらったことを思い出していた。


 あの時はもう、魔族が入れ替わっていたことになるが、まったく違和感が無かった。


 今、思い出しても、あれは本物のカルロスだったと思える。


「カルロスに化けたあの魔族が、我々の動向を他の魔族に流していたんだろうな。どうやって知ったのかは分からないが、我々がイーリスの行方ゆくえを追っていることをどこかで知ったんだろう」


「あのアルフスという魔族ですが、った相手の容姿ようし記憶きおくを手に入れる能力を持っていたそうです」


 アルフレッドが躊躇ためらいがちにそう告げると、リカードはその目に怒りをうかべて


「そうか……」


 と一言だけつぶやいた。


「魔族の目的は、十中八九じゅっちゅうはっくイーリスの身柄みがらだろうな。だから、カルロスに化けた魔族は、イーリス追跡ついせきに加わったのだろう。そして、我々の戦力を分散させるために、他の魔族たちがミズリーノ遺跡に姿を現した」


 アルフレッドは、リカードの推測すいそくに同意するように頷いた。


「我々は魔族にまんまとおびき出されたということになる。その間にイーリスは、魔族にうばわれたわけだ。すまない、アル」


 そう言って頭を下げるリカードに、アルフレッドは首を振った。


「イーリスを連れ去った魔族は、おそらくはもう逃げた後だろう」


 リカードは、奥の扉を悔しそうに見つめた。


「何度も魔導具の通信で伝えようか悩んだんだが、確信が無かったのと、カルロス抜きで話す手段が思いつかなくてな。結局、急いで駆け付けるしかなかったんだ」


 そして、リカードは悔しそうに唇を噛んだ。


 その時、奥の扉からランドルフ達が戻って来た。


「ダメだ。どこにも居ねぇ」


「奥に外へと続く通路があったから、そこから逃げられたんだと思う」


 ランドルフとココが報告する。


「そうか。ありがとう」


 予想通りとはいえ、リカードはがっくりと肩を落とした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る