第55話.セーレの能力

 セーレの姿が消えた直後、アルフレッドは背後に熱を感じた。


 慌てて振り返ろうとするが、右肩に激痛げきつうが走る。


「ぐあああぁ」


 苦痛に顔をゆがめながら、その場を離れる。アルフレッドには一瞬、何が起こったのか分からなかった。


 追撃ついげきしてくる気配から、必死にのがれながら後ろを確認すれば、そこにはセーレが剣を突き出す姿があった。


 先ほどの痛みは、右肩をセーレに刺されたのだろう。どのくらいの傷なのかは確認できないが、腕は動く。


 連射式魔銃インサニアの銃身で、セーレの剣をはじきながら、アルフレッドはセーレと距離を取って立ち上がった。


「アル!」


 リリアーナの声に、振り向かずに頷くと、セーレに連射式魔銃インサニアの銃口を向けた。


 それで、セーレの動きがにぶる。


 どうやら、連射式魔銃インサニアをかなり警戒けいかいしているようだ。


 先ほどの反応からしても、魔族にとっては剣で斬られるよりも、魔力を乱される方がダメージが大きいのかもしれない。


 なお、先ほどリリアーナが与えた腹部の傷は既にふさがっているのか、血が流れていない。


「どうやって移動した?」


 連射式魔銃インサニアの銃口を固定したまま、アルフレッドはセーレをにらみつける。


「きゃはっ。いくらかわいい坊やからの頼みでも、こればっかりは教えられないわねぇ」


「くっ」


 セーレは、アルフレッドにながを送ると、妖艶ようえんな表情でしたなめずりをした。アルフレッドは、背筋に悪寒おかんを覚え嫌な表情をする。


 先ほどのセーレの動きはアルフレッドには見えなかった。


 リリアーナの前に居たはずなのに、気付いたら背後に立たれていたのだ。空間をわたったとしか思えない。


 そんな魔法があると聞いたことがある。


 ただ、それはかなり難易度なんいどの高い魔法で、そう簡単には出来ないのではなかったか。


「アル、大丈夫なの?」


 リリアーナが走って来て、アルフレッドをかばうようにセーレとの間に立った。


「ああ、大丈夫だ」


 アルフレッドは、連射式魔銃インサニアの銃口をセーレに固定したまま、左手で器用に回復薬を取り出すと口に含んだ。それだけで、少し痛みがやわらぐ。


「さっきのあの動きって……?」


「空間を渡る能力かもしれない。もし、簡単にそれが使えるのなら、かなりやっかいだな」


 アルフレッドは眉間みけんしわを寄せる。


「突然消えたようにしか見えなかった。その後、気付いたらアルの後ろに居たの。あんなの、どうしたらいいのか分かんないよ」


 そううったえるリリアーナの声は、かすかにふるえていた。


「落ち着いて、リリィ。たとえ空間を渡ることが出来たとしても、彼女の動きが速くなったわけじゃない。だから、注意するのはセーレが消えた時だけでいいはずだ」


「消えた時どうしたらいいの?」


 リリアーナは不安げにひとみを揺らした。だが、その目はしっかりとセーレを見据みすえている。


「消えたらすぐにその場を離れる。急に死角しかくから攻撃されるのが怖いんだ。少しでも距離が取れれば、なんとか出来るかもしれない」


「うん、分かったわ」


 アルフレッドの言葉で、リリアーナの震えは止まった。そして、細剣をもう一度、かまえる。


「作戦は決まったのかしらぁ?」


 セーレは挑発するように、そう言うと自分も剣を構えた。その剣がまとう炎の勢いは、少し戻ってきている気がする。


 魔術師殺しの弾丸モルスマギによるダメージが、回復しつつあるのかもしれない。


 リリアーナとセーレがにらみ合う。


 だが、先に動いたのはアルフレッドだった。タァーンという音と共に、連射式魔銃インサニア銃身から弾丸が飛び出す。


 至近距離。しかも、セーレの注意は完全にリリアーナに向いていた。


 意識いしきそとからの攻撃。


 セーレが目を見開く。


 けられない。そうアルフレッドが確信した時、セーレの姿がき消えた。


 瞬間アルフレッドは左に、リリアーナは右に跳んだ。


 直後、アルフレッドの背後に気配が膨らむ。


 アルフレッドは背後を振り返らずに、前方へと転がった。


「ぐぅ」


 左足に熱を感じ、思わずうめき声をあげる。


「アル!」


 一回転して、振り向きながら立ち上がる。左足を浅く斬られただけだ、それほど動きに支障ししょうは無い。


 すぐにリリアーナが細剣さいけんでセーレを牽制けんせいする。


 セーレは、リリアーナの細剣を自分の剣ではじきながら、左手を前にかざした。


 そこに炎の矢が五本出現する。


 リリアーナは、警戒してセーレから距離を取った。


「これなら、どうかしら?」


 セーレは、薄く笑う。その瞬間、炎の矢が撃ちだされた。五本ともすべてリリアーナへ向かって飛来ひらいする。


 リリアーナは、それらを横にんでかわす。


 炎の矢はそのままリリアーナの後方へ飛んでいく。だが、セーレがパチンと指を鳴らすと、その炎の矢は途中でフッとき消えた。


「リリィ、動け!」


 アルフレッドが叫ぶ。


 そして、自分も大きく横にんだ。その直後、さっきまでアルフレッドが立っていた場所を炎の矢が通過する。


「魔法も移動させられるのか?」


「きゃはっ。すごい、すごい。それ、かわしちゃうんだ」


「えっ?なに?どういうこと?」


 驚愕きょうがくに目を見開くアルフレッドに、けられたのになぜか嬉しそうなセーレ。そして、何が起こったのか良く分かっていないリリアーナ。


「セーレの能力は、瞬間移動だ。そして、その対象は彼女自信だけじゃなくて、魔法にも適用される」


「それって、どういうこと?」


「魔法がどこから飛んでくるか分からないってことだ」


 アルフレッドの言葉に、セーレは嬉しそうに笑う。


「きゃはっ!正解!さあ、どんどん行くわよぉ」


 そしてセーレは、目の前に無数の炎の矢を出現させた。

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