8章 二つの魂

第54話.アルフスとセーレ

 赤毛の女性と執事風しつじふうの男が扉の奥に消えると、はじかれたように、残された全員が動き出す。


 最初に動いたのはルーファスだった。


 カルロスのかたきとばかりに、アルフスをねらう。


「おおおおおぉおおぉ」


 一瞬でアルフスとの距離をめると、短槍たんそうによる連撃れんげきでアルフスをたたみかける。それに対してアルフスは、体術だけでその攻撃をかわす。


 とても老人とは思えない動きだ。


「ほっ、おっ……。ほっ。なかなかやりおるわい」


 そう言うアルフスだが、先ほどよりも余裕がありそうだ。おそらく先ほどまでは、イーリスをかかえていたために動きが遅かったのだろう。


「じゃが、いつまでもやられっぱなしというのはしょうに合わんのぅ」


 アルフスの周りに無数の炎の球が出現した。


 ルーファスは、追撃を停止してアルフスから離れようとする。それを追って、炎の球が一斉に発射された。


「これは、少し本気を出させてもらおうかの」


 アルフスはその場で力をめる。りきむアルフスの腕が、足が、胸が、その筋肉で二倍、三倍へとふくれ上がる。


 ルーファスが、炎の球をすべてかわして、アルフスの前に立った時には、アルフスの身体は筋肉のかたまりのようになっていた。


 ――


 次に動いたのはリリアーナだ。


 赤毛の女性と、ハウレスを追って二人が消えた扉へと向かう。だが、リリアーナが扉に辿り着く前に、セーレと呼ばれた亜麻色あまいろの髪の女性が立ちふさがった。


「そこをどきなさい」


 リリアーナが、細剣さいけんをセーレに付きつける。


「きゃはっ!」


 そんなリリアーナを見て、セーレはなぜか喜色きしょくを浮かべた。


「ねぇ、アルフスぅ。この子、っちゃっていいのぉ?」


「好きにするがいい。わしらの役目は、こやつらにアミィ様の後を追わせないことだけじゃからの」


 それを聞いたセーレは嬉しそうに目を細めると、自分も剣を抜いた。その剣も細剣なのだろう。形状がリリアーナの剣に似ていた。


 しかし、そこには大きな違いがあった。


 なんと、その剣は、剣身ブレイドが燃えているのだ。魔剣のたぐいか、それとも彼女の能力なのか。


「きゃはっ。いっくわよぉ~」


 セーレは嬉しそうにリリアーナに炎の剣を向けた。その熱気ねっきにあてられリリアーナは顔をしかめる。剣身ブレイドが近づくだけでもかなりの熱を感じる。


 そんな剣がリリアーナに向かって振るわれる。


 キンッ、キン。キンッ。という金属同士がぶつかる音を響かせ、リリアーナはセーレの剣をはじく。


 セーレの剣技と身体能力は、リリアーナのそれと拮抗きっこうしていた。セーレと、リリアーナは高い金属音を響かせながら一進一退の攻防を繰り広げる。


 しかし、少しすると徐々じょじょにリリアーナの剣が精彩せいさいを欠きはじめる。セーレの炎の剣が、その熱気ねっきにより、少しずつリリアーナの体力を奪ったのだろう。


 それでも、なんとかセーレの攻撃を防いでいた。


 そんな中、アルフレッドは、どちらに加勢するか迷っていた。三人のうち唯一ゆいいつ遠距離攻撃の手段を持っているのがアルフレッドだ。


 様子を見ながら、どちらかが劣勢れっせいになったら加勢しようと思っていた。それが、どちらも同時に劣勢れっせいになりつつある。


「きゃはっ」


 セーレの奇声きせいが上がる。そのたびに、セーレの攻撃が苛烈かれつになっていく。


「ちょ、あつっ。きゃっ」


 リリアーナは後退しながら、セーレの剣を受ける。近づいただけでも、熱気で焼かれる。


 いまや、リリアーナは防戦一方だった。


「きゃはっ。さっきの威勢いせいはどうしたのぉ?」


 ギンッというにぶい金属音とともに、リリアーナの細剣さいけんがセーレの剣に大きくはじかれた。


 セーレの顔が愉悦ゆえつゆがむ。


 大きく振りかぶった剣が、リリアーナへと振り下ろされる。


 その時、タァーンという音がドーム状の部屋にひびいた。


 アルフレッドの連射式魔銃インサニアが火をき、魔術師殺しの弾丸モルスマギがセーレの身体をかすめる。


 セーレの顔が困惑こんわくの表情に染まる。そして、はじかれたように、リリアーナから距離を取った。


「ちょっと、アルフス。なによこれ?聞いてないわよ」


 先ほどまでの甘ったるい口調とは一転して、セーレはアルフスに悪態あくたいをつく。


「ほっほっほ。あの小僧こぞうの弾丸には、魔封石マキナタイトが使われているからの。わしらにとっては天敵てんてきじゃろうて。気をつけた方がいいかもしれんのぅ」


 筋肉のかたまりと化したアルフスは、その巨体きょたいに似つかわしくないスピードで、ルーファスの攻撃をさばきながら、楽しそうにセーレの方を見た。


「知ってたなら、先に言いなさいよ!」


 そう言うセーレだが、余裕よゆうが無い。


 剣身ブレイドからはっしていた炎が、今ではかなり弱まっていた。魔術師殺しの弾丸モルスマギの影響が出ているのだろう。


 どうやら、あの炎は魔剣ではなくセーレの能力だったらしい。


 その隙をリリアーナが見逃すはずはなく、たたみかけるように細剣での連撃を放つ。


 セーレの方は、その動きも精彩を欠いているようで、なんとか避けようとしているものの、全ては避けきれないでいた。


 致命傷こそ避けているが、リリアーナの細剣がときどき彼女の肌を切り裂く。


 アルフレッドも、もう一度セーレに狙いを定めると、連射式魔銃インサニアの引き金を引いた。


 タァーンという音と共に、魔封石マキナタイトの弾丸がセーレに向かう。


 セーレは、身体をひねって弾丸をかわした。だが、そのせいでリリアーナへの対応が遅れる。


 リリアーナの細剣が、セーレの腹部ふくぶを深くえぐった。


 鮮血せんけつが飛び散る。


 やった。そうリリアーナは思った。セーレに致命傷ちめいしょうを与えたと。だが、セーレは腹部の傷はそれほど気にした風でも無かった。


「もう、忌々いまいましいわね」


 セーレがうんざりした表情をした後、その姿は陽炎かげろうのように揺らぐと、ふっとき消えた。

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