第53話.援軍

「アル、大丈夫か?」


「アル、カティは?」


 その時、アルフレッドの後方からルーファスとリリアーナが現れた。ルーファスの服は血で染まっているが、その足取あしどりはしっかりしている。


 おそらく回復薬が効いたのだろう。ただ、血を流し過ぎたのか、少し顔色が悪い。


「ルーファスさんこそ、もう動いて大丈夫なんですか?」


「まあ、なんとかね」


 そう苦笑くしょうするルーファスは、やはりまだ回復しきっていないのだろう。


「それより、どういう状況?」


「やつはアルフスという名の魔族です。カルロスさんを殺して、ずっと彼に成り変わっていたようです」


「そうか……カルロスが……」


 ルーファスは一瞬だけ天をあおぎ遠い目をしたが、すぐにアルフスに視線を戻した。


「それで、やつの目的は?」


「分かりません」


「そうか、まあいい。とにかく、カルロスのかたきつ。カテリーナさん救出は、それからだ」


 いつも冷静なルーファスからは、考えられないほどの怒気どきを感じた。


 口調こそ冷静さをよそっているが、言葉や表情の端々はしばしには、カルロスを失ったことに対する怒りがにじみ出ていた。


「僕が突っ込むから、アルとリリアーナさんは援護を」


 ルーファスは短槍たんそうを構えると、アルフレッドとリリアーナの返事も待たずに、アルフスへと突貫とっかんする。


 そのスピードは、今まで見た彼の動きの中でも、ぐんいて早い。一瞬で、アルフスとの距離を詰めると、超高速ちょうこうそくの突きを放つ。


 風のように早いその一撃は、アルフスの回避かいひえて彼の腕をえぐった。


 アルフスの腕がけ血がき出す。


 アルフスは大きく後ろに飛びすさった。だが、ルーファスの攻撃は止まらない。アルフスを追いながら、腕を伸ばして短槍でアルフスの足をはらう。


 槍の穂先がわずかに届き、アルフスの足を浅く斬る。致命傷にはほど遠いが、確実にダメージをみ重ねる。


 さらに追い打ちをかけようとしたところで、ルーファスの前に数本の炎の矢が出現する。反射的はんしゃてきに後ろに飛びすさるルーファスを追うように炎の矢が放たれる。


 その隙に距離を取ろうとしたアルフスの背後に、リリアーナが回り込む。同時にアルフレッドが、連射式魔銃インサニアの引き金を引いた。


 弾丸だんがんを丁寧にかわしたアルフスは、後ろから回り込むリリアーナの連撃れんげきに対し、イーリスの身体を盾にした。


 リリアーナの攻撃が鈍る。


 気絶しているイーリス、いやカテリーナの身体を傷つけるわけにはいかない。リリアーナが躊躇ためらっている隙に距離をとるアルフス。その口が笑みの形にゆがんだ。


「やっと来おったわい」


 その時、ルーファス、アルフレッド、リリアーナの三人が、同時にゾクリと背筋せすじ寒気さむけを感じた。


 それは、圧倒的あっとうてきな気配。


 本能がうったえる恐怖。


 その直後、螺旋階段へと続く扉から何者かが現れた。


 現れたのは三人。最初の一人は、一対の赤黒あかぐろい羽を背中にやした妖艶ようえんな女性で、黒を基調とした細身のドレスを身につけている。


 雪のように真っ白な肌が、そのドレスにえる。


 だが、それらをおいても、彼女の最大の特徴は、燃えるような美しい赤い髪だろう。背中の羽にまでかかる、その長い赤毛は本物の炎のようにれて、赤い輝きを放っていた。


 一目見ただけで、その赤毛の女が魔族だと分かる。


 ルーファス達三人が感じた圧倒的な気配と恐怖の出どころは、間違いなくこの赤毛の女だった。


 二人目は、執事しつじの様な燕尾服えんびふくを着こなした壮年そうねんの男性だった。オールバックのように後ろにでつけたロマンスグレーの髪が、執事風の印象に拍車はくしゃをかけている。


 赤髪の女性にはおとるものの、かなりの存在感を放っている。


 この男も、間違いなく魔族だろう。


 三人目は、亜麻色あまいろの髪に、整った顔立ちをした美しい女性だった。スレンダーな体にフィットして、身体の線を強調した真紅しんくのドレスが、彼女の美しさをより際立きわだたせている。


 だが、赤髪の女性の妖艶な美しさと存在感の前では、その女性の美しさもかすんで見える。


 アルフスは、赤髪の女性の前に進み出ると、だまって深々と頭を下げた。


「イーリスというのは?」


 赤毛の女性はアルフスを一瞥いちべつする。まるで、周囲にいるアルフレッド達が目に入っていないようだ。


 それでも、アルフレッド達は動けない。


「こちらにございます」


 アルフスは、肩に担いだイーリスをそっと床に降ろすと、もう一度頭を下げた。


「そう……。よくやった」


 ねぎらいとも言えないような、感情のこもっていないその言葉に、しかしアルフスはうやうやしく頭を下げた。


「ハウレス、彼女を頼む。丁重に扱え」


「はっ」


 ハウレスと呼ばれたのは執事風の男だ。彼は、イーリスの背中と膝裏に腕を回して抱き上げた。いわゆるお姫様抱ひめさまだっこの形だ。


「アルフス、セーレ。ここは任せた。できるだけ時間を稼げ」


 それだけを言うと、赤髪の女性は入って来た扉ではなく、イーリスが居た方。奥の扉に向かった。ハウレスがイーリスを抱いたままそれに従う。


「動け……動け、動け」


 アルフレッド達は、赤髪の女性の存在感に飲まれて、まだ動けないでいた。


 今、動いたら殺されるかもしれない。そんなイメージが三人の脳裏によぎる。


 それでも、今、このまま見送ったら、二度とカテリーナの身体を取り戻せないような気がした。


 アルフレッドは、なんとか連射式魔銃インサニアの銃口を赤髪の女性に向けると引き金を引く。


 タァーンという音だけが、静まりかえったドーム状の部屋全体に響き渡る。


 魔術師殺しの弾丸モルスマギは、まっすぐに赤髪の女性へと向かっていった。


 赤髪の女性は、向かってくる魔術師殺しの弾丸モルスマギに向けて、手のひらをかざした。それは、ひどくゆっくりな動作どうさに見えたのだが、弾丸が届く前に、その右手は弾丸をつかむような形でかざされていた。


 そして、たったそれだけの動作にも関わらず、魔術師殺しの弾丸モルスマギは赤髪の女性に届くことなく、空中でジュッと音を立てると溶けて消えてしまった。


「……!?」


 アルフレッドには何が起きたか分からなかった。先ほどは、一瞬だけ赤毛の女の姿が陽炎かげろうのように揺らいで見えた気がする。


 熱?


 そうだとしても、金属の弾丸を空中で溶かすなど、どれだけの熱量が必要なのだろう。アルフレッドには想像もつかなかった。


 赤毛の女性は、アルフレッドに一瞥いちべつをくれただけで、奥の扉の中へと来てていく。イーリスを抱いたハウレスも赤毛の女性に続いた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 ここまで読んで頂きありがとうございます。

 

 第七章、終了です。

 ようやくイーリスを捕まえられるというところで

 魔族に奪われてしまいました。

 次の章で、ひと段落つく予定です。


 アル、リリィ頑張れ!

 カルロスかわいそう!

 魔族が憎い!

 と思ってくださいましたら、

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◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

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