第50話.操り人形の鎖

 イーリスの魔法が苛烈かれつさを増す。


 無数の炎の球が宙を舞い、炎によって自らの幻影げんえいを造り出し、炎の大蛇が襲いかかる。


 炎の球は避けるしかなかったが、幻影と炎の大蛇に対しては魔術師殺しの弾丸モルスマギが大いに活躍した。


 どちらも魔力が造り出したものなだけに、魔封石マキナタイトの魔力を乱す性質せいしつは、これらの魔法の天敵てんてきらしく、まさに魔術師殺しの弾丸モルスマギの名にふさわしい。


「まったく、鬱陶うっとうしいわね」


 そう言って、イーリスは炎の球をアルフレッドに集中させる。


 いくら魔術師殺しの弾丸モルスマギが、魔力を乱すと言っても、的が小さい上に数も多いこの炎の球だけはどうにも出来なかった。


 絶えず動きながら、アルフレッドは炎の球をかわしていく。アルフレッドの後ろでは当たり損ねた炎の球が床や壁にぶつかって爆発していく。


 それでも、走りながら連射式魔銃インサニアでイーリスを狙っていく。だが、やはりダメだった。どんな角度からでも、イーリスの注意がれている時でも、必ずあの魔力障壁にはばまれてしまう。


「ちょくせつ狙ってダメならこれでどうだ?」


 アルフレッドは、イーリスの右にあった金属で出来たたなねらって引き金を引いた。


 魔術師殺しの弾丸モルスマギは棚に当たって跳ね返り、イーリスに横から迫る。完全に、イーリスの視界からは外れている。意識の外からの攻撃。


 だが、あっけなく魔力障壁に阻まれてしまった。


跳弾ちょうだんを利用するとは、考えたわね。でも、妖精達の祝福フェアリーズブレスの前では無意味よ。その名の通り、私が意識しなくても妖精が守ってくれるの」


 本当に妖精が守っているのかは分からないが、イーリスの周りを自由に飛び回る十数個の小さな光は、本物の妖精のようにも思えてくる。


 どう見ても、イーリスの意識とは関係なく動いているように見えるのだ。


「この魔導具、身を守るという意味では、私が造った魔導具の中でも最高傑作さいこうけっさくのうちの一つなの。そう簡単に、この障壁は抜けないわよ」


 ずいぶんな自信なのだろう。イーリスは余裕の表情を浮かべる。


 それでも、アルフレッドの心はまだ折れない。


「必ず、カティは返してもらう」


 タァーン!


 今度は、イーリスの周りに浮いている光を狙って発砲はっぽうした。により強化された視力のおかげで、アルフレッドの狙いはかなり正確だ。


 魔術師殺しの弾丸モルスマギは、まっすぐに、その浮遊する小さな光に当たるかと思われた。


 だが、当たる直前にその光の球はすぅっと動いて、弾丸を避ける。


 しかも、魔力障壁も張られ、結局魔術師殺しの弾丸モルスマギは、その魔力障壁へとめり込むだけに終わった。


「なっ」


 小さな光の球に、あっけなく躱されたことにアルフレッドは驚いた。


 本当に生きているように動いたのだ。


「くそっ、どうすればいいんだ?」


 アルフレッドは悔しそうに呟いた。その目は、不安ふあんげに揺れる。


「アル、しっかりして」


 そんなアルフレッドを叱咤しったしながら前に出たのは、リリアーナだった。


「アルがあきらめめたら、カティは取り戻せないよ」


 そう言いながら、イーリスに細剣さいけんを繰り出す。そのスピードは以前の比ではない。もともとスピード重視の剣技に、による身体強化フィジカルエンハンスにより、かなりのものになっている。


 単純なスピードだけなら、アルフレッドのそれを軽く上回り、ルーファスにも引けを取らない。


 そのスピードから繰り出される連撃れんげきは、イーリスの身体能力をもってしてもさばききれるものではない。


 だが、それでもイーリスに届きそうな攻撃は、妖精達の祝福フェアリーズブレスによって、すべてふせがれてしまう。


 ガラスのような光の障壁が輝くたびに、リリアーナの細剣は、はじかれてしまう。


「もう、障壁が邪魔じゃま!」


 リリアーナが悪態をつきながら、連続して突きを放つ。だが、そのことごとくが、光の障壁にはじかれた。


 その時、イーリスの表情が、悲し気に曇った。


「もうやめて、おねえちゃん」


 その声に、リリアーナの剣が、そして動きが鈍る。ほんの一瞬、一拍にも満たないわずかな時間だったが、リリアーナの剣に迷いが生じた。


 イーリスが口が笑みの形にゆがみ、左手が動いた。


 その手首には、黒く変色した銀のブレスレットが付けられていて、そこからは、細いチェーン幾本いくほんかぶら下がっていた。


 そのチェーンが、生き物のようにリリアーナに向かって伸びる。


 それは、一瞬の隙をついてリリアーナの手足に巻き付いた。


「何、これ……?」


 リリアーナはあせって鎖から逃れようとするが、なぜか手足が動かない。


「ふふふ。動けないでしょう?おねえちゃん」


 そう言って、イーリスは左手をかかげて見せた。左手にある銀のブレスレットからは、細いチェーンが伸びており、そのうちの4本がリリアーナの両手両足に、それぞれつながっている。


「これは操り人形の鎖チェーン オブ マリオネットって言う魔導具なんだけど、相手を拘束こうそくするだけじゃなくて、操ることが出来るの。ほら、こんなふうに」


 イーリスが意地の悪そうな笑みを浮かべる。


 その直後、リリアーナはイーリスに背を向け、アルフレッドに向かうと細剣を構えた。


「ちょ、どうなってるのよ、これ」


 リリアーナが慌てた声を出すが、身体は思うように動かせない。そのまま、アルフレッドに対して、細剣を突き出した。


「アル、避けて!!」


 それだけ言うのが精一杯だった。


 アルフレッドも何が起きているのか分からなかったが、かろうじて連射式魔銃インサニアの銃身でリリアーナの細剣さいけんをはじいた。

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