第40話.イーリスの隠れ家

 アルフレッド達は、フォートミズを出発した六日後に、イーリスの隠れ家と思われる場所に到着した。


 カテリーナが封魂結晶アニマ・クリュス犠牲ぎせいになって、23日目となる。約3週間が経過していた。


 レチェの街から、けわしい山道を歩くこと丸一日。


 かなり険しい山道だと聞いていたので、シルワとフロースをはじめとする馬たちはレチェの街に預けて来た。


 街からイーリスの隠れ家がある付近までは、リカードの手の者が案内してくれた。その人は、フランツと名乗る30歳前後の痩せた男性で、気さくな性格の持ち主だった。


 彼は道中どうちゅう、アルフレッドにいろいろな話をしてくれた。


「もう少しで到着します。ここからは静かに行きましょう」


 フランツは振り返ると、口元くちもとに人差し指を立ててからそう言った。そして、一行いっこうはフランツを先頭に、切り立った崖にはさまれた渓谷けいこくに足を踏み入れる。


 その渓谷は、以前は水が流れていたのだろうが、今はれていた。


 やわらかい砂地に水が流れていたような跡が残っているだけだ。もしかしたら、地下に水脈があるかもしれないが、砂は完全に乾いていた。


 左右の崖は、高さ数メートルにも及び、とても長い年月をかけて、硬い岩石が水で削られて来たことを物語っていた。


 き出しの灰色の岩石に、ところどころ草や木が根を張り、灰色と緑の見事なコントラストを演出している。


 しばらく進むと、岩陰いわかげに隠れて様子をうかがっている人影が見えてきた。


「あそこに見えるのは我々の仲間です。ああして、ずっと出入り口を見張っていたのですが、ここ一週間イーリスも含め、人の出入りはありませんでした」


 ほどなくして、アルフレッド達も見張りのいる岩陰に到着する。


「異常は?」


「ありません。ずっと見てましたが、誰の出入もありませんでした」


 そうであれば、他に出入り口が無い限り、イーリスはまだ中に居るということだ。


 アルフレッドは、入り口を探して、見張りが見ていた辺りに目を向けるが、それらしいものは見つけられなかった。


「入り口というのは、どこにあるのでしょう?」


 ルーファスも同じことを思ったのだろう。フランツに尋ねていた。


巧妙こうみょうに隠されていて、ここからでは分かりません。我々も、実際にイーリスが入っていくところを見なければ分からなかったと思います」


 道中にフランツから聞いた話によれば、カールフェルトの街で再びイーリスを発見した彼らは、そこからずっと尾行していたらしい。


 そのおかげで、この場所を発見出来たのだ。


「それでは、ご案内します。ついてきてください」


 フランツはそう言うと、反対側の崖を登り始めた。切り立った崖と言っても、完全な垂直ではないし、手や脚をかけるところがないほど、たいらでもない。


 難なく崖の中腹まで登ったフランツを追って、ルーファス、カルロス、アルフレッド、リリアーナの順で崖を登る。


 その崖の中腹には、人ひとりが通れるくらいのくぼみできていて、それが数メートルにわたって続いている。


 ちょっと見ただけでは、自然に出来たくぼみにしか見えないが、よく見るとその辺りだけ岩壁や地面が滑らかで人の手が入っているようにも見える。


 だが、アルフレッド達には入り口らしきものは見つけられなかった。


「こちらです」


 フランツがした場所は、何の変哲へんてつもない岩壁に見える。


 しかし、じっくりと観察してみると、確かに、ちょうど扉の形にも似た長方形の切れ込みのようなものがあった。


「入り口の開け方は我々にも分かりません。というより、試していません。もし開いてしまったらイーリスに見つかってしまうかもしれませんから」


 確かにそれが正解だとアルフレッドは思った。


 フランツ達は、戦いに関しては素人らしい。そんな彼らがもし見つかったら、それだけで危険だし、尾行がばれれば今度こそ逃げられてしまうかもしれない。


 だから、ここを見張っていただけなんだろう。


「ちょっと僕に見せてもらってもいいですか?」


 そう言いながらアルフレッドが入り口の前に出た。そして、入り口と思われる岩壁を手のひらでペタペタと触っていく。


「ここかな?」


 アルフレッドは、そう言いながら岩壁の右の方を手のひらで触れた。すると、岩壁にある長方形の切れ込み部分が、音も無く奥へと数センチへこんだ後に、すっと左へスライドした。


「おっ、開いた!?」


「すごいね。アル。どうやったの?」


 ルーファスが感心して、アルフレッドの手元をのぞき込んだ。当のアルフレッドも驚いているが、実はある程度自信があった。ミズリーノ遺跡、あの湖の底にあった屋敷と同じ方法でひらいたのだ。


 イーリスの隠れ家なのだから同じである可能性は高いと思っていた。


「扉に触れて、魔力を流しただけですよ」


 アルフレッドは、時間経過により自動で閉じた扉の右端のあたりを指差ゆびさした。


「どうして、この程度で開くかは分からないんですけどね。今のイーリスはカティの身体を使っていますから、物理的なかぎや、特定の人の魔力だと不都合ふつごうだったのかもしれません」


「それは、今の状況を見越したうえでイーリスが用意していたってことだね」


 ルーファスが考え込むようにそう言うと、アルフレッドも真剣な表情で深く頷いた。


「しかし、よく見つけたね。アル」


「たまたまですよ」


 そう謙遜けんそんするアルフレッドだが、旧魔法文明時代に、微弱びじゃくな魔力を流すだけで自動で開く扉の魔導具が存在していたというのは、古い文献ぶんけんで読んだことがあったのだ。


 それを知っていたからこそ、開けられたので、たまたまというわけでもなかった。

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