6章 イーリスの隠れ家

第38話.イーリスの所在

 あれから三日。


 アルフレッドは、今日も闘技場で、ルーファスとカルロスの二人に稽古をつけてもらっていた。


 この三日間で、アルフレッドの動きは見違みちがえるほどよくなっている。


 今では、ルーファスとカルロスのどちらを相手にしても、そこそこいい勝負が出来るようになっていた。


 二人とも、手加減しているわけではなく、かなり本気だ。そのうえで、いい勝負になるということは、アルフレッドがかなり腕を上げたと言っていいだろう。


 以前も稽古けいこをつけてもらったことはあったが、その時は、おもいっきり手加減されていた。そして、それほど手加減されていたにもかかわらず、軽くあしらわれていたのだ。


 それと比較すれば、驚くほどの成長だった。


 リカードが闘技場へと入ってきた時も、アルフレッドは、ルーファスとカルロスの二人を相手に立ち合い稽古をしていた。


 同時に二人を相手にしているにも関わらず、それなりに動けているアルフレッドを見ると、リカードは相好そうごうを崩した。


「やあ、たった3日で、ずいぶんと見違みちがえたね」


 リカードに気付いた三人は、稽古けいこの手を止めた。


「はい。二人のおかげでにも、だいぶ慣れてきました」


「うんうん。そうみたいだね。その調子なら大丈夫かな」


 リカードは、満足そうに頷いた。そして、おもむろにアルフレッドに近づくと、彼の身体からだ念入ねんいりに観察しはじめる。


 不躾ぶしつけにじろじろと観察するリカードに、アルフレッドは少しだけ居心地いごこちの悪さを感じた。


 しかし、そんなことは気にせずに観察を続けるリカード。そして、一通り観察して満足したのか、彼は顔をあげた。


「うん。問題無さそうだね」


 リカードが何を見て、そう言っているのかアルフレッドには分からなかった。だが、リカードはそんなことはお構いなしに話を続ける。


「そう言えば、一つ言い忘れていたんだけど。のことは、むやみに人に教えないで欲しい。いいかい?」


「はい。もちろんです」


 そう答えてから、アルフレッドは遠慮がちに聞き返した。


「でも、僕なんかが教えて頂いて良かったのでしょうか?」


「ん?何がだい?」


 何のことか分からないといったように、リカードは首を傾げる。


は、大事な秘密だったのではないのですか?」


 アルフレッドがそう言うと、リカードは得心がいったように顔をほころばせた。


「あはははは。大丈夫だよ。ちょっと予定より早くなっちゃったけど、アルにはいずれ教えるつもりでいたからね」


 リカードは、軽い感じで笑い飛ばした。


 一方のアルフレッドは違った。大事なことを教えてもらったという恐縮きょうしゅくした気持ちと、それだけ信頼されているという嬉しい気持ちがないまぜになって、少し複雑な表情を浮かべていた。


 そんな気持ちにひたっている暇も無く、リカードの話は続く。


「話は変わるけど、アル待たせたね」


 それまでの、和やかな雰囲気から一転して、リカードの表情が真剣なものに変わる。


「イーリスの所在しょざいが判明したよ」


「本当ですか?」


 アルフレッドは息を飲みリカードの次の言葉を待った。


 ルーファスは、落ち着いた雰囲気で腕を組んでいるが、カルロスの方は、リカードに詰め寄らんばかりに、二歩ほどリカードに近づく。


「レチェから南へ1日ほど歩いた山の中、そこにイーリスの隠れ家のような場所があるらしい」


 レチェは、フォートミズからは北東の方角にある小さな街だ。


 ジリンガムからさらに北に進むと、カールフェルトという大きな街がある。その街の北を流れるスクリヴィア川を3日ほど上流へと歩くとレチェの街につく。


 ここ、フォートミズからは、徒歩で9日。馬で飛ばしても4、5日はかかる距離だった。


「今は尾行に長けた者が何人かで見張っているけど、少なくても1日以上は、そこから動いた気配は無いらしい。これは、僕の予想だけど、イーリスはしばらくそこを動かないんじゃないかと思う」


 アルフレッドとリリアーナが数日前にイーリスに敗れた後も、リカードはちゃんとイーリスの足跡そくせきを追ってくれていたらしい。


「だから、明日の朝には出発するつもりだ。三人とも準備しておいてくれ」


「「「はい」」」


 三人は声をそろえて返事をした。


「それから、アル。リリアーナ嬢にも伝えておいてくれるかい?」


「それは、リリィも連れて行っていいということでしょうか?」


「まあ、ダメだと言っても聞かないだろうし、仕方しかたないかな。それに、もそれなりには使えるようになったと、エミリアからは聞いている。今回はアルと二人だけってわけでもないから、前回みたいなことにはならないと思うよ」


 ありがとうございますと、アルフレッドはリカードに頭を下げた。


「それはそうと、から何日になる?」


「今日で17日目になります」


 リカードが言うとは、恐らくカテリーナが失踪した事件のことだろう。イーリスに身体を乗っ取られて行方を眩ませてから、今日で17日になる。


「そうか。現地までには5日くらいかかるから、着く頃には3週間経過といったところか。ギリギリだね」


 アルフレッドは、大きく頷いた。


 はっきりとは分からないが、イーリスに完全に乗っ取られるまでのタイムリミットは1カ月だと思っている。もう、すぐそこまで、そのタイムリミットは迫っていた。

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