第37話.立ち合い稽古

 リカードに連れて来られたのは、邸宅ていたく隣接りんせつされた訓練場だった。


 騎士団の詰所つめしょも兼用しているその訓練場は、侯爵家の邸宅よりも、かなり敷地は広い。今も、多くの騎士がそこで訓練を行っている。


 そんな騎士たちの訓練を横目に見ながら、アルフレッド達はさらに奥へと進む。目的地は、決闘や立ち合い稽古なんかを行うのに使われる闘技場のような形をした場所だった。


 そこのすみの方には既に、ルーファスとカルロスの姿が見える。


 アルフレッドは、カルロスの姿を見ると彼の元に走り寄って、その手を取った。


「カルロスさん、もう大丈夫なんですか?魔族にやられたって聞いた時は、もう心配で心配で。よくごぞ無事で……。本当によかったです」


「心配かけちまったみたいだな。俺も魔族に捕まった時は、もうダメかと思ったよ」


「魔族に捕まったんですか?」


「ああ、ジャンを逃したまでは良かったんだが、アミィとか言う炎を操る魔族に手も足も出なくてな。あっけなく捕まっちまった」


 そう言って、カルロスは少しくさそうに視線を外す。


「それでも、生きて帰って来たんです。本当によかった」


「まあ、結局のところ、リカード様に助けて頂いたんだがな。魔族は、イーリスの魔導具に興味があったみたいで、魔導具をどこに持って行ったのかと、さんざん聞かれたよ。それ以外は興味が無かったのか、殺されずに放置されたのは幸いだったな」


「イーリスの魔導具ですか。いったい、魔族はどんな目的で何の魔導具を探していたんでしょうか?」


 おそらく、イーリスの魔導具の中でも、特定の何かが目的だったのだろう。だが、その時は既にほとんどの魔導具がリカードの元に運び込まれた後だったはずだ。


「わかんねぇ。聞こうとしたが、ほとんど相手にゃされなかったからな」


「何はともあれ、ご無事で何よりです」


 アルフレッドが嬉しそうに言うと、カルロスも白い歯を見せて笑った。


「それは、そうと。アル、稽古をつけてほしいそうじゃねぇか?」


「あ、はい。リカード様からを教えてもらって。それに慣れるために相手をして頂けると助かります」


「おう、そうか。そういうことなら任せておけ」


 そこへリカードとオズワルトが到着した。


「アルは、が出来るようになったばかりだからね。それに、身体が慣れてないんだ。最初はカルロスとルーファスからは手を出さないでやろうか」


「「わかりました」」


 リカードの言葉に、ルーファスとカルロスが同時に返事を返した。


「最初は俺が相手になろう」


 カルロスは、そう言うと訓練用の木剣ぼっけんを2本、手に取ると、そのうち1本をアルフレッドに投げて渡す。


「リカード様の言いつけ通り、こっちからは手を出さねぇから、好きにかかってきていいぞ」


 カルロスとアルフレッドは、闘技場の中央まで行くと向かい合って対峙たいじする。


「行きます」


 アルフレッドは短くそう言うと、カルロスとの距離を一気にめて、木剣ぼっけんを振り下ろした。


 まだ自分の成長に慣れないアルフレッドは、少しバランスを崩しながらも、なんとか木剣をカルロスの肩口から袈裟斬りに振り下ろす。


 それに対してカルロスは、危なげなく身体を少し捻るだけで躱した。勢い余ったアルフレッドが盛大に地面にす。


「その程度じゃあ、木剣で受けるまでもねぇな。せめて、俺に木剣を使わせるくらいまでにはならなきゃな」


 その後も、アルフレッドは木剣を振り回す。


 少しずつバランスを崩すことは減っていったが、それでもなかなか身体を制御できない。バランスを崩さないように気をつければ、全力を出すことが出来ないし、全力を出せば、自分の力に振り回されてしまう。


 途中で、相手がカルロスからルーファスに変わっても同じだった。短槍の代わりに、同じくらいの長さの棒を構えているルーファスだが、その棒を使うことなく、アルフレッドの攻撃はかわされてしまう。


 リカードは、しばらくの間、アルフレッドの様子を見ていたが、いつのまにか姿を消していた。


 その後も休憩を挟みながら、カルロスとルーファスが交代でアルフレッドの相手をしていく。


 そして、それは太陽が西に傾くころまで続いた。


 その頃には、アルフレッドの動きは格段に良くなっていた。もうバランスを大きく崩すことも無く、全力に近い動きが出来るようになっていた。


 何よりの進歩は、カルロスが数回に一回、アルフレッドの攻撃をかわしきれず、その木剣で受けざるを得なくなっていたことだ。


 それはルーファスも同じで、短槍をした棒で、ときどきアルフレッドの木剣をはじいている。


「なかなかいい動きになって来たね」


 いつのまに戻って来たのか、リカードが嬉しそうに目を細めながら、アルフレッドの動きを見ていた。


「そろそろ一度、本気で立ち会ってみようか。最初はカルロスからかな」


 リカードの言葉に従って、カルロスとアルフレッドは闘技場の中央で対峙した。お互いに木剣を正眼せいがんかまえる。


 先に仕掛しかけたのはカルロスだった。


 速い。


 一瞬で、間合いをめると上段からの袈裟斬けさぎりを見舞みまう。それに対してアルフレッドは一歩引きながら、自分の木剣を合わせる。


 だが、カルロスのそれはフェイントだった。


 袈裟斬りは途中で起動を変え、横薙よこなぎの一閃となる。だが、アルフレッドも何とかついていき、カルロスの攻撃をかろうじて木剣で防いだ。


 そこからは、カルロスの連撃が続く。


 突きから、袈裟そして逆袈裟斬りと続き、フェイントも入れながらアルフレッドを追い詰めていく。


 アルフレッドの方は防戦一方になりながらも、かろうじて、それらを木剣で防いでいた。


 カンッ、カン、カン、カンッという木剣同士がぶつかる乾いた音が、連続して闘技場に響く。


 何度目かの剣撃のとき、カルロスがわずかに体勢を崩したように。アルフレッドは、それを見逃さずに反撃に出る。


 だが、アルフレッドの木剣は空を切ってしまった。


 カルロスの誘いに乗ってしまった。そう思った時には、カルロスの木剣がアルフレッドの首に当てられていた。


「参りました。ありがとうございます」


 アルフレッドは剣をおろして、カルロスに頭を下げる。カルロスも木剣をおろすと、歯を見せて笑った。


「なかなかいい動きをするようになったじゃねぇか。もう少し慣れたら、いい勝負になるかもしれないな」


「そうだといいのですが」


 そう言うアルフレッドだったが、ある程度の手ごたえを感じていた。このまま鍛錬を続ければ、もっと動けるようになれると確信していた。


 それに、を覚える前と比較すれば、確実にカルロスの動きも見えるようになったし、その動きにもついていけるようになったと思う。


 確実に強くなっていると実感できた。


 その後、ルーファスにも本気の立ち合い稽古をつけてもらった。短槍を模した棒のリーチに始終しじゅう苦しめられたが、それでも以前よりは手応えを感じることが出来た。


「うん。だいぶよくなったね」


 リカードはアルフレッドとルーファスの稽古を見届けると、嬉しそうに相好そうごうを崩した。


「明日からも、空いている時間があれば、アルの相手をしてやってくれるかい?」


 アルフレッドのこの依頼に、ルーファスとカルロスは快く応じてくれた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 ここまで読んで頂きありがとうございます。

 

 第五章、終了です。

 アルもけっこう強くなりました。

 六章からは、またイーリスが出てきます。


 アル、リリィ頑張れ!

 ルーファスとカルロスも好き!

 他の魔導具も気になる!

 と思ってくださいましたら、

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◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

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