第36話.インサニアとモルスマギ

 机の上に革袋が置かれる。そこそこな重量じゅうりょうがあるのか、その革袋はドサッという音を立てた。


 リカードは、革袋に手を突っ込むと、そこから一丁いっちょう魔銃まじゅうを取り出す。それは、アルフレッドが持っている単発式魔銃アルプトラムよりも二回ふたまわりくらい小型だった。


「これは?」


 アルフレッドが聞くと、リカードは嬉しそうに白い歯を見せる。


「対イーリス向けにロズウェルと開発した新しい武器、連射式魔銃インサニアだ。古い言葉で狂気っていう意味なんだけど、単発式魔銃アルプトラムと違って、連射が出来る」


 アルフレッドは連射式魔銃インサニアをリカードから受け取った。大きさだけでなく、重さも単発式魔銃アルプトラムと比較すると、だいぶ連射式魔銃インサニアの方が軽い。


 形も、武骨ぶこつ単発式魔銃アルプトラムに比較すると、連射式魔銃インサニアの方が洗練せんれんされたフォルムと機械的きかいてきな外見をしていた。


「君の持っている単発式魔銃アルプトラムは、魔物を相手にするにはいいが、人を撃つには威力がありすぎてね。まともに当たれば、体が吹き飛んでしまうだろう。でも、この連射式魔銃インサニアなら大丈夫だ」


 アルフレッドは首を傾げる。


「それは、これでカティを撃つってことでしょうか?」


「そうだ。もちろん、頭や内臓に当たればただでは済まないから、狙うのは腕や脚だ。それなら、回復薬でも治せるだろう」


 なんてことも無いように言うリカードに、アルフレッドは少しだけ腹が立った。いくら死なないからと言っても、大切なカテリーナに銃を向けるなどありえない。


「すみません。いくら、回復薬で治せるとしても、僕にはカティを撃つなんてことできません」


「甘いよ、アル。それを言えるのは、圧倒的な実力差で相手をねじ伏せられる場合だけだ」


 アルフレッドの不機嫌さを感じ取ったのか、そうでないかは分からないが、リカードは表情を真剣なものに変える。


「相手は、あのイーリスだ。そんな甘いことを言っていて、前回みたいに逃げられたらどうする?適合率てきごうりつ百パーセントになったら、もうカテリーナ嬢を取り戻せないかもしれないんだよ。そうなってもいいのか?」


「それは……」


 リカードの言葉は正しい。アルフレッドもそれは分かっているつもりだ。でも、気持ちがついて来ない。


「いいかい、アル」


 リカードはそう言うと、先ほどの革袋の中から弾薬を一つ取り出した。連射式魔銃インサニア用の弾薬なのだろう。単発式魔銃アルプトラム用のものと比較すると、かなり小さい。


「この弾はね魔封石マキナタイト弾芯だんしんを覆っている特殊な弾で、僕たちは魔術師殺しの弾丸モルスマギって呼んでいるんだ。これが、命中すれば一時的だけど相手の魔力を乱すことが出来るんだ」


「相手のマナを乱す?」


「そう、つまり、これをイーリスに当てれば、彼女の得意な魔法を一時的に無効化できるということだ。もしかしたら、身体強化フィジカルエンハンスも乱すことができるかもしれない」


魔術師殺しの弾丸モルスマギ……」


 アルフレッドは、小さな声でその名前を口にする。カテリーナに魔銃を向けることには、まだ抵抗があった。だが、それと同時に魔術師殺しの弾丸モルスマギの効果は、ひどく魅力的に思えた。


「これを使うかどうかの判断はアルに任せるよ。ただ、使うのを躊躇ためらって後悔してほしくは無いかな。まだ時間はあるし、ゆっくりと考えてみてくれ」


「ありがとうございます」


 アルフレッドは小さな声で礼を言った。まだ、複雑な気持ちなのは変わりないが、リカードが自分のこと、それからカテリーナのことをすごく考えてくれていることは分かったからだ。


「まあ、これに頼らないでなんとか出来るくらい強くなればいいんだけどね。ただ、今は、そこまで時間が無いから……」


「はい……」


「それに、この連射式魔銃インサニア魔術師殺しの弾丸モルスマギは、魔物相手にも有効なんだ。単発式魔銃アルプトラムほどの威力は無いけど、その代わりに相手の魔力を乱す。魔物は、そのほとんどが魔力で出来ているからね。魔術師殺しの弾丸モルスマギが当たれば、それなりのダメージになるし動きもかなり鈍るはずだよ」


「なるほど」


 魔術師殺しの弾丸モルスマギは、もともと、そういう用途で造られたものなのかもしれない。それを、対イーリス用に転用したのだろう。


「イーリスに使わなくても、有用なのは分かってくれたかな?連射式魔銃インサニアの使い方を説明したいから、ちょっと場所を変えようか」


 そう言って、リカードは部屋を出た。


 リカードについていくと、射撃場へと入っていった。そこは、部屋の奥行が長く、向こう側の壁の近くにはいくつかの円形のまとそなえ付けられている。


 リカードは、おもむろに連射式魔銃インサニアをかまえると、奥のまとに狙いを付ける。次の瞬間、『タァーン』という発砲音はっぽうおんと共に、まとの中央付近に直径1cmほどの穴が空いた。


 その後、リカードは連射式魔銃インサニアの銃身の根本ねもと付近についているレバーに手をかけると、手前に引いた。『ガシャン』という音とともに、空薬莢からやっきょうが排出され地面に落ちる。そして、もう一度リカードは銃をかまえた。


「弾丸は?」


 アルフレッドがつぶやいいた瞬間、再び『タァーン』と2発目の銃声が響く。先ほど空けた穴の隣に新たに1cmほどの穴が空いた。


「リカード様、弾を込めなおさなくても二発も撃てるんですか?」


「うん。これが連射式魔銃インサニアのすごいところだよ。あらかじめ弾丸を8発まで装填そうてんできるんだ。後は、ここを手前に引けば、空薬莢からやっきょうの排出、それから次弾の装填が出来るようになっている」


 得意げなリカードは、まるで宝物を自慢する子供の様に嬉しそうだ。グリップの下部を操作して、弾倉を取り出すと、まだ6発ほど残っているのをアルフレッドに見せる。


「すごいですね。単発式魔銃アルプトラムは、一発ずつ弾丸を込めなおす必要があったのに」


「アルも、やってみるといいよ」


 リカードは、弾倉を元に戻して、連射式魔銃インサニアをアルフレッドに渡した。


「ここを手前に引くと、新しい弾が装填される」


 リカードの説明に従って、アルフレッドは銃身の根本付近についているレバーを引いて、元に戻す。『ガシャン』という音とともに、空薬莢が排出されて地面に落ちる。


「そう、それで次の弾も装填されているはずだ」


 アルフレッドは頷くと連射式魔銃インサニアを構え、銃身をまとに向ける。引き金を引くと『タァーン』という発射音と共に的に穴が空いた。


「すごい」


 アルフレッドは、再び銃身の根本付近についているレバーを引いた。


 『ガシャン』『タァーン』


 リズムよく、その音が数回、射撃場に響いた。


「リカード様、ありがとうございます。この連射式魔銃インサニア、ほんとうにすごいです」


「ああ、気に入ってくれて何よりだ。それはアルにあげるから、好きに使ってくれ」


「ありがごうございます」


 改めて、アルフレッドはリカードに頭を下げた。


 ちょうどその時、射撃場の入り口に、オズワルトが現れた。


「ルーファス様とカルロス様がお見えになりました。訓練場でお待ち頂いております」


「ありがとう。オズワルト。さて、アル。訓練場に行こうか」


 そう言って、リカードは射撃場を後にした。

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