第35話.成果

 翌日になると、嘘のように痛みがやわらいだ。リカードの言った通りだ。


 を維持していても、今までの様な痛みに襲われることは無い。


 まったく痛みがないわけではないが、かなりやわらいだ。そのおかげで、魔力活性状態でも、ある程度は動けるようになったのだ。


 もちろん身体強化フィジカルエンハンスは常時発動中だ。


 そもそも、は体内に活性化した魔力を循環じゅんかんさせることにある。この魔力循環まりょくじゅんかんが、そのまま身体強化フィジカルエンハンスと同義なのだ。


 つまり、魔力が体内に循環じゅんかんしていれば、その魔力によって筋力きんりょくなどをはじめとする身体機能しんたいきのうが向上し、細胞一つ一つが強固きょうことなり、その能力は高まることになる。


 それは筋力などに留まらず、視力しりょく聴力ちょうりょくなども含めその恩恵おんけいにあずかることになる。


 その恩恵は、質の高い魔力の方が効果が大きく、だから状態での身体強化フィジカルエンハンスは、身体能力を飛躍的ひやくてきに高めるということだ。


 リカードの話が確かならば、今の状態では、いろいろな能力が飛躍的に向上しているはずだ。


 今まで、痛みでそれどころじゃなかったが、意識してみると、世界が細部まで感じられると言うか、はっきり見えるようになり、小さな音まで聞き分けられるようになった気がする。


 そのうえ、普段よりも身体が軽くなった。そんな気がしてくる。


 どのくらい動けるようになったのか?


 アルフレッドは、試しに全力で走ってみようと力を込めて地を蹴った。


「あっ!」


 次の瞬間、アルフレッドは盛大に地面にダイブしていた。ズザザザザァと音を立てて、数メートルも地を滑る。


 自分でも予想外の力が出てしまいバランスを崩したのだ。


「いてててっ。これは、慣れるまで苦労しそうだな」


 言葉とは裏腹に、アルフレッドの顔は晴れやかだった。昨日まで、どれほどの効果があるか不安だったのが、一瞬で払拭ふっしょくされた。


 アルフレッドは立ち上がると、服についたほこりを払う。


 そして、今度は力を出し過ぎないように気をつけて、駆け足くらいのつもりでみ出した。それでも、最初は思ったよりも力が出てしまい自分の感覚とのずれに苦労する。


 しばらく駆け足を続けながら感覚とのずれを修正していく。駆け足のままなのに、今までの全力に近いスピードが出ている気がする。


 リカードの屋敷まで行くつもりだったが、思いのほか早くついてしまうそうで、まだもう少し試したい気持ちもあいまって、街の外周へ向かって走り出していた。


 走りながら、少しずつスピードをあげる。


 どこまでも早く走れそうな、そんな気分にひたりながら、結局アルフレッドは街の外周を一周してしまった。


 まだ、いろいろと試したい気持ちはあったが、とりあえずリカードへの報告を先にしようと、彼の邸宅ていたくを訪れた。


「やあ、アル。その顔は、の効果を実感できたみたいだね」


 リカードはアルフレッドの顔を見るなり、何かを察したのか満足そうにそう言った。


「はい。まだ感覚が追いつかないので、上手く動けませんが、すごいですね。これ。ここまで違うとは思っていませんでした」


「感覚のズレは、ゆっくり慣らしていくしかないね。一気に、筋力が二倍以上に跳ね上がったみたいなものだからね。そう簡単には慣れないだろう。後で、誰かに稽古をつけてもらうといいよ。実践に近い形の方が慣れも早いだろうし」


 そう言いながら、リカードは後ろに控えていたオズワルトに視線を送る。オズワルトは承知しましたと頭を下げると、執務室を出ていった。


「おめでとう。合格だよ。これで、君がカテリーナ嬢の救出に同行することを許可することができる」


「は……はい。ありがとうございます」


 ここ三日間の激痛の日々にすっかり忘れていたが、こと発端ほったんはアルフレッドの力不足による戦力外通告。それを、払拭ふっしょくするためのへの挑戦だった。


「どうした、反応が薄いな?」


「いえ……。ここ三日間必死だったので、ちょっと忘れていたと言うか……」


「あはははは、確かに。あれは痛過いたすぎるみたいだからね。耐えるのに精一杯で、他のこと忘れちゃうの、分かるよ」


「そうなんですよね。しかし、これで、どれだけ強くなれたのか。確かに筋力なんかは飛躍的に上がっている気はしますが……」


 イーリスとの戦いを思い出す。リカードは、あれで4割と言っていた。あれから一週間近く経っている。既に適合率は6、7割に達しているだろう。次にあいまみえる時は、いつか分からないが、確実に8割、9割は超えてくる。


 こっちが強くなっても、あちらもそれ以上に強くなっている可能性はある。


「大丈夫だよ。君は間違いなく強くなる。今は感覚がついていかないだけだ。そうだ、祝いってわけではないが、君に渡すものがあったんだ」


 そう言って、リカードは執務机の中から革の袋を取り出した。

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