第33話.天才

 およそ1時間後、アルフレッドの叫び声がやんだ。


「どうやら、魔力が尽きたみたいだね」


 アルフレッドの方を見ると、先ほどまで青白く輝いていた魔法陣が、今は完全に光を失っている。その暗い魔法陣の上には、ぐったりと横たわるアルフレッドの姿があった。


 全身から噴き出した汗は、それと分かるほどアルフレッドの服をぐっしょりと濡らしてる。


 呼吸は荒く、ときおりかすかに震えている。


「よく耐えたね、アル。でも、これはまだ始まったばかりだ。さっきのやつをやりながら立っていられるくらいになるまで続けてもらう。そうなったら次のステップだ」


 アルフレッドは、荒い呼吸を繰り返しながらも、リカードの話を聞いていた。ぐったりとしているが、目だけはその強い意思を表すようにリカードを見据えている。


「マナが回復したら、もう一回やろう。最初に飲んでもらった青い薬。あれは、マナの自然回復を早める効果もあるけど、やっぱり自然回復だと時間がかかるね。ロズウェルが、マナ回復薬を用意しているけど、どうする?」


 リカードが意地の悪い笑みを浮かべる。本気ならマナ回復薬を飲んで、すぐに続きをやれと、そう言っているのだ。


「や……やり……ま……す!」


 アルフレッドは、震えながらもなんとか起き上がるとかすれる声でそう言った。


 リカードが頷くと、ロズウェルが青い液体の入った試験管と、コップ一杯の水を持ってきた。


「ほれ、マナ回復薬だ。それから、かなり汗を流してるから、水も飲んどけ。脱水症になられちゃ、かなわねぇからな」


 ロズウェルから渡されたマナ回復薬は、先ほどの青い液体と同じ色だった。


 あのまずい液体を思い出して、アルフレッドは、飲むのを少し躊躇ちゅうちょしたが、あきらめると、一気に喉に流し込んだ。


 覚悟して飲んだのだが、先ほどの青い液体とは別物だった。清涼感せいりょうかんのある柑橘系かんきつけいの味で、意外にも飲みやすかった。


「ありがとうございます」


 水も飲みほして、アルフレッドはお礼を言いながらロズウェルに、試験管とコップを返した。


「まあ、頑張んな!」


 ロズウェルは、そう小さく言ってから、アルフレッドに背を向けた。彼なりの優しさだろう。


 アルフレッドとは、共に魔導具について研究している仲でもある。


 しばらくして、マナが回復してきた。


 回復薬と言っても飲んだら一瞬で回復するなんて便利なものではない。回復速度を異常なまでに早めるだけだ。それでも、自然回復とは比較にならない速度で回復する。


 特に、最初に飲んだ青いドロッとした薬剤との効果も相まって、十分じゅっぷんほどでアルフレッドのマナは、ほぼ完全に回復した。


「そろそろ大丈夫です。次、お願いします」


 アルフレッドがそう言うと、リカードはうなずいて再びアルフレッドに魔力を流す準備をする。


「じゃ、行くよ」


 先ほどと同じようにリカードは魔法陣の一点に手を置いた。そして、そこに魔力を流す。魔法陣は先ほどと同じように青白い光が強くなり。


「ぐあああああああああああぁぁぁぁ」


 再び、アルフレッドの叫び声が部屋中に響き渡った。


 ――


 その日は、けっきょく夜まで同じことを何度も繰り返した。


 いったい何度やっていたのだろうか。アルフレッドの顔はげっそりとしていて、疲労が色濃く出ている。


 いつまでも続けると言い張るアルフレッドに、リカードの方が心配になるほどだった。それでも、頑として続けると主張するアルフレッドの気迫に、リカードは最後まで付き合った。


 終わったのは、深夜になってからだった。


 そのおかげなのか、翌朝からは魔法陣の中で立っていられるほどになっていた。


「ははは。天才っていうのは本当に居るんだな」


 リカードにして、そう言わしめたほどだ。今までは、早い者でもここまで出来るようになるのに1週間近くかかったものだ。それを大幅に上回って1日で成し遂げるとは、誰も予想していなかった。


「あなたが、それを言いますか?」


 ランドルフとオズワルトが口をそろえて呆れるが、当のリカードはこの方法で習得したわけでは無いので、実際に彼がやったらどれほどの時間が必要だったかは誰にも分からない。


 ただ、何事においても、ありえないほどの実力を発揮するリカードは、周りの人間からは、バケモノレベルの天才と評されている。


 まあ、そんなリカードが天才と評するのだから、アルフレッドの実力も相当なものだろう。


「さて、そこまで出来れば、もうを習得したと言ってもいいくらいだ。後は自力で、活性した魔力を作りだすことが出来れば完成だね」


 リカードは簡単に言うが、アルフレッドは、まだ立っているだけで精一杯だった。立っていられるのは、昨日よりも痛みに慣れたからというだけで、何かが出来るようになった気はしない。


 ただ、活性した魔力というのは、なんとなく分かってきた気がする。


 アルフレッドにとっては、全身を引き裂くような痛みを与えるものであり、体を中から焼き尽くすような痛みをあたえるものでもある。


 そして、昨日から何時間もの間、アルフレッドに苦痛を与えたもので、本人が思っているよりもはるかに強く、それは彼の身体と意識に刻まれていた。


「さあ、次は僕の魔力に頼らず、自分の力で活性した魔力を作ってみようか」


 今日、何度目かの試みの時、リカードがそんなことを言いだした。


 アルフレッドとしては、出来るとは少しも思っていなかったが、リカードに言われたからには、試してみないわけにはいかない。


 アルフレッドは、頷くと意識を集中する。


 無意識にやるようになってから久しい、魔力の生成。呼吸をするように、意識しなくても出来るマナから魔力への変換。


 それをあえて意識する。


 この二日間、何度も何度も何度も、自分を苦しめて来た痛みの原因。それを強く頭に思い描く。


 体内のマナを意識し、忌々いまいましい痛みの感覚を描く。


 その瞬間、体中を痛みが駆け抜けた。


「ぐあああああああああああぁぁぁぁ」


 アルフレッドの叫び声が部屋中にひびき渡った。気を抜けばひざまずきそうになるその痛みは、この二日間に何度も経験した痛みと同じだった。


「ほら、やっぱり出来たね」


 リカードは誇らしげに、そして嬉しそうに言葉を漏らした。


「ほんと、天才ってすごいよね」


 その言葉に、またもやランドルフとオズワルトが、(お前が言うな)という視線を向けるが、アルフレッドの件に関しては二人ともリカードの意見に同意だった。


「たった二日でここまでとは、確かに天才だな」


 アルフレッドに視線を送りながらロズウェルも同意した。ロズウェルも何度もこの儀式は見てきたが、これほどまでに早いケースは無かったのだ。


「ここまで出来れば、後は慣らしていくだけだね。痛みを克服して、その活性した魔力で、身体強化フィジカルエンハンスを展開。そのうえで動くことが出来るようになったら、もう一度、僕のところにおいで」


「二日……いや、あと一日で……動けるようになって……みせます」


 激痛に耐えながらも、アルフレッドは絞り出すような声で、そう主張する。


「あははは、すごいね。アル、普通なら動けるようになるまでに、二週間はかかるのに」


 嬉しそうに笑うリカード。それは、ランドルフやオズワルト、そしてロズウェルにしても同じだった。驚異的きょういてきなスピードで成長していくアルフレッドに、いやおうでも期待は高まる。


「じゃ、僕たちはもう行くよ。後は一人でも出来るだろう。オズワルト、念のためアルが無茶し過ぎないように付いていてもらえるかい?」


「畏まりました」


 リカードの側近そっきんである彼は、静かに頷くと彼のあるじたちが部屋を出ていくのを見送った。

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