第32話.魔力活性

 リカードの執務室を出ると、全員で屋敷の地下へと向かった。


 さすがは侯爵家の屋敷である。屋敷の中はかなり広かった。アルフレッドも屋敷には何度も来ているが、地下へ行くのは初めてだった。


 リカードは、屋敷の地下をどんどん進んでいき、かなり奥にある扉の前で止まった。その扉は重厚じゅうこうな鉄製の扉で、なんだか物々しい雰囲気をかもし出している。


 リカードが、その重厚な扉を押し開ける。


 中は薄暗く、開いた扉の間からは冷たい空気が流れて来た。なんとなく地下牢を彷彿ほうふつとさせるような陰気いんきな気配を放っている。


 リカードに続いて、アルフレッドとランドルフが扉の中へと入っていく。そこは何かの実験室を思わせるような一風変わった部屋だった。


 薄暗い魔法の光に照らされたその部屋は、地下室にしてはかなり広い。黒っぽい色に統一された石造りの壁に、大理石にも似たなめらかに切り出された石材せきざいが床一面に敷き詰められていた。


 部屋の奥には背の高い本棚がいくつも並べられ、その本棚にはかなり古めかしい装丁そうていの本がびっしりと収められている。


 右の壁には大きな棚があり、試験管や不思議な形の瓶に入った怪しげな液体、魔石や宝石のような不思議な光を放つ石、それから何に使うか分からない不思議な形状の器具などが、所狭ところせましと並べられている。


 そして部屋の中央には黒服に白衣を羽織って、右手には古めかしい魔導書、左手には何か得体のしれない液体の入った試験管を持った、マッドサイエンティストぜんとしたロズウェルが立っていた。


 頭頂部が禿げ上がった白髪に、こちらも白くなった顎髭あごひげがさらにその雰囲気に拍車はくしゃをかけている。


 ロズウェル、彼はリカード専属の魔導具研究者だ。


 魔導具好きのリカードとは馬が合い、リカードが若い頃に、魔導具研究に必要な費用や物資は全て用意するといって迎え入れた。


 それ以来、リカードと数人の仲間達と共に魔導具の研究にすべてを注いでいる。


 リカードが使う魔導具の多くが彼の手によって生み出されたものであり、各地に散った仲間との連絡に使っている遠話用の魔導具や、アルフレッドが持っている魔銃アルプトラムなども、彼の手により生み出されたものだ。


 当然、アルフレッドとも面識はある。


「ロズウェル、準備の方は?」


「はい、リカード様。いつでも行けますぜ」


 リカードの問いに答えると、ロズウェルは視線で右側を指した。アルフレッドがその視線を追うと、そこには直径2メートルにも及ぶ大きな魔法陣が描かれている。


 魔法陣そのものは、以前から描かれていたようで、ところどころ書き足したような跡がある。


 その魔法陣の上には、いくつもの青白い光が灯されていて炎のように揺れていた。


「さて、アル。まずはこれを飲んでくれ」


 いきなりロズウェルが渡してきたのは、彼が持っていた試験管だった。魔法陣に灯された光にも似た青白い液体が入っている。


「これは?」


 怪しげな液体をいきなり渡されたアルフレッドは、そう聞かずにはいられなかった。


「これからの儀式に必要な薬剤だ。ちいと苦いが、残すんじゃないぞ」


 を習得するのに必要なことだろうから、飲まないわけにもいかないが、それでも得体の知れないものを飲むのは抵抗があった。


 だが、強くなりたい。その強い思いで、アルフレッドは意を決して、青白い液体を喉に流し込んだ。


 ドロッとした液体が喉を通る不快感に加え、口いっぱいに広がる苦みと何とも言えない生臭なまぐささにもどしそうになるのを必死にこらえて飲み込んだ。


「うえっ、まずいですね。これ、何が入ってるんですか?」


 なんとか全て飲み込んだアルフレッドは、何とも言えない険しい顔を浮かべ、そう聞いていた。


「材料については、知らない方が幸せだと思うぞ……」


 不気味な笑みを浮かべるロズウェルを見て、聞くんじゃなかったと後悔する。


「あははは。それ、僕も飲んだことあるけど、本当にまずいよね」


 そう言ったリカードの目は、ちっとも笑っていなかった。おそらく、それを飲んだ時のことを思い出したんだろう。


「さて、ここからが本番だ。アル、そこの魔法陣の上に乗ってくれるかい」


 リカードが例の魔法陣を指す。それは、先ほどと同じように冷たい青い光を灯していた。


 アルフレッドは、言われるままに、魔法陣の上に立った。


「これでいいですか?」


「いや、もっと楽な姿勢がいいな。たぶん、最初は痛みで立っていることすら出来ないから、寝転がるか、せめて座っていた方がいい」


 リカードに言われて、少し思案しあんしたアルフレッドだが、けっきょく魔法陣の中央で胡坐あぐらをかくことにした。


「うん、それでいい。これから僕の魔力を君に注ぐ。魔力の誘引ゆういんってやつだ。アル、君も最初に魔法を教えてもらった時にやったろう。魔力を流してもらって、魔力の感覚を身につけるという……」


 確かに、はじめて魔法の使い方を教わった時に、母親から手ほどきを受けた記憶がある。体内に入ってくる不思議な感覚のもの。ただ、その時は痛みなど感じることは無かった。


「だけど、あんな生易なまやさしいものでは無いよ。これから流すのは、活性化した魔力だ。初めての者には劇薬げきやくにも等しい。活性度の低い魔力から徐々に慣らすということも出来るが、時間が無い。最初から全力で行くよ」


「はい。僕は大丈夫です。全力でお願いします」


 少しだけ気遣きづかうような視線を送るリカードに、自分は大丈夫だと頷いて見せた。


「始める前にもう少し説明するよ。この魔法陣は活性化した僕の魔力を、無理やり君の魔力に同調させ、体内に循環させる機能がある。その間、君は常に耐え難いほどの激痛に襲われるだろう。それは、君の魔力が尽きるまで続く」


 アルフレッドがつばを飲み込む音が妙にはっきりと聞こえた。


「もし、どうしても痛みに耐えられなければ、魔法陣から出ればいい。そうすれば、痛みからは解放されるはずだ」


 頷いたアルフレッドだが、絶対に逃げない。そう心に誓った。


「さて、そろそろ始めようか。アル、覚悟はいいかい」


 リカードの言葉に、アルフレッドは大きく頷いた。


「じゃ、いくよ」


 リカードは魔法陣の一点に手を置いた。そして、そこに魔力を流す。リカードの魔力に反応して、魔法陣の青白い光が輝きを増した。


 次の瞬間、アルフレッドに激痛げきつうが走る。


「ぐあああああああああああぁぁぁぁ」


 アルフレッドの叫び声が部屋中に響き渡った。じっとしていられないのだろう、既にあぐらをかいている余裕などなく、魔法陣の上に倒れこむ。


「かはっ、がああああああ」


 胸を抑えてうずくまったかと思えば、膝を立てて天を仰ぐ。


「はあああぁぁぁ。ぐっ、ぐぅうああああああ」


 アルフレッドの全身からは、汗が噴き出し、苦しそうな声をあげながら胸を掻きむしる。


「耐えられないなら、魔法陣から出るといい」


 リカードがそう声をかけるが、アルフレッドは歯を食いしばって首を振った。


 それを見たリカードは、満足そうな表情をして、近くにあった椅子にどっかりと腰を下ろした。


「どうやら、長くなりそうだね。ゆっくり待つとしようか」


 嬉しそうにそう言った。

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