第31話.身体強化

「ロズウェルを呼んで、先にあれの準備をしていてくれるかい」


 アルフレッドの覚悟に満足したリカードは、オズワルトの方を振り返る。オズワルトは畏まりましたと、一言残して足早に執務室を出ていった。


 その様子を見ていたアルフレッドだが、いよいよというのが何なのか不安になってきた。


 どんな苦痛にも耐えるつもりではいるが、その正体が分からないのは、いくら覚悟を決めているからといっても不安でもあるし怖くもある。


「あの、リカード様。先ほどから言っているとは何のことでしょう?」


「ああ。その話をする前に身体強化フィジカルエンハンスについて説明する必要があるんだ。アルは、身体強化フィジカルエンハンスって出来るよね?」


 また、答えをはぐらかされた、そんな思いが一瞬よぎるが、アルフレッドはリカードに対して頷いて見せた。


「たぶんカテリーナ嬢も身体強化フィジカルエンハンスは習得しているよね。そして、もともとの身体能力はアルの方が高かった。それなのに、先日はカテリーナ嬢の身体能力がアルのそれを上回っていた。違うかい?」


「そうです。その通りです」


 そう、それはまさにアルフレッドが気になっていたことだった。魔法に関しては勝てないが、こと身のこなし、身体能力においては、カテリーナよりも大幅に勝っている自信があった。


 それなのに、先日はその身のこなしでも後れをとった。


「理由は何だと思う?」


 リカードはアルフレッドに試すような眼差しを向ける。


「僕の知らない魔法の効果でしょうか?」


 自信なさそうに答えるアルフレッドだが、それ以外の理由を思いつかなかった。アルフレッドが普段使っている身体強化フィジカルエンハンスもその一種だ。魔法が得意なイーリスならば、それ以外にも身体能力を向上させる魔法を知っていても不思議は無い。


「まあ、間違いではないね。ただ、正解というわけでもないかな。アル達が普段使っている身体強化フィジカルエンハンスなんだけど、あれって実は不完全な代物しろものなんだ」


「えっ?不完全?」


 アルフレッドが驚くのも無理はない。身体強化フィジカルエンハンスは、初級の魔法であり、騎士学校でも最初に習うものだ。そして、それを不完全と言う者は居なかった。


「うん。そして、イーリスが使っていたのは完全な身体強化フィジカルエンハンスだと思う。もっとも、イーリス自身の適合率が4割程度だったために本来の性能は出なかったみたいだけどね。それでも、アルの身体能力を上回った。それだけの違いがあるんだ」


 リカードの丁寧な説明を聞いていると、それが正しいことのように思えてくる。だが、それでも、にわかには信じられなかった。


「まあ、不完全なのは身体強化フィジカルエンハンスそのものではなくて、魔力運用の方にあるんだけどね。魔法を使う時、体内にあるマナを魔力に変えるだろう?これが、不完全なんだ」


「魔力運用ですか」


「そう。魔力運用。例えば、ランプに使われる油。質のいい純度の高い油と、質の悪い不純物が多い油の二種類があったとしよう。どちらが良く燃えると思う?」


 突然の問いだが、答えは簡単だ。


「それは、質のいい純度の高い油です」


「そう。その通り。そして、魔力にも質の良いものと悪いものがあるんだ」


「質のいい魔力の方が、身体強化フィジカルエンハンスを使った場合でも、高い効果があると、そういうことですか?」


「そのとおり。さすがアル。話が速くて助かるよ」


 リカードは嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。


「ちなみに、身体強化フィジカルエンハンスだけじゃないんだ。質のいい魔力を使えば、ほとんど全ての魔法において、その効果が高まる。ココの扱う魔法を見れば分かると思うけど、初級魔法のファイアアローでさえ、彼女が使えばその威力は普通の人の中級魔法にも匹敵する」


 言われてみれば、ココ・プレストンの魔法を見たことはあるが、通常よりもはるかに威力が高かった気がする。


「今では出来る人がほとんどいないけど、旧魔法文明時代では今よりも出来る人は多かったようなんだ。当然、高名な魔法研究家でもあるイーリスなら出来たはずなんだよね」


「それほど効果が高いのでしたら、なぜ今は使える人がほとんど居ないのでしょうか?それほど有用性の高い技術なら、もっと多くの人が伝えていてもいいと思うのですが」


 リカードの話では、とても有用性のある技に思える。にも関わらず、アルフレッドは、この話を今までに聞いたことが無かった。それほど博識というわけではないが、もっと世に知られていてもいい話だと思う。


「いいところに気が付いたね。理由は3つある」


 リカードは指を三本立てた。そのうちの一本目を折る。


「まず一つ目の理由だけど、旧魔法文明時代が滅ぶ原因となった例の大災害。あれのせいで、多くの人命が失われた。それと共に、多くの技術や知識が失われたと思っている」


 リカードは少し寂しそうな顔をした後に、二本目の指を折った。


「二つ目の理由だけど、さっき言っていた、質のいい魔力ってのは、とにかく安定しないんだ。魔力に変えるのも、維持するのにも気を遣う。ちょっと気を抜くだけで、すぐに普通の魔力に戻ってしまうんだ。そして、安定している普通の魔力というのが、現在多くの人達が使っている魔力のことなんだが、これでも魔法は問題無く発動するから、やっかいなんだよね」


 そう言って、苦笑した。そして、最後の三本目の指を折る。


「そして、三つ目の理由。質のいい魔力を、作るのも維持するのも、慣れるまでは相当な苦痛を伴うんだ。それこそ、全身を引き裂かれるような痛みが走る。それに耐えられないと習得は難しい。この3つが、現在までに伝わらなかった理由なんじゃないかな」


「全身を引き裂かれるような痛み……」


 アルフレッドは少しだけ顔を引きつらせた。


「どうした。怖くなったかい?」


 リカードが意地の悪い笑みを浮かべながらアルフレッドの顔を覗き込むと、アルフレッドはふるふると首を横に振る。


「いえ、大丈夫です」


「それならいいんだ。それから、僕たちは、この質のいい魔力のことをと呼んでいる」



 アルフレッドは噛み締めるようにその言葉を反芻はんすうする。


「そうだ。。これが習得できれば、君は短期間で強くなることが出来る」


「どうしたら、そのを覚えられますか?」


「ちょっと手荒で無理やり短期間で身につける方法と、じっくり時間をかけて習得していく方法があるけど、イーリスの定着率を考えると少しでも早い方がいいだろう?ちなみに、さっきオズワルトに準備を依頼したって言うのが、この手荒で無理やり身につける方法のことだよ」


 ふと、アルフレッドの脳裏によぎったのは、さっきリカードが言っていた魂の定着率だ。三週間で九割。一カ月でほぼ完全に定着すると。


「はい。もちろん短期間の方でお願いします。ただ、その前に一つ教えて欲しいことがあります」


「なんだい?なんでも聞いてくれていいよ」


 リカードは、椅子に深く腰掛けると、アルフレッドの言葉を待った。


「先ほどリカード様は、魂の定着は一カ月でほぼ完全に定着するとおっしゃいました。これは、完全に定着してしまえばカテリーナは取り戻せないということですか?」


 その質問がくるとは思っていたが、確証が得られなかったので、つい話しそびれてしまったものだ。


「すまない。それについては、まだはっきり分かっていないんだ。魂の定着率については、湖の遺跡から発見されたイーリスの研究メモのようなものから分かったことなんだけど。完全に定着したらどうなるかとか、元の魂がどうなるかとかの記録は見つけられなかった」


「そうですか、分かりました」


 リカードも分からないのであれば仕方ない。アルフレッドは諦めて顔をあげた。


「さて、そろそろオズワルトとロズウェルの準備も終わっている頃だろう。さっそく始めるとしようか。ついてきてくれ」


 リカードはそう言って、席を立った。

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