5章 戦力外

第30話.戦力外通告

 イーリスと戦った三日後、アルフレッドはフォートミズまで戻ってきていた。


 しかし、戻って来たのはアルフレッドだけで、リリアーナはまだジリンガムに居る。


 カテリーナを見失った後、その時にった怪我けがでリリアーナは、ほとんど動けなかった。どうにか最寄もよりの宿場町クレモナに宿を取ると、そこで休ませた。


 その間に、アルフレッドが一人で、リカードの仲間の元へとおもむき、魔導具でリカードに事の顛末てんまつを報告した。そこで、リカードに言われたのが、フォートミズに戻って来いということだった。


 翌日は、ある程度回復したように見えたリリアーナも一緒に、ジリンガムにまで引き返したが、そこで無理がたたったのか、リリアーナが熱を出してしまう。


 リリアーナをハンスの元に預け、アルフレッドはリカードの指示通しじどおり、フォートミズを目指した。代わりに、リリアーナの元にはエミリアが派遣されているはずだ。


 治癒術においては、アルフレッドが知る中でもエミリアの右に出る者は居ない。


 リリアーナを残していくことには、かなり後ろ髪を引かれる思いだったが、エミリアが来てくれるならと、アルフレッドは一人フォートミズへむかうことを承諾しょうだくした。


 フォートミズに戻って来たアルフレッドは、その足でリカードの邸宅ていたくを訪ねた。


 アルフレッドがリカードの執務室に入ると、そこにはリカードの他に、ランドルフとオズワルトの二人の姿があった。


「やあ、アル。無理やり呼び戻してしまって、すまないね」


「いえ、カティも見失ってしまいましたし、あれ以上はどうすることも出来ませんでしたから」


 アルフレッドは自嘲気味じちょうぎみに答える。言葉こそ丁寧だが、そこにはアルフレッドのくやしさがにじみ出ていた。


「そう気を落とすな。それで、リリアーナ嬢の怪我けが具合ぐあいは?」


「リカード様の回復薬のおかげで最悪の事態は回避できました。ありがごうございます。あれが無かったらリリィは助からなかったかもしれません」


「なるほど。けっこう危ないところだったんだね。でも、二人が無事でよかった」


 リカードの言葉はどこまでも優しい。本気で、アルフレッドとリリアーナを心配しているようであった。


「それで、イーリスはどうだった?強かったか?」


 割って入ったのはランドルフだ。彼は、イーリスの強さの方に興味があるようだった。


「強かったです。まず、カティとは思えないような身のこなしでした。普段の彼女からは想像できないよう動きでした。それに、見たことも無い魔法を使って来ました」


「動きについては、身体強化フィジカルエンハンスだろうな」


「見たことも無い魔法っていうのは、どんな魔法だい?」


 ランドルフが納得するかのように頷き、リカードが魔法について興味を示す。


「ダコウエン?と言っていた気がします。炎の大蛇を出現させて、攻撃させる魔法だと思います。これに襲われて、リリィは大火傷おおやけどを負いました」


蛇絞焔だこうえんだね。たしか法術ほうじゅつって呼ばれている魔法の中に、そんな名前のものがあったと思う」


「北東にある国に伝わる技ですな」


 リカードが、簡単にその技の正体を言い当てると、オズワルトがそれに補足ほそくする。そんな二人にアルフレッドは驚きを隠せない。


「ご存じだったんですね?」


「うん。まあね」


 リカードは何でもないことのように答えるが、すぐに難しい表情をして眉根まゆねを寄せた。


「しかし、イーリスは法術ほうじゅつすら使いこなすのか。さすがに、高名な魔法研究家まほうけんきゅうかだけはあるね」


「そうですな。イーリスの調子はまだ完全ではないでしょうし。そのうえで、方術まであやつるとなると、アルフレッド様とリリアーナ様では、荷が勝ちすぎるかと存じます」


 オズワルトも神妙しんみょうな表情で頷く。


「どういうことですか?」


 自分とリリアーナの名前が出た時点で、アルフレッドは嫌な予感がした。


封魂結晶アニマ・クリュスが解放されてから約一週間。たましい定着率ていちゃくりつは四割程度らしい」


 リカードが急に話題を変えて、アルフレッドを真剣な目で射貫く。


「魂の定着率?」


「そうだ。それが、4割程度。これが何を意味するか分かるかい?」


「残り六割で、カティの身体が完全にイーリスに乗っ取られるということですか?」


「まあ、それもあるんだが、問題なのはそこじゃない。定着率4割というのは、本来の力の4割しか使えていないってことだ。2週間で7割、3週間で9割、そして、およそ1カ月でほぼ完全に定着するらしい」


「4割の力……?」


 アルフレッドは、先日のことを思い出す。正直なところ、まともについていくことすら出来なかった。リリアーナと二人がかりでも翻弄ほんろうされた。あれで4割。その事実は、アルフレッドに重くのしかかる。


「アルがイーリスと接触してから既に三日が経過しているから、それだけ力を取り戻しているはずだ。次に会う時は7割、いやそれ以上だろう。そんなイーリス相手に、封魂結晶アニマ・クリュスを奪える自信があるかい?」


 アルフレッドは静かに首を横に振った。


 言い方は穏やかだが、リカードの言葉には、これ以上アルフレッドには無理だろうという意図いとが含まれていた。それに、気付かないほどアルフレッドは鈍くない。


 それでも、認めたくない。悔しさを隠せないまま、唇を強く噛む。


「うん、そうだよね。だから、これ以上、アルとリリアーナ嬢がイーリスに関わるのは危険だ。後のことは僕らに任せてくれないか?」


「まあ、俺たちに任せておけ」


 リカードの言葉に、ランドルフが重ねる。それは、とても頼もしく、だからこそアルフレッドの気持ちをかき乱す。


 実質的な戦力外通告。


 理屈は分かる。リカードとランドルフが言っていることが正しいのだろう。でも、それを気持ちが納得できるかというとそう簡単なものでは無い。


「いや、僕も……」


 足手纏あしでまとい。それは分かっていた。それでも、納得できない。


「僕も、僕も連れて行ってください」


 思わず言っていた。叫ぶように、すがるように。しかし、リカードの反応は冷たい。


「ダメだ!」


「なぜです?」


 理由は分かっている。分かっているが、そう問わずにはいられなかった。


「もう、分かっているだろう。足手纏あしでまといだからだ」


 リカードは、取り付く島も与えない。


「イーリスは強い。みすみすアルを死なせるわけにはいかない。どうしても一緒に行きたいなら、強くなれ」


 アルフレッドは唇を噛む。三日前イーリスに手も足も出なかった時から、何度となく脳裏をよぎった後悔。もっと、真剣に剣と魔法の鍛錬をしていればと、何度も考えた。


 その後悔が、今もアルフレッドの脳裏によぎる。そして、アルフレッドは悔しさを抑えられず、リカードを睨むように見つめた。


「リカード様、あれを試してみては如何でしょうか?」


 そんな時、オズワルトが静かに言った。リカードが考える素振りを見せながらランドルフに視線を送る。


「いいんじゃないか?アルなら行けるかもしれねぇ」


 ランドルフは、白い歯を見せて笑うとオズワルトに同意する。そんなランドルフにリカードも頷き返した。


「リカード様、あれというのは?」


 急に自分には分からない話をされて、アルフレッドは戸惑った。それでいて、自分についての話なのだ。当然、何を話しているか気になる。だが、それに対してリカードはすぐには答えてくれなかった。


「アル、強くなりたいかい?」


 じっとアルフレッドの目を見つめて、真剣な表情で聞いてくるリカード。


 この真摯しんしな問いかけに、中途半端に答えるわけにはいかない。アルフレッドは自然と背筋が伸びるのを感じた。


 そのうえで、今の気持ちを吐き出す。心からの渇望かつぼう、後悔に裏打ちされた今の素直な気持ちを口にする。


「はい!強くなりたいです!!」


「かなり苦痛を伴うかもしれないけど、耐えられる自信はあるかい?」


「それで強くなれるなら、どんな苦痛にも耐えてみせます!」


 リカードが何を言っているのか、どんな苦痛があるのかはまったく分からないが、それでもカテリーナを救えるならと、アルフレッドは頷いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る