第29話.炎の大蛇

「くっ、このままだと引き離される」


 アルフレッドだけは食らいついて行っているが、それでもカテリーナの方がわずかに早い。その差は、じわじわと引き離されていく。


 やむなく、腰のホルスターから魔銃アルプトラムを抜くと、カテリーナの少し前にえている大木たいぼくえだに狙いをつける。


 ダァーンという音とともに、大口径だいこうけいの弾丸が発射され、狙いたがわず枝を撃ちぬいた。


 えだぜる。


 支えを失ったその枝は、生い茂った葉と共に、カテリーナにおおいかぶさるように音をたてて折れた。


「こざかしい」


 カテリーナは舌打したうちして急停止きゅうていしすると、おおいかぶさってくる枝をける。そして、近づいてくるアルフレッドに対して、短剣を抜いた。


 アルフレッドは封魂結晶アニマ・クリュスに手を伸ばすが、それを防ぐように、カテリーナは、ためらいもせず短剣を振る。


 一瞬、驚きで目を見開くアルフレッドだが、カテリーナの短剣を、魔銃アルプトラムの銃身で弾いた。


 キンッと金属同士のぶつかる音が辺りに響く。


 カテリーナの背後には、先ほどアルフレッドが折った巨大な木の枝があって、逃げられない。


 カテリーナが短剣を振り、アルフレッドがかわし、魔銃アルプトラムの銃身で受ける。


 アルフレッドがカテリーナの首に手を伸ばし、カテリーナがそれをけて、短剣で牽制けんせいする。


 お互いに引かず、一進一退いっしんいったいの攻防を繰り広げる。


「カティ!」


 そこへ、遅れてリリアーナが追いついてきた。


 これで二対一。後ろは木の枝でさえぎられている。これなら、行ける。アルフレッドがそう思った瞬間、ゾクッと背筋に悪寒おかんが走った。


「この。邪魔をするな!!」


 カテリーナの魔力がふくれれ上がる。アルフレッドは嫌な予感がして、後ろに跳んだ。


 カテリーナの前面、虚空こくうあかい光の魔法陣まほうじんが描かれる。


「ダメー、逃げてー!!」


 それは、カテリーナの口から発せられた。イーリスではなくの叫び。


 アルフレッドとリリアーナは、反射的にカテリーナから距離をとるべく、地を蹴った。


蛇絞焔だこうえん!」


 力ある言葉をが唱える。


 次の瞬間、虚空こくうに描かれた魔法陣から、勢いよく炎の奔流ほんりゅうき出した。


 それは、またたくに、長く伸びて巨大な蛇の形をとる。


 長さ5メートル、太さはアルフレッドの太腿ふとももほどもあった。そして、まるで生きているかのように、アルフレッドとリリアーナに顔を向けると、いきなり襲い掛かった。


「きゃあああ」


 炎の大蛇がリリアーナをかすめる。かすっただけでも、すさまじい熱さにリリアーナは悲鳴を上げた。


「リリィ!」


 アルフレッドが叫ぶと、炎の大蛇がアルフレッドの方へと向きを変えた。巨大な体を引きずりながらアルフレッドへと襲い掛かる。


 アルフレッドは地面を転がりながら大蛇だいじゃを避けるが、大蛇は、本物の蛇のように空中を蛇行だこうしながら執拗しつようにアルフレッドを追いかける。


「アル!」


 リリアーナは腰の細剣さいけんを抜くと、炎の大蛇に突き立てた。だが、大蛇の方はたいして気にもとめていないのか、執拗しつようにアルフレッドを攻撃する。


「このー!」


 リリアーナは叫びながら、細剣を振って大蛇の胴をいだ。尻尾に近い部分ではあったが、大蛇の身体が切断される。


『キシャーー』


 さすがに効いたのか、大蛇の標的ひょうてきがアルフレッドからリリアーナに変わる。


「ちょ……ちょっと」


 突然の方向転換に戸惑うリリアーナ。向かってくる大蛇に細剣さいけんるが、先ほどのようには斬れない。


「なんで?」


 リリアーナは、絶望に染まった声をあげる。


 だが、どうすることも出来ない。逃げようとするが、リリアーナより大蛇の方が早い。あっという間に追いつかれ……。


「きゃあああああああ」


 炎の大蛇は、その長い体でリリアーナに巻き付いた。すさまじい熱気がリリアーナの身体を焼く。それだけでは飽きたらず、その長い体を使って大蛇はリリアーナをめ上げた。


「リリィ!」


 アルフレッドはリリアーナの元に駆け寄りながら、魔銃アルプトラムに銃弾を装填そうてんする。


 炎の大蛇は、リリアーナを締め上げながら、その鎌首かまくびをもたげる。その大きな口を、せいいっぱい開けると、リリアーナの頭を丸呑まるのみしようとする。


 ダァーン!


 至近距離しきんきょりで、アルフレッドが大蛇の頭めがけて引き金を引いた。銃弾はまっすぐに大蛇へと突き進み、その頭を吹き飛ばす。


 頭が吹き飛ばされた炎の大蛇は、リリアーナを締め上げていた身体を緩め、虚空へとその炎を霧散むさんさせた。


 一方、大蛇から解放されたリリアーナは、糸の切れたマリオネットのように、その場にくずれる。


「リリィ、リリィ。しっかりしろ」


 アルフレッドが必死に呼びかけるが、リリアーナは意識を失っているのか返事をしない。リリアーナの胸の下あたりから腰までは、服が燃え皮膚ひふが焦げている。火傷やけどどころではなかった。


「リリィ、リリィ。頼む、目を覚ましてくれ」


 それでも返事は無い。リリアーナの顔に耳を近づけると、かすかな呼吸音が聞こえる。だが、その音は浅く早い。


 このままではまずい。アルフレッドはあせるが彼は治癒ちゆの魔法は使えなかった。


 途方に暮れそうになったその時、アルフレッドのそばにけつける影が見えた。


 アルフレッドが、そちらに目をやると、そこにはシルワが居た。


 シルワは、アルフレッドのズタ袋をくわえると、それをアルフレッドに押し付ける。


 ハッとして、アルフレッドはズタ袋に手を突っ込んだ。取り出したのは、青い液体の入った瓶。中身は回復薬だ。


 アルフレッドは瓶の蓋を開けると、中身をリリアーナの腰回りに振りかける。


「あああああああ!」


 痛みの為かリリアーナが叫び声をあげた。回復薬をかけた部分はシューシューと音を立てている。一部だけだが、焦げた皮膚が再生しているのが分かる。


 それは、リカードがズタ袋に詰めてくれた最高級の魔法の薬。その効果は折り紙付きである。


 これで何とか最悪の事態は回避できるかもしれない。


 だが、リリアーナは依然いぜんとして、呼吸が浅く、顔色も悪い。それに加えて、まだ意識は無く、目も硬く閉じたままだった。


 アルフレッドは、ズタ袋からもう一本、回復薬を取り出すと、ふたを開けてリリアーナの口元に持って行った。


「リリィ、回復薬だ。飲めるかい?」


 リリアーナの口に回復薬を流し込むが、飲み込んでくれない。口から回復薬がこぼれるだけだった。


「リリィ、頼む飲んでくれ」


 祈るような気持ちでアルフレッドは、リリアーナの口元に回復薬を持って行くが、むせてしまい、それを飲み込んではくれなかった。


「ごめん、リリィ」


 アルフレッドは意を決して、回復薬を口に含むと、そのまま自分の口をリリアーナの唇に押し付ける。舌を使って、なんとかリリアーナの唇を押し開くと、少しずつ回復薬を流し込む。


 吐き出すことは出来ず、そのままコクリとリリアーナは小さく喉を鳴らして回復薬を飲み込んだ。


 何度も繰り返して、残りの回復薬もリリアーナに飲ませた頃には、少しリリアーナの顔色も良くなってきた。呼吸もいくぶんか落ち着きを取り戻している。腰から胸にかけての火傷も、まだ傷は残っているものの、先ほどよりはいくぶんか良さそうに見える。


 これなら、もう大丈夫だろう。ほっと一息ついて、アルフレッドは周囲を見渡した。


 当然のように、カテリーナの姿は見当たらない。


「まあ、そりゃ逃げたよな……」


 カテリーナを見失ったのは痛いが、それよりも、今はなんとかリリアーナが回復してくれたことにほっとしていた。


 一歩間違えれば、リリアーナも失っていたかもしれない。


 実際のところ、かなり危なかった。


 リカードが回復薬をズタ袋に入れてくれていなかったら、シルワがそれに気づかせてくれなかったら。そう思うと、肌にあわが生じる。


「ありがとうな。シルワ。おまえのおかげで助かったよ」


 そう言うと、シルワはそっとアルフレッドに鼻を寄せてきた。軽く撫でてやると嬉しそうに小さく鼻を鳴らした。


 フロースも戻って来たようで、心配そうにリリアーナの顔に鼻を近づけている。


「う……んっ……」


 リリアーナのまぶたがかすかに震え、その口からは声が漏れた。


「リリィ、目を覚ましたか?」


 アルフレッドが優しく呼びかけると、リリアーナはゆっくりと目を開いた。


「カティは?」


「ごめん、見失った」


「そう……」


 リリアーナは力なく頷いた。それっきり、しばらく二人は口を開かなかった。その間、フロースは慰めるようにリリアーナにそっと鼻先をこすりつけていた。


「ごめんね。私のせいで……」


 リリアーナは弱々しく目を伏せた。右手で目元を抑え、その肩は小刻みに震えている。


「いや、リリィのせいじゃないさ。僕だって、あの魔法には手も足も出なかった。しかもカティが、あんなに動けるなんて。イーリスの実力を見誤ったみたいだ」


 思い返せば、魔法だけでなく身体能力も、カテリーナとは思えないほどだった。


「そうだね……。ねえ、アル。私たち、カティを助けられるのかな?」


「助けるさ、必ず。どんなことがあっても、どんなに時間がかかっても必ず助ける」


 いつになく、力強い答えにリリアーナは目を見開く。その目に映ったのは、アルフレッドの決意に満ちた眼差まなざしだった。


「うん、うん……。そうだね」


 リリアーナは、涙を流しながら頷いた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 ここまで読んで頂きありがとうございます。

 

 第四章、終了です。

 カティを取り戻すことは出来ませんでしたが、

 アルもリリィも諦めません。

 五章からも、二人は頑張ります。


 アル、リリィ頑張れ!

 フロースとシルワがかわいい!

 と思ってくださいましたら、

 ★評価やフォローをお願いします。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

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